かつての家族が、這いつくばって助けを求めてきました
ノクティス帝国の豪華絢爛な応接間に、その不釣り合いな集団が現れたのは、穏やかな午後のことでした。
ボロボロになった騎士の礼装を纏ったアステリア伯爵と、かつての輝きを失い、髪を振り乱したエルヴィラ様。 彼らは帝国の兵士に左右を固められ、震えながらその場に膝を突いていました。
「……レ、レティシア。そこにいるのか……?」
伯爵の掠れた声が響きます。 私は、ヴォルデレード様の隣に用意された上座の椅子で、彼らを見下ろしていました。 隣に座る陛下の放つ魔圧があまりに鋭く、冷徹であるため、部屋の空気は氷点下まで下がったかのように感じられます。
「……お久しぶりです。お父様。それに、お姉様も」
私の髪は今や、完全な白銀色。 帝国特製の、星屑を散りばめたような深い紫のドレスを纏った私の姿に、エルヴィラ様は血を吐くような叫び声を上げました。
「そんな……嘘よ……! その髪の色、始祖の聖女の……! レティシア、貴女、どうしてそんな姿に……!」 「お黙りなさい。汚らわしい偽物が」
ヴォルデレード様の冷たい一喝が、物理的な衝撃となってエルヴィラ様を床に叩き伏せました。 彼女は恐怖で声を失い、金魚のように口をパクパクとさせています。
「ヴォルデレード陛下! お願いです、どうか慈悲を……! レティシアを、いや、聖女様をどうか我らにお返しください! 彼女がいなければ、アステリア王国は魔物に食い尽くされてしまうのです……!」
伯爵は床に額を擦り付け、必死に命乞いをしていました。 かつて私を「ゴミ」と呼び、物置小屋に閉じ込めていた男が、今や私の靴の先を舐めんばかりの勢いで懇願している。 その光景は、あまりに醜悪で、哀れでした。
「返せ、だと? ……片腹痛いな」
ヴォルデレード様はゆっくりと立ち上がると、彼らの前まで歩を進めました。 一歩踏み出すごとに、大理石の床にヒビが入り、凄まじい闇の力が渦巻きます。
「私の伴侶を、生贄として森に捨てたのはどこの誰だ? 君たちの無能な姉を聖女に仕立て上げるため、レティシアの魔力を長年奪い、虐げてきた罪……万死に値すると思わないか」
「ひ、ひいっ……! あ、あれは……教育の一環で……!」 「教育、だと? ……死を以て償うがいい」
ヴォルデレード様が右手をかざした瞬間、彼らの影が生き物のように動き出し、鋭い棘となって彼らの喉元に突き立てられました。 絶叫すら許されない沈黙の処刑が始まろうとしたその時、私は思わず彼の袖を掴みました。
「待ってください。ヴォルデレード様」 「……止めるのか? レティシア。これほどの屈辱を君に与えた者たちだぞ」
彼は不思議そうに私を見つめました。その瞳には、私への愛しさと、敵への容赦ない殺意が混在しています。
「殺す価値もありません。……それより、私が彼らから『返してもらう』べきものがあるのです」
私は席を立ち、エルヴィラ様の前に歩み寄りました。 彼女の胸元には、私の魔力を吸い取り続けてきた呪いのペンダントが光っています。 私がその宝石にそっと触れると、パリン、と乾いた音を立ててそれが砕け散りました。
「……あ、あ、あああああああ!」
エルヴィラ様の体から、無理やり繋ぎ止められていた魔力の残滓が完全に消失しました。 同時に、彼女の金髪は見る影もなく色褪せ、濁った灰色へと変わっていきます。 「お姉様。あなたが欲しがっていた『聖女の力』は、もうどこにもありません。どうぞ、その体でアステリア王国の滅びを見届けてください。……それが、私からの最後の贈り物です」
私の言葉を聞いた伯爵たちは、絶望に顔を歪めながら、兵士たちによって引きずり出されていきました。 彼らがこの先、どのような過酷な運命を辿るのか、今の私にはもう興味がありませんでした。
「……よく言ったな。我が愛しのレティシア。君の慈悲深さは、まさに女神そのものだ」
ヴォルデレード様は私を背後から抱き寄せ、耳たぶを甘く噛みました。 その熱い感触に、私の心臓がまた大きく跳ね上がります。
「さあ、不快な客はいなくなった。次は……君をどれだけ愛しているか、じっくりと分からせてあげよう」




