第1話 堕とす悪魔と落ちない聖女(完)
「茶沸かしてくるからな!」憤慨する素振りを見せながら、夜目の効くベルフェゴールは明かりもつけず台所へ向かう。
カチッとなったコンロのつまみの音がした後、再びベルフェゴールはアキトの所へ戻って来た。
「お茶何がいい? ほうじ茶と紅茶と烏龍茶とコーヒーがある」
「ほうじ茶で」
「わかった」
台所へ戻ろうとしたベルフェゴールを、「なあ」とアキトがまた引き止める。
「まだ退魔師辞めて欲しいと思ってるか?」
「……そりゃあ。けど、俺が決める事じゃねえだろ」
「ってかお前、俺の言うことなんか聞かねえだろ」そう言いかけたのと同時に、ベルフェゴールは床に倒される。
ドンッ
アキトの腕が、ベルフェゴールの角と耳の傍に勢いよく突き出すように置かれた。
虚をつかれたように、ベルフェゴールの赤い目が大きく開かれる。
「今朝みたいなまどろっこしいやり方なんてしないで、もっと即効性のあるやり方で止めようとは思わないのか?」
するり、とネクタイがアキトの胸から離れた。
ハイウエストのスカートによって強調された胸元は、身体を傾かせる事でボレロとの隙間が出来る。
皺を作ったスカートから、いつもは隠された白い太ももが覗いていた。
「古今東西、不思議な力を持つものは純潔――特に処女を失ったら力も失うっていうの、あるあるだよな?」
ベルフェゴールが息を飲む。アキトは月光で艶めいた唇の端を少しだけ上げた。
唇を噛んだベルフェゴールは、思いっきり息を吸い、
「んな事やったら本末転倒だろうがッッ!!!」
地震が起きたかと錯覚するほど、大きな声で叫んんで家を揺らした。
「ずっと言ってるけどな、俺にとってお前は保護対象なの!! そんな目で見てねぇの!! ウン千年生きた俺と二十歳そこそこのお前の年の差考えろ!?
あとそれフィクション!! その証拠にサバトは逆だろうが!!」
「あー、ダメだったかー」
はー、とアキトは溜息をつきながら身体を起こす。少し遅れて、ベルフェゴールも身体を起こした。
「メイちゃんに『ベルが好きそうな服お願い』って言ってみたんだけどなあ」ボレロをつまみながら、アキトは自身の胸元を見た。
「お前、ホント……こういう事辞めろよな……!?」
ゼェゼェと息を切らしながらベルフェゴールが言うと、アキトは「お前が観念してくれたら辞めるんだけどなー」と呟いた。
女退魔師・聖秋人は、悪魔ベルフェゴールに取り憑かれている。悪魔は無欲な女退魔師が堕落するよう、あの手この手で彼女を誘惑しているのだ。
――この噂には、二つ誤解がある。
一つは多忙な上自分の事をなおざりにしがちなアキトを、見かねたベルフェゴールが世話を焼いているだけである事。
もう一つはアキトは無欲なのではなく、我欲がとある悪魔に大量に割かれているだけである事。
果たして、堕としているようで落とされているのはどちらなのか。
青白い月明かりでも分かるぐらいベルフェゴールの耳が赤い事を、アキトだけが知っている。




