第1話 堕とす悪魔と落ちない聖女(6)
「アキちゃん!?」
メイが名前を呼ぶと、アキトと悪魔がメイたちの方を見た。
「あ、メイちゃん。わー、空間裂けてる。ベルの仕業かコレ」
『何だこれは!?』
囚われた身としては比較的元気、というより呑気に手を振るアキトとは違い、悪魔だと思わしき相手は慌てたのか、ボフン! と音と煙を立てて姿を変えた。
正体と思わしきその首は――
「……ジャガーか?」獅子王が呟く。
「いえ違います! あれはヒョウです!!」メイが訂正する。
「今ツッコむとこそこ?」ベルフェゴールが遠い目をしながら突っ込んだ。
「や、まあ大事な事か。相手の正体を見抜く事は、お祓いの基本だしな」
頭を掻きながら、ベルフェゴールは思考を整理するように話し始めた。
「ジャガーだと中南米で限定されるけど、ヒョウなら分布が広いな。ヒョウが居ない日本でも豹尾神がいるし……ヒョウの頭の獣人……ソロモン72柱に何人かいたか。フラウロスかオセか?」
「あ、さっきこの悪魔人に変身してたよ。なんか、相手が思い浮かべる『好きな人』の姿になれるって」
アキトの言葉に、ベルフェゴールの顔色が変わる。
「……まさか、シトリーか?」
獅子王の言葉に、「どんな悪魔なんですか?」とメイは尋ねる。
「ソロモン72柱序列12位の悪魔で、命令に応じて非常に美しい人間に変身出来る。
また恋愛感情を操り、召喚者相手に対して好意を向けさせる事も可能だ。
その場合相手はあらゆる秘密を暴露し、自ら衣服を脱ぎ捨て裸になる」
「とんだエロゲ展開じゃないですか!! っていうか同人!? 支部!?」
メイは慌ててアキトの姿を確認した。服を着ている。アキトには効果が無かったようだとわかり、メイはひとまずホッとした。
『己がこうする事で脱がない人間はいなかった!!』シトリーが吠えるように叫ぶ。
『己のこの力でホテルの人間全員丸裸にして情報を得ようと思ったのに!! この女どれだけ魔力注いでも全っっ然脱がねぇ!!』
「すんごい迷惑な悪魔だ!!」
ホテルにいる全ての人間が、個人情報や企業機密を暴露しながら全裸になる。想像したメイは泡を食った。何を思って召喚者はこんな特級悪魔を解き放ったのか。
「でしょ? 流石にコレは野放しに出来ないなって思って押さえてたんだけど」
「自主的に捕まってたのアキちゃん⁉ 連れ去られたわけじゃなくて⁉」
そう言いながら、ハッとメイは思い出す。
「もしかして、バーから出たのも悪魔の気配を感じたから……」
「いや、それはフツーにトイレに行きたかった」
「フツーにトイレだったんだ!! 膀胱大丈夫⁉」
「大丈夫大丈夫。全部出してからバッティングした」
「んな内容、デカい声で話すなよ……」
気まずそうにベルフェゴールが呟くが、うら若き乙女たちはスルーした。
アキトがシトリーに向かって言う。
「迎えも来たことだし、そろそろお暇させてもらうね」
アキトの言葉と同時に、ベルフェゴールが右手で指を鳴らす。
その音とともに、ヒョウ頭の悪魔とアキトが空間の裂け目から落ちて来た。
アキトがカーペットが敷かれているとは言え大理石の床に落ちる――前に、ベルフェゴールがアキトの身体を受け止めた。
その隙に、獅子王が金属の筒を掴み、呪文を唱える。
『な、なんだ!? あああああ!?』
シトリーはそのまま、獅子王の持つ金属の筒の中へ吸い込まれて行く。
獅子王の手から金属の筒が離れ、大理石の床の上に落ちる。
暫く筒は回転するように揺れていたが、力尽きたようにその動きは止まった。
「……今何したんですか?」
「封印だ。ソロモン72柱は真鍮の容器によって封印されていたらしい」
獅子王は落ちた筒を拾った。
「封印って……研修で受けましたけど、もっと手間と時間がかかるんじゃ」
「メイさんが考える通り、普通ならもっとダメージを与えてから行う。だが、ヤケになってアキトさんを魅了させようとして、魔力切れを起こしていたんだろう」
「おかげですんなり閉じ込められた」と獅子王が言う。
普通はダメージを与えてから……魔力切れで閉じ込めやすく……封じ込めてから暫く揺れ動く筒……。
「なんか一連の流れ、某ゲームを思い出しますね」
「メイちゃん、それ以上はいけない」
ベルフェゴールが止めると、メイはサッ、と口元を抑える。
「『魅了』で無理やりすげ替えする事も考えたんですけど」アキトは乱れた癖のある髪をかきながら言った。
「ベヒモスとは違って今回は明確に『悪意アリ』だったので、魔力切れの方に持って行った方がいいかと思いまして……すげ替えしたら契約者追えなくなるし」
「助かった。僅かな時間で魔力切れまで持って行った手腕も素晴らしい」
「だが、一人で動いたのは感心しない」獅子王の言葉に、メイはハッと思い出した。
「そうだよ! 緊急ブザー持ってたでしょ? なんで鳴らさなかったの?」
「いや、全魔力使っても私を洗脳出来ないっぽいし、なんか意地になって私以外を標的にしなさそうだし、『あ、このままでもいいかな?』って思って」
「良くないよ!? 助けちゃんと呼んで!?」
メイが絶叫すると同時に、ベルフェゴールが痛そうに頭を抱える。獅子王はほんの少しだけ眉をひそめた。
「ブザー鳴らさなくても、メイちゃんも所長もベルも、私が居なくなったらすぐ気づくでしょ? それまで私に集中させて魔力削った方が効率いいかなって……」
「そこで我慢強さ発揮しないでいいんだよもっと我欲出して行こ――!?」
仕事脳にも程がありすぎる!!
