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追放された聖女、天災を育てる。  作者: てつ子
第1章 追放と出会い
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第3話 守るべきもの

 夜が明けるまで、セリアはリオの側を離れなかった。


 廃教会のベンチに敷いた薄い寝具の上で、リオは疲れ果てたように眠っていた。

 痛ましいほど細い肩が規則正しく上下し、時折かすかな寝息が震える。そのひとつひとつが、セリアの胸をじんわりと温かくさせた。


(今日から……私がこの子のお母さん)


 そう口に出したときは勢いだった。どこまで責任を取れるのか、自分に何ができるのかなど、考える余裕もなかった。ただただ、目の前で泣く小さな子供を放っておけなかった。


 けれど──今は違う。


 燃え落ちた村で、瓦礫の中から伸びてきた小さな手を握り返した瞬間。炎に照らされ泣きじゃくるリオの小さな背中を抱き締めた瞬間――セリアの中で何かがはっきりと変わっていた。


 この子を一人にしない。


 この手を放さない。


 夜がゆっくりと薄れ、廃教会の割れた窓から白い光が滲みはじめる。

 夜が明けていく。新しい朝が来る。


 セリアはそっと立ち上がり、焚き火へ向かった。


 冷たい水で顔を洗い、昼に拾ってきた野草と干し肉のかけらを煮る。

 廃教会の黒ずんだ古鍋は重く、底には無数の傷があったが、まだ十分使えた。


 薪を調整しながらスープをかき混ぜる。固いパンを炙りながら、ふっとひとりで笑った。


「……焦がさないように、ね。あの子、すぐ気にするから」


 鍋から立ち上る湯気が、ほかの朝よりも優しく感じた。




 ◇〜─〜─〜─〜─〜◇




「……ん……」


 リオが目を開けたのは、スープの匂いが教会に満ち始めた頃だった。


 くたびれたまつ毛が震え、やがてゆっくりと目が開く。


「あっ……セリア……?」

「おはよう、リオ。よく眠れた?」


 リオは一度瞬きをしてから、きょろきょろと部屋を見回した。


「……ここ、ほんとうに……燃えてない……?」

「ええ、燃えてないわ。あなたが寝ている間に、何ひとつ」


 リオは胸に手を当てて、深く息をつく。


「よかった……」


 その安堵が、どれほど重たい恐怖の裏返しなのか、セリアには分かった。

 だから、そっと手を差し出す。


「さぁ、朝ごはんを食べましょう」


 リオは少し迷ってから、そっと手を重ねてきた。温かい……けれど、その奥に不安はまだ残っている。


 丸太に座らせた途端、リオがもじもじと指を絡めた。


「また……燃やしちゃうかもしれないよ」

「燃えたら燃えたで、パンがちょっと黒くなるだけよ」


 セリアが笑うと、リオはぽかんと口を開けた。


「きょ、教会ごと燃えたら⋯⋯?」

「教会ごと燃えても……また建て直せばいいわ」

「そ、そんな……!」

「私はね、物が燃えるより、あなたが傷つく方がずっと嫌なの」


 リオの耳のが真っ赤になった。


「……ありがとう」


 その小さな声が嬉しくて、セリアはスープをすくって差し出した。


「熱いから気をつけて――」


 その瞬間、リオの体温がふっと跳ね上がり、スプーンが赤熱した。


「あっ……!」


 リオは慌てて手を離し、肩をすくめる。


「ご、ごめんなさい……!」

「大丈夫よ」


 セリアはスプーンを布で包んで冷ました。

 リオは縮こまり、すすり泣きしそうな顔をする。


「怖がらなくていいの。制御すれば、きっとあなたの焔は人を守れる」

「……守れる?」

「ええ。今日から訓練しましょう」


 リオは驚いた表情で、セリアを見つめた。


 その瞳に宿った小さな光は、焔の赤ではなく――希望の色だった。




 ◇ ◇ ◇




 食後、廃教会の外で簡単な訓練を始めた。


 風は少し冷たいが、空は晴れていた。焦げた森の匂いが微かに残る中、セリアはリオに向き合う。


