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第2話 人と悪魔は対等足りえるか(3)

 仕事の邪魔をする訳にはいかない。メイは呼び止めず、ベルフェゴールが厨房に戻るのを見送った。

 同じように女性客たちも熱い眼差しのまま、彼を見つめている。

 わあ、モテモテですなあ。ベルさん。

 頬が引き攣るほどにんまりしながら、メイは再び本に目を落とす。

 かつて人型の悪魔は、人間を、特に『異性』の興味を惹くように出来ていると言われてきた。ソロモン72柱の権能も、『異性』を惹き寄せるものが多い。

 現在は「記述者の『世の中は異性愛者だけ』というバイアスの可能性を考慮する」として、新しい資料には訂正が入るが、歴史的資料を残す意味で記述を残したものも存在する。……あるいは、強固な保守派による意向もあるが。

 ——でも聖書じゃ「生殖以外の性交(ソドミー)」に含まれる同性愛は「悪魔の仕業」と見なされているのに、肝心の悪魔の権能が『異性』限定なのは変だよねえ。

 そこの所誰も突っ込まなかったのだろうか。メイは内心苦笑いしながら一口口をつけ、また勉強に戻った。




 無意識に手を伸ばして、ほとんど空になったカップに気づいたメイは、そっとため息をつく。

 いったん休憩。凝り固まった身体をほぐし始める。

 血のめぐりを感じ始めた時、メイはふとある事を思い出した。

 ――保守派って言えば、退魔師と人外の結婚も、中々ハードルが高いんだよね…‥。

 現代、互いに同意がとれる異類婚は法律上認められている。

 その中でも退魔師は、その職業から一般人より人外に会う頻度が高い。よって人外と共に生きることを選ぶ退魔師も出てくる。

 しかし保守派からは「人外の誘惑により(ハニー)、人間側が不利になる情報を引き出される(トラップの)可能性がある」として睨まれることになる。そもそも宗教・文化的な意味合いでも反発を受けやすい。

 最も力のある退魔師の家系は、人外の血を引いている事も多いのだが。人外によって得られる権力を持つ人間を増やしたくない、という思惑も大きいのだろう。


 友人として何か出来ることはあるだろうか、とメイが考え始めた時。


「メイちゃん」


 物思いに耽るメイの思考を遮ったのは、当人であるアキトだった。


「相席してもいい?」

「うん! いいよ」


 アキトが座って居るのを見かけたら、メイは隣に座る。逆にアキトが相席を申し出るのも、珍しい事ではない。

 しかし別の心当たりがあったメイは、身を乗り出して尋ねた。


「なになに? ベルさん見に来たの?」

「え?」

「……え?」


 アキトはメニューを開く手を止めて、きょとんと目を丸くしている。 


「……もしかして、ベルさんがここで働いてるの知らない?」

「え、そうなの?」


 メイの目からは、とぼけているようには見えない。アキトは本当に知らなかったようだ。

 アキトはそれ以上気にする素振りもなく、メニュー表に視線を向ける。

 あれあれ? あれれ?


「……嫌だって思わない?」

「何が?」

「だってベルさん、自分はアキちゃんの仕事先に着いてきているのに、その事を黙ってるなんて……」


 あれ? よく考えたらストー……。

 メイがその先にある言葉を思い浮かべた時。


「アイツは、私たちが思う以上に臆病なんだ」


 アキトはメニューに目を向けたまま、淡々と言った。


「人間の事、自分が目を離したら死んじゃう生き物だって思ってる。

 それはそれで仕方ないって、干渉しすぎるのはよくないって、いつもは理性が効いているんだけど……私が倒れて、病院に運ばれちゃったからなあ。トラウマを刺激させてしまったんだと思う」


 人外と人間の関係において、避けて通れないのが寿命の差だ。

 中には自身も人外となって寿命を伸ばす人間も、人間の死期に合わせて死ぬ人外もいるが、ほとんどはその手段に手が届かないまま最後を迎える。

 それを後悔する事なく前を向ける人外もいれば、深い傷となって外部との接触を断つ人外も少なくない。


「まあ、傍から見たらストーカーだよね」

「あ、あはは……」


 言っちゃったよストーカー……。

 アキトは「よし、決めた」とメニュー表を見ながら告げる。


「私今からメニュー頼むけど、メイちゃんは何か頼む?」

「あー、私は今いいかな。コーヒー飲んだし」

「そっか、分かった」


「すみませーん。注文お願いしたいんですけど」アキトが手を挙げながら厨房に向かって言うと、ベルフェゴールがやって来る。


「わ、本当にいた」

「いたってなんだいたって。……ご注文は?」


 アキトが注文内容を伝えると、ベルフェゴールはマニュアルに沿った応対をする。

 普通に接客しているなあ……。

 二人の様子を眺めていたメイに、「後な、メイちゃん」とベルフェゴールは声を掛けた。


「一応俺、バイトに関してちゃんとアキトに伝えてんぞ」

「え?」

「うわ、盗み聞きしてたんだ。プライバシーないなあ」

 アキトの言葉に、「悪魔の特性上、人間より聞こえちまうんだよ」とベルフェゴールは返す。


「悪いとは思うから、いつもは聴こえないフリしてるけどな。今回はメイちゃんにあらぬ誤解されそうだったし。

 一週間前、風呂あがった時に言ったろ、俺。『空夜に頼まれたんだけど受けていいか』って。忘れたか?」

「ごめん、聞いてなかったわ」アキトは淡白に答えた。

「……そう言うわけだ、メイちゃん」

「は、はあ……」


 悪魔って耳がいいんだ。メイは心の中でメモを取る。


「まあ基本的にコイツ、コンプラ意識は高いよ。高すぎて成人済みの私が迫っても絶対に手を出さないぐらいには」

「ああ、うん……。そうだね。それはさっき実感したよ」


 悪魔とは。何度目かの問いがメイの頭を占める。


「成人ってお前……まだ数年しか経ってないだろ」

「俺から見たらまだまだ子どもだっての」というベルフェゴールに、アキトがむっとした表情を浮かべて見上げる。


「……じゃあお前、私がおばあちゃんになったら付き合ってくれんの?」

幼女(『よ』うじょ)老女(『ろ』うじょ)も一字違いだろうが!!!」

「ベルさんそれは流石に雑すぎます!!」


 こればかりは思わずメイも抗議した。

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