朝食のテーブルは、愛の言葉で溢れていました
白銀色の髪を揺らしながら、私はヴォルデレード様に連れられてダイニングルームへと向かいました。
昨日まで、私の食事といえばカビの生えたパンと、具のない薄いスープだけでした。 それさえも、お姉様たちが食べ残したものを台所の隅で立って食べるのが当たり前だったのです。 けれど、目の前に広がる光景は、私の想像を遥かに絶するものでした。
「……これ、は……」
あまりの豪華さに、私は部屋の入り口で足を止めてしまいました。 長い大理石のテーブルの上には、湯気を立てる焼きたてのパン、色とりどりの新鮮な果物、そして見たこともないほど繊細な飾り付けが施された料理が所狭しと並んでいます。
「立ち止まってどうした? レティシア。君の口に合うか分からなかったから、とりあえず帝国の名店から料理人を集めて作らせてみたのだが」
ヴォルデレード様は、私の腰にそっと手を添えながら優しく微笑みました。 とりあえず、という量ではありません。これでは百人分のパーティが開けそうです。
「あの、閣下……。私一人では、到底食べきれません……」 「そうか。では、私が食べさせてやれば、少しは食が進むだろうか?」
彼は本気で言っているようで、緋色の瞳に熱を灯して私を見つめてきます。 私は慌てて首を横に振りました。
「いえっ、それは……‼ 頑張って、自分でいただきます。……ありがとうございます、あなた」
勇気を出して、彼を「あなた」と呼んでみました。 すると、ヴォルデレード様は一瞬だけ目を見開き、それから狂おしいほどに甘い表情を浮かべたのです。
「……今、私のことをそう呼んだか? ……ああ、心臓が痛いな。君は無自覚に私を殺す気か」
彼は大きな手で顔を覆い、何やら独り言を呟いています。 私のような者の呼びかけで、この強大な魔王陛下が動揺するなんて。 なんだか不思議な気持ちになりながら、私は彼に促されて席に着きました。
一口食べたオムレツは、信じられないほどふわふわで、口の中でとろけました。 美味しい。本当に、美味しいです。 気づけば私の目からは、一筋の涙が溢れ落ちていました。
「レティシア⁉ どうした、口に合わなかったか? すぐに料理人を処刑……」 「違いますっ、ヴォルデレード様‼ そうではなくて……。あまりにも温かくて、美味しかったから。……私、こんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めてなんです」
私の言葉を聞いた瞬間、彼の表情から余裕が消え去りました。 彼は椅子を蹴るようにして立ち上がると、私の隣に跪き、私の小さな手を強く握りしめました。
「……アステリア伯爵。あの男は、君に何を強いていた」
低く、地を這うような声。 その怒りは私ではなく、私を虐げてきた家族に向けられたものであることが伝わってきます。
「……私は、影でしたから。お姉様を輝かせるための、汚れ役だったんです」 「影だと? 冗談ではない。あんな偽物のために、君という唯一無二の輝きを貶めていたのか。……許しがたい。あの一族には、地獄すら生ぬるい罰を与えなければならないな」
彼の背中から、漆黒の翼が威圧感を放って広がります。 けれど、私に向けられる手つきだけは、どこまでも優しく、壊れ物を扱うかのようでした。
「レティシア。もう過去のことは忘れろ。これからは、君が望むものすべてを私が叶えよう。美味しい食事も、美しいドレスも、誰にも邪魔されない安眠も……。すべて君のものだ」
私は彼の胸に顔を埋めました。 そこから聞こえる鼓動は、力強くて温かい。 ああ、私はもう、あの暗い物置小屋に戻らなくていいのですね。
「……はい。陛下」 「陛下、ではない。二人きりの時は、名前で呼んでくれと言っただろう?」
彼は少しだけ拗ねたような顔をして、私の鼻先を指でツンと突つきました。 その仕草が、強大な皇帝とは思えないほど子供っぽくて、私は思わず小さく笑ってしまいました。
朝の光が差し込む食堂で、私たちは穏やかな時間を過ごしました。 けれど、この時の私はまだ知らなかったのです。 私がいなくなったアステリア王国で、どれほどの混乱が起き始めているかを。




