純粋なノイズ ―毎日ギターケースに万札を投げ込むストーカー、その目的は私の恋人の『排除』だった―
本作をお読みいただきありがとうございます。 本作は、ある路上シンガーが、狂った愛と論理を持つ男によって「最高傑作」へと変貌させられるまでを描いたサイコホラーです。 救いはないかもしれません。ですが、その「音」をぜひ最後まで聴いていってください。
純粋なノイズ
I. 承認の基盤
その金は、湿っていた。雨も降っていないのに。
ギターケースの底に沈んだ、真新しい十枚の一万円札。アカリは歌いながら、それらが自分の足元でじっと呼吸をしているような錯覚に陥った。路上ライブを始めたのは、プロへの夢だけではない。それは、幼い頃から抱える**「誰も私を特別に見てくれない」**という、根源的な欠落を埋めるための自傷行為に似た儀式だった。
翌日からは、金が毎日一万円ずつ増えていった。ギターケースに収まりきらなくなった頃、アカリは誰もいない電気店で、最高のマイクとアンプを誰にも遠慮せず購入した。 「ああ、この金があれば、私は誰にも屈せず、私自身でいられる」 その全能感は、後に彼女の首を絞める、もっとも甘美な言い訳となった。
彼はいつも黒いマスクで顔の下半分を覆い、長めの前髪で目元を隠していた。握手も会話も求めない。ただ、冷めた目でアカリを査定するだけだ。彼の無感情な注視は、アカリの**「私だけが特別」**という歪んだ承認欲求を静かに満たしていった。
支配は、最も幸せな場所から始まった。彼氏のケンタとアカリが愛用していたカフェ『アルペジオ』。そこで彼は、マスクの完璧な店員として給仕していた。 ある日のデート。アカリがケンタの掌にいたずらで文字を書き、短いキスを交わした。その瞬間、注文を取りに来た男がテーブルの横に立っていた。彼は、二人の親密なやり取りをまるで背景の壁紙でも見るかのように無感情に眺めていたが、アカリは気づいた。彼のマスクの奥の瞳に、嫉妬ではない、冷徹な**「勝利の確信」**が閃いたことを。 彼はその瞬間、「このノイズの排除は、論理的に正しい」と確信したのだ。
彼は、路上ライブがない時間帯は馬車馬のように複数のバイトを掛け持ちし、得た金を全てアカリへの**「支配の投資」**につぎ込んでいた。その資金は、彼氏のケンタが隣で笑っているまさにその場所で、機械のように稼ぎ出されていた。
II. 血と金の清算
支配は究極の段階へと進んだ。ストーカーがアカリのCD在庫を全て買い占めた際、彼のメッセージは明確だった。 「君の芸術は、世俗的な感情に汚されてはいけない。最高の価値を知る俺だけが所有すべきだ」
彼の要求は常に**「清潔」と「完璧」**。だが、アカリの人生は、愛するケンタという最も不純で、最も美しいノイズに満ちていた。 そして、そのノイズは物理的に消去された。
ケンタが殺害された翌日。ギターケースの底には、過去最高の八十万円。万札は、乾きかけた暗赤色の血で広範囲に汚れていた。札束の下には、引きちぎられたケンタのシルバーのギターピック。 アカリは、血のついた万札を掴んだまま、その場に崩れ落ちた。 「あの時のキスが、彼を殺させたんだ」
彼女は悟った。彼が与えていた「金銭的な自由」は、すべてケンタの命を奪うための代償だったのだ。彼の目的は、彼女の才能を汚す**「ノイズ」を消去し、彼女を共犯者として永遠に縛り付けること**。彼女は、愛する人を殺すための資金を笑顔で受け取り続けていた。その究極の罪悪感が、彼女の喉を塞いだ。
III. 最後のノイズ
アカリは、逃げなかった。この支配を終わらせるには、彼の論理を、彼の最も愛する「彼女の存在」で打ち砕くしかない。彼女は、血のついた万札を使って新しいギター弦を買い、最後の曲を書き始めた。 それは、ストーカーの**「清潔」**という支配への、絶望的な抵抗だった。
その夜、アカリはいつもの広場で、最後の曲を歌い始めた。 「この声は、あなたの金では買えない。私の音符は、誰かの涙と、誰かの血で、二度と清潔には戻らない――これが、あなたの求めた、最も純粋なノイズ」
彼女は歌った。歌声の中に、ストーカーの冷たい視線とケンタの優しい笑顔が交互にフラッシュバックする。最前列のストーカーの瞳に、歓喜と裏切りが同時に浮かんだ。彼の支配の論理が、彼女の感情の真実によって一瞬だけ崩壊する。 しかし、彼はすぐにそれを修正した。彼は逃げなかった。高画質カメラを回し、その場で微動だにせず、彼女の絶望を「記録」し続けていた。
IV. 永遠の鑑賞
ストーカーは、彼が馬車馬のように働いて得た全財産で作り上げた、自身の隠れ家で発見された。 そこは、窓がすべて厚い防音材で塞がれた、「外の世界のノイズ」が一切届かない無菌室のような空間だった。室内には、彼が寝食を忘れて稼いだ金で買い揃えた、プロ仕様の最高級モニターとスピーカーが鎮座していた。
逮捕される直前まで、彼はコーヒーも飲まず、眠ることもなく、ただモニターの冷たい光に照らされていた。彼は、アカリの絶望に満ちた最後の歌声を、一音、一音、ミリ秒単位で磨き上げていた。ケンタが死に、アカリが泣き叫び、喉を震わせる。その「不純な苦痛」こそが、彼の論理においては、純粋な音の粒子へと昇華されるべきものだった。
踏み込んだ警察官の目に映った彼の表情は、聖職者のような至福の笑みを湛えていた。 「見てくれ。これで彼女は、ようやく完成した」
逮捕後、アカリは社会に復帰した。しかし、彼女は知っていた。自分が**彼によって完成された「作品」**であることを。 数ヶ月後、アカリの新しいアパートの郵便受けに、無記名の荷物が届いた。中には、完璧に編集された一本のブルーレイディスク。パッケージには、彼女が泣きながら歌っている、あの夜の至福の表情が使われていた。
ディスクの裏側には、流麗な文字で、たった一言だけ記されていた。
「永遠に。」
アカリは、その日から二度と歌うことができなかった。 彼女は、ケンタの死と、ストーカーの支配が結実したこの映像が、彼のライブラリの中で、永遠に再生され続けることを知っていた。彼女の魂は、冷たい画面の中に、完成品として静かに囚われたままだった。
#AI補助利用
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 「純粋なノイズ」とは何だったのか。彼にとって、アカリの絶望こそが最も純粋な音だった……という、非常に後味の悪い結末になりました。 もし少しでも「ゾッとした」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと、執筆の励みになります! #AI補助利用




