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第2話 人と悪魔は対等足りえるか(1)

 (ひじり)秋人(アキト)の幼少期は、あまり幸福なものとは言えない。

 母親の腹にいた頃から『魅了』で人外を引き寄せた彼女は、女であることを疎まれるように男性名をつけられた。「守ることが面倒だ」と言わんばかりに軟禁されたかと思えば、人外を引き寄せる能力を餌に何日も知らないところで一人放置された事もある。

 獅子王に保護され、引き取られた後も、彼女は猫のようにふらりと何処かへ隠れる事があった。

 誰にも愛されず、常に漠然とした不安が付きまとっていた彼女は、不安を打ち明ける方法も言葉も分からず、ただ一人でその波を耐えていた。


『お、アキ。今日は縁側の下に隠れてたのか』


 そんな時、必ずアキトを探しに来るのがベルフェゴールだった。

 見つかった後も中々出てこないアキトを、無理に引っ張り出す事はなかった。返事が無くても話しかけたり、時折黙ってそこに居た。

 時間を奪ってしまう事に申し訳なくなったアキトが、恐る恐る出ると、ベルフェゴールは自分で作った飴細工をアキトに手渡した。


『今流行りなんだろ、このキャラクター』

『……知らない』

『あ、知らないかあ。悪いなあ』


 知らないけれど、自分のために作って貰えた事が嬉しくて、こんな風に時間と手間を割かせている事が申し訳なくもあった。

 けれどベルフェゴールは『俺が作りたくて作ってるんだから、アキトは「いらない」って言っていいんだぞー』と言って、惜しみなくアキトに甘いものを与え続けた。

 キャラクターものの飴細工、カラフルでパステルカラーなわた飴、人形の食べ物みたいに小さいけれど、沢山果物と生クリームが乗ったケーキ。

 ベルフェゴールの作る菓子はどれもかわいいもので、萎縮していたアキトの心を解きほぐした。


『色々作ってみたけど、どれが一番好きとか、逆に嫌いとかあるか?』


 台所で一緒に作っている時、ベルフェゴールにそう尋ねられた。


『…………わかんない』

『わかんないかぁ』


 ベルフェゴールには、いつも通りの返事に聞こえただろうか。

 ベルフェゴールは、へらりと笑いながらアキトの頭を撫でた。


『いつか、アキに好きなものとか嫌いなものが出来たら、遠慮なく言ってくれよな』


 そうじゃない、とアキトは言えなかった。

 アキトにとって食べるものは『ベルフェゴールが作ったもの』で、『ベルフェゴールが作ったもの』が『好きなもの』で、それらに優劣なんてつけられないんだと、幼い心はとっさに上手く言葉に出来なかったのだ。

 これから自分の食べるものは、全部ベルフェゴールが作ってくれたものだけがいいと思えるぐらい。

 アキトは、ベルフェゴールが大好きだった。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪


「……という感じで、私はベルが好きになったんだけど」


 試着室のカーテン越しに語られたアキトの告白に、メイは情緒がぐじゃぐじゃになった。女児時代に読んだ初恋キラーのような展開に胸キュンすればいいのか、随所で散りばめられたアキトへの虐待にSAN値を削られればいいのか。所長とベルさんがいてよかった、その大人たちは苦しみながらくたばれと心の中で呪っておいた。

 というかそっち。悪魔→→→←(?)退魔師じゃなくて悪魔(あくまで親愛)→→→←←←←←←←(恋愛)退魔師。


「『それは恋じゃなくて親を求めている心を勘違いしてるんだ』『俺とお前じゃ歳も経験も全然違う、どうやったって対等な関係にはなれない』『世界は俺だけじゃないんだ、もっと広い世界に出ろ』って言われてフラれた」


 平坦な声で話すアキトに、メイは眉間を摘む。

 なんと言うテンプレートで倫理観に沿った発言。「保護者として大人として至極まともだし、それ以外の答えがあったらマズイ」とメイの内にいる成人成分は言うが、「欲しいのは倫理観じゃなくてトキメキなのよね」とメイの内にいる女児成分が言う。女児成分が大分勝っていた。


「で、『じゃあひとまず広い世界に行ってくるわ』って飛び出して、個人経営の退魔師として働いてたんだけど、働きすぎて倒れちゃって。所長に強制的に退魔局に入れられちゃった」

「ああ~……それで私と同じタイミングで入ったんだ」


 メイは新卒採用で入ったため、退魔師としての経験はほとんど無いと言っていい。一応研修で知識は叩き込まれたが、まだまだ知らない事は多く、対応も遅れる。

 歳が一つ違うとは言え、明らかに場馴れしているアキトは、新人だと到底思えなかった。


「それからベルが過保護モードになって……暫く『退魔師辞めろ』って詰められたんだけど、この間は『俺が決める事じゃない』って意見変えてたな。所長が何か言ってくれたのかも」

「でも、心配させるのは良くないよ。倒れるまで働くなんて」


 そりゃ、ベルさんも心配してこっそり来るよ。メイはバーテンダーになってまで着いてきたベルフェゴールを思い浮かべた。


「心配させるうちは子どもだって言うじゃん。ベルさんに一人の大人として見られたいなら、ちゃんと自分を労らないと」

「うーん、ぐうの音も出ない」

 

「でもさ」とアキトは言った。


「試してもないのに自分の限界を作ってスカすより、限界までやって失敗も成功も経験値にする方が、人生楽しくない?」

「そっ、…………そうかも」


 咄嗟に反論が浮かばなかったメイに、アキトは畳み掛けた。


「痛い目遭わないと『痛い』こと学ばないじゃない? トライアンドエラーする事に人生の学びがあるのであって、ベルがやっている事は何時までも『子ども』のままにさせるよなあ、って思うんだよねえ……」

「そ、そうだね……」


 あれ、これアキちゃんの方が正しいかも? とメイはだんだん思うようになった。


「でもメイちゃんを心配させたくないし、これからは気をつけるよ」

「う、うん! 私だって心配するんだからね!」


 メイがそう言った瞬間、灰色のカーテンが開かれた。

 そこに居たのは、黒パーカーにカーゴパンツの姿――ではなく、白いシャツに黒いロングスカートを履いたアキトだった。


「どうかな?」


 大きくひだの入ったスカートが揺れる。

 メイは背丈の問題もあってロングスカートを履くことはあまりないが、上背のあるアキトが履くとシルエットが美しく、清廉に見せた。

 本を片手に添えれば、その本が聖書に見えてきそうだ。


「うん! すっごくいい! 似合ってる! それに――」


 おっぱいが大きく見える!!

 ぐっ、とメイは黙って拳を握った。同僚で友だちと言えどセクハラにあたりそうだったので。

 白は膨張色である。さらにスカートはハイウエストのため、より強調される形となった。


「うーんでも」アキトは自身の身体を見下ろして言った。


「アイツ、下半身派なんだよね。ニーソとか好きそう」

「ちょっと待って、その情報どこで知ったのアキちゃん?」


 保護者として本当に大丈夫だったのか? メイは複雑な気持ちになった。

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