 まずは深呼吸。

 天災の暴走は感情に引きずられやすい。


「息を吸って、胸にためて……ゆっくり吐くの」

「すぅ……はぁ……」


 リオの周りの空気が、わずかに揺れる。

 炎が噴き出す寸前の予兆は確かにある。

 けれど、呼吸に合わせて落ち着いていく。


「上手よ。次は、手のひらに小さな火を灯してみましょう」

「できるかな……」

「きっとできるわ。あなたを信じてる」


 リオはぎゅっと目を閉じ、両手を胸の前に出した。


 ──ふっ。


 手のひらに、橙色の火がともった。


「……! 出た……!」

「ええ、とても綺麗な火よ。ほら、熱くないでしょ?」


 セリアが指先を火に近づけると、リオが慌てて腕を引いた。


「あ、危ないってば!」

「大丈夫。あなたの『生きたい』って気持ちがこもった、温かな炎だもの」


 リオは戸惑いながらも、火を見る目が少し柔らかくなった。


「ぼく……こんなふうに火を出せたこと……なかった……。いつも⋯⋯全部燃えて⋯⋯」

「これから一緒に覚えていきましょう。あなたはひとりじゃない」


 リオは胸に小さな火を抱くようにして、こくりと頷いた。


 その瞬間、セリアは――この子の未来を絶対に守ろうと強く思った。




 ◇ ◇ ◇




 日が暮れ、廃教会に静けさが戻る。

 訓練はまだまだこれからだけど、今日はこれだけで十分だった。


「セリア……今日は楽しかった」

「私もよ。頑張ったわね、リオ」


 リオは眠気にふらふらしながら寝具に潜り込む。

 セリアはその髪を優しく撫で、ようやく肩の力を抜いた。


(少しずつ……この子の心が変わってきてる)


 そう感じられる一日だった。


 ――だが。


 その夜の静寂は、長く続かなかった。




 ぎぃ……

 ぎ、ぎ……と、扉の外で木が擦れるような音がした。


「……っ」


 セリアは反射的に身を起こす。

 リオも目を覚まし、怯えたようにセリアの服の裾を掴む。


「セリア……なに、これ……」

「静かに。私の後ろに」


 セリアの言葉が終わる前に、さらに音が近づく。


 金属が引きずられる音。

 獣とも人ともつかぬ低い唸り。そして、複数の足音。


 扉の向こうに、影が立つ。


「……いるのは分かっている」


 低く濁った声。だが確かな言葉を持っていた。


「そこに……天災児を匿っていると聞いた」


 リオの肩がびくりと震える。


 セリアは祈祷書を握り締め、リオを背にかばう。もはや奇跡は使えない――それでも手は自然に祈りの形を作っていた


「この子は……渡しません」


 扉がぎゅう、と押し開かれた。


 飛び出してきたのは狼。だが、その目は濁り、黒い煙のようなものが口元から漏れ出している。


(瘴気……!? 神災獣の……!)


 そして、月明かりの向こうに現れたのは、神聖騎士の鎧を着た男だった。だがその鎧は黒く腐食し、彼の足元にも瘴気がまとわりついている。


 男は剣を引きずりながら、一歩踏み込んできた。


「天災児は……生まれながらに、災厄の種……芽を刈り取らねば……」

「させないわ!」


 セリアの叫びと同時に──リオの感情が爆発した。


 恐怖。

 不安。

 大切な人を奪われるという絶望。


 そのすべてが、焔となって溢れ出す。


 リオの周囲に紅蓮の火柱が立ち上がり、瘴気と衝突して爆ぜ、火花が飛び散る。

 熱い風が教会を揺らし、古い窓ガラスがひび割れる。


「リオ、下がって! でも逃げないで――私のそばに!」

「……こわい、こわいよ……でも……セリアを傷つけたくない……!」


 涙を流しながら、それでもリオは踏みとどまった。


 焔は荒れ狂いながらも、セリアには決して触れなかった。

 彼の焔は、ただの天災ではなく――彼女を守るためのものに変わりつつあった。


 月明かりが紅く歪む。


 ――そして、物語は次の戦いへ動き始める。

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