アキトの肩を揺さぶりながら、メイは若干涙目になって叫んだ。
「明日服買いに行こって約束したじゃん! アキちゃんが絶対無事じゃなきゃ嫌だよ!」
勢いのまま言ったメイに、アキトは目を大きく開く。
「……そうだね」
「約束したもんね」アキトは噛み締めるようにはにかんだ。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪
家には明かりがついておらず、代わりに天窓から月明かりが差し込んでいる。
その月明かりの下で、ベルフェゴールはあぐらをかいて夜空を見上げていた。
鍵の開いた音を聞いて、ベルフェゴールは身体ごと玄関へ向ける。
「ああ。おかえり」
「ただいま」
荷物を下ろしたアキトは、ベルフェゴールの隣に座った。
「……いや、電気点けてもいいぞ? 俺だけだから電気点けるの躊躇っただけで」
「いや、綺麗な月だなって思って。丁度お菓子もあるし」
「はいコレお土産」アキトが手荷物から取り出したのは、包装された箱だった。
「ベルも一緒に帰れば良かったのに」
「ジジイが若い娘さん二人の邪魔するわけにはいかねえだろー」
包装を丁寧に開きながら、「お、ずんだ味美味そう」とベルフェゴールは呟く。
「生クリーム入りの大福かぁ。早めに食べないとだな」
「お茶用意するな」立ち上がったベルフェゴールを、「待った」とアキトが裾を掴んで引き止めた。
「何か言うことないか?」
メイと話す時の柔らかい口調とは打って変わって、ベルフェゴールの前でしか使わないぞんざいな言葉遣いで、アキトは問いかけた。
ベルフェゴールの視線が動く。
今アキトが着ているのは、黒パーカー――ではなく、白いシャツの上にボレロを羽織り、白いネクタイを身につけていた。ボトムはカーゴパンツではなく膝上までの黒いスカートで、ウエストを胸の下まで引き上げてある。
「よく似合ってんな。メイちゃんに選んでもらった服か?」
「そうだけど。……かわいいとかは?」
うぐ。
ベルフェゴールの喉から声が漏れた。
「……かわいいかわいい」
「嘘っぽい」
「嘘じゃねえよ!? ホントだよ!?」
「あーあ、昔はあれだけ言ってくれたのになー。子どもじゃなくなったらかわいくなくなったって事かー」
アキトがわざとらしく間延びして言うと、ベルフェゴールはさらに慌てる。
「いやだってさあ……今のお前にそれ言ったらセクハラになりそうで」
「私とお前の関係で、何がハラスメントになるんだ」
「なるだろ、そりゃ……」ベルフェゴールが呟く。
「退魔師になった時だって、俺の言葉に影響されたんじゃないか」
沈黙が重くのしかかる。
先に沈黙を破ったのは、アキトだった。
「私が退魔師になったのは、そんなに嫌か」
「……自分を蔑ろにさせるために、お前に退魔の方法を教えたワケじゃない」
ベルフェゴールの言葉に、「それは悪かったよ」とアキトは返す。
「仕事を言い訳にして、自分を疎かにしていた事は認める。これからはご飯もしっかり食べるし、連れ去られたらすぐにブザーを鳴らす」
「だからそんな顔するな」アキトは自身より背の高い悪魔の頭を撫でた。
「退魔師、大変だけど。やってて楽しいよ」
「……いい友だちも出来たもんな」
ベルフェゴールの言葉に、アキトも笑顔で返した。
「いい子だよな、メイちゃん。もう友だちを泣かせるような事はするなよ?」
「お前、私に説教出来るほど友だちいるの?」
「いるわ!! ……いるっての!!」




