第2話 人と悪魔は対等足りえるか(4)
続けようとするメイだったが、ある人物がアキトとメイが座っている席に立ち寄った事で口を閉じる。
二人の席に立ち寄ったのは、獅子王だ。
メイの視線が獅子王に向けられた事で、アキトもベルフェゴールも獅子王の方を見る。
「メイさん、休憩中すまない。少しいいか」
「所長? どうされましたか?」
「実は手違いで、数名の退魔師が呪いにかかった」獅子王は焦りもなく、淡々と言い放つ。
「我々では対応が難しいと判断したので、ぜひメイさんに力を貸して欲しい」
「それはいいんですけど……」
それって結構大変な事態なのでは? あと、所長が難しくて、新人退魔師の私が出来ることって……?
「ポメラニアンになった」
「……はい???」
ポメラニアン。ドイツ原産の小型犬。中型犬であるスピッツの改良によって小型化された犬種である。名前の由来はポメラニア地方からつけられた。
という雑学がメイの頭を巡る。
メイたちの足元には、ポメラニアンが五匹、縦横無尽に歩き回っていた。
「年齢、性別、様々な職員がポメラニアンになったようなのだが、誰が誰だか分からない」
「わぁ……」
メイには一匹のポメラニアンが、アキトには三匹、ベルフェゴールには二匹のポメラニアンが足元に駆け寄って、彼女たちの体に抱きつくように立っている。
ハッハッと息を荒げながら、つぶらな目で見つめて来るポメラニアンに、動物好きのメイは眦を下げた。
ハッハッゼーゼー……ハッハッゼーゼー……ハッハッゼーゼー……ハッハッゼーゼー……
…………いやこの子、あんまりにも息荒くない?
「……所長、この中で心臓が弱い、もしくは年配の方はいらっしゃいますか?」
「松田潮路さん(89)が相当するな。ペースメーカーを入れたと聞いた」
「絶対無理に運動させないでくださいね!!!!」
ひとまずそのポメラニアンに、『松田潮路さん(89)』と書いた名札を下げる。
「このように全員がポメラニアンになったことで、誰が誰だか分からなくなってしまった。解呪の条件は二つ。
その一つが、全員の名前を特定することだ」
「すごい難易度高そう!!」アキトが叫ぶ。
「私は犬同士の区別がつかないのと、動物に嫌われやすい体質なのでメイさんを呼んだのだが……アキトさんやベルフェゴールも手伝って欲しい」
そこでしれっと悪魔に手助けさせるんだな……。メイはそう思ったが、「今更か」と思い直した。
「これが今回呪いに掛かった人物の名簿と個人情報だ」獅子王は五人の名簿を渡す。
「私は解除のためのもう一つの条件をクリアするために席を外す。その間、彼らの面倒も見てやって欲しい」
「はあ……承りました」
――なんか呑気というか、すごく気の抜ける案件だな……。
メイの視線の先にいるのは、三匹のポメラニアンに顔を舐められたり膝に乗られているアキトと、腹を見せるポメラニアンに、「よーしよおーし」と撫でる悪魔である。
そんな三人に、「なお」と獅子王が表情一つ変えずに続けた。
「この呪いは肉体をポメラニアンに変えているため、寿命もストレス耐性もポメラニアンに引っ張られている。気をつけるように」
「「ヤバいじゃないですか!!?」」
思ったより深刻な事態に、メイとアキトは揃って声を上げた。
「いや、今更なんですけど、ポメラニアンに変える呪いってどういう呪いなんですか……」
ポメラニアンを撫でながらメイが言うと、「そう珍しい呪いでもねぇぞ」と二匹のポメラニアンを膝に乗せ、もう一匹を抱えながらベルフェゴールが言った。
「呪いで動物に変える話は割とポピュラーだ。おとぎ話だと王子がカエルに変える話があるだろう? 犬じゃないが、ギリシャ神話だとリュカオンが狼に変えられてるし、キルケーという魔女は人を豚に変えている。中国だと『造畜』っていう短編がなかったか?」
「確か『聊斎志異』っていう本に掲載されてたと思うんだが」とベルフェゴールは言うが、メイは聞いたことも無かった。
「ベルさん、博識ですね」
「いやまあ、年の功ってやつよ」
「知識のひけらかしみたいに感じたらスマン」とベルフェゴールは苦笑いした。新人の退魔師であるメイからすれば、ありがたい知識だ。
――でもポメラニアンなんだよな……。メイは遠い目をした。
呪いなのに、悲劇性を感じられない。寧ろポメラニアンになった職員たちの目はイキイキとしている。人間として仕事している時イキイキしていそうだと、メイは思った。
なんかこういう設定、どこかで見たことあるな……。寂しくなるとポメラニアンになって、構って満足することで人に戻るやつ。支部とかXで割と見た。
もしかしたら彼らもしっかり遊ぶ事でこれまでのストレスから解放されるのかもしれない。人間を犬として扱うのは倫理的にどうかと引っかかっていたが、『ストレス耐性』までポメラニアンに引っ張られるとなると構い倒した方がいいだろう、とメイは割り切ることにした。
「にしても、本当に誰が誰だか分からないけど、どうやって特定しよう……」
アキトの言葉に、「大体年齢で分かりそうだよ」とメイは告げる。
「年齢をハッキリ特定するのは難しいけど……例えばこっちの方、今のペット寿命から考えたら、犬年齢は10歳ぐらいじゃないかな。人間だと50代後半ぐらいだから、『伊藤誠(56)』さんの可能性が高いと思う。
で、アキちゃんに向かってめっちゃピョンピョンしてるのは、一番若い『マイラ・レッディ(22)』さん。後は消去法と性別で『イ・ヒョヌ(32)』さんと『細川智子(42)』さんかな」
「すごいなメイちゃん!?」
ベルフェゴールが感嘆の声を上げる。思わずメイは「いやあそれほどでも」と笑って頭をかいた。
「いや、本当にすごいよメイちゃん」アキトも続けてメイを称える。
「いや、そんなに難しくないよ? 毛並みとか、目とか、歩き方からでも年齢が出るし」
「そうなの? ……でも私から見たら、皆可愛い子にしか見えないや」
はにかみながら言うアキトに、メイは先程のベルフェゴールの「『幼女』も『老女』も一字違い」という言葉を思い出していた。
もしかしたらベルフェゴールにとって、人間に抱く感情は『子ども』というより、人間がペットに抱く感情と同じなのではないか?
犬をよく知らない人間は犬の加齢が判別しづらいように、悪魔から見たら人間の加齢は判別しづらいのではないか。
どれだけ長生きしても、動物の多くは人間より生きていけない。だからこそ、人間は引き止めるためにありとあらゆる力を尽くす。
――だとすれば、アキトが歳を重ねても、ベルフェゴールが恋愛感情を抱くことはないのではないか?




