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追放された聖女、天災を育てる。  作者: てつ子
第1章 追放と出会い
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第2話 灯火の母、焔の子

 手を繋いだまま廃教会へ戻る道は、夜の冷気が静かに包んでいた。

 リオは何度もセリアを見上げ、そのたびにぎゅっと手を握り返す。指は細く、骨ばっていて、幼いのにどこか力を抜くことを忘れてしまった子どもの手だった。


「ここが……ぼくらの、家……?」


 廃教会の朽ちた扉の前で立ち止まったリオは、ぽつりと呟く。

 煤にまみれた頬、震えの残る手。

 それでも、その瞳の奥には、かすかに希望の色が灯りはじめていた。


 セリアはそっと微笑み、頷く。


「ええ。今日からは――あなたの帰る場所よ」


 錆びついた取手を押すと、扉がきぃ、と軋む。

 中から漏れた橙色の光が、夜の闇をほんの少し後ずさりさせた。

 

 灯りは、セリアが追放の途中で手作りした油と布切れのランプだ。

 粗末だが、どこか温かい。壁に揺れる影が二人を優しく迎えていた。


 その柔らかな光に照らされて、リオの小さな肩がほっと緩む。


「⋯⋯落ち着く」

「今日は色々あって疲れたでしょ。まずは体を拭いて、休まないとね」


 セリアは小さい焚き火で井戸水を温め、古い布を濡らしてリオの顔や腕を丁寧に拭いた。

 リオはくすぐったそうに身じろぎする。


「セリア、手……優しいね」

「あなたが痛くないように、気をつけているだけよ」

「痛くても、がまんするよ」


 セリアの手が止まった。


「がまんしなくていいの。これからは、痛い時は痛いって言って、怖い時は怖いって言って……泣きたい時は泣いていいのよ」


 リオは目を丸くし、ゆっくりとまばたきをした。


「いままで、そんなの……言っちゃだめだって、言われてた」


「ここでは大丈夫。ここはあなたを縛る場所じゃないわ」


 リオは口を閉じ、短く息を吸う。

 何か大切なことを確かめるように、セリアの手の温度を確かめるように、そっと指を絡めた。


 静寂が落ちたが、それは息苦しいものではなく、不思議と柔らかい沈黙だった。


 セリアはリオに小さな布を渡す。


「はい、これが今日からあなたの寝床よ。ベンチは少し硬いけれど……」

「ここで寝ていいの……?」

「もちろん。むしろ、あなたに寝てほしいわ」


 リオは布を抱きしめ、胸に押し当てた。


「……ぼく、ここにいてもいいんだね」

「ええ。あなたはここにいていいのよ」


 その言葉を受け取った途端、リオの胸の奥で何かが震え、ほどけるように揺れた。

 その安心が恐怖も呼び起こしたのか、リオは小さく震えながら問いかけた。


「……また、燃えちゃったら……どうする……?」


 セリアは迷わず膝をつき、その手をしっかりと握った。

 温かな月光が破れたステンドグラスを通り、二人の影をひとつに重ねる。


「そのときは、また抱きしめるわ。熱くても、怖くても――あなたを離したりしない」

「……ほんとうに……?」

「本当よ」


 そして、ためらいを乗り越えるように言った。


「リオ。今日から、私があなたのお母さんよ」


 その瞬間、リオの瞳が、大きく揺れた。

 その揺れは、恐れでも戸惑いでもなく――希望という名の光が生まれる瞬間だった。


「……セリアが……?」

「ええ。私があなたを守る。あなたがどんな力を持っていても、どんな過去があっても。私は、ずっとあなたの味方よ」


 リオの唇が震え、声が引き結ばれ、声にならない声が漏れた。


 そして次の瞬間、リオはセリアの胸へ飛び込んだ。


「……っ、う……うわぁぁぁ……!」


 小さな身体から溢れた嗚咽(おえつ)は、ずっと我慢していた子どもの悲鳴だった。

 セリアはその背を包み、そっと揺らす。


「大丈夫。もうひとりじゃないわ」

「……お母さん……おかあさん……!」

「そうよ。あなたのお母さんよ、リオ」


 焔ではなく、涙の熱がセリアの胸を濡らした。


 震える手がセリアの服を掴み、小さな指が何度も確かめるように握りしめる。

 セリアはそのたびに、そっとリオを抱き寄せる。


 やがて泣き疲れ、微かな寝息が混じり始めるまで、セリアはその小さな背中を離さなかった。


 その夜、廃教会には確かに温かな気配が満ちていた。

 壊れたステンドグラスの破片が月光を反射し、床に淡い色を散らす。

 風の音さえ、祝福の歌声のように聞こえる。


 そして気づかぬうちに――教会の片隅で、祈祷書(きとうしょ)が微かに光を帯びていた。


 まるで、この場所に生まれた『母と子の絆』が、消えてしまった奇跡を揺り起こしたかのように。


 暗闇の中、小さな光は静かに瞬き続けていた。


 ――それは、二人の物語の始まりを告げる灯火のようだった。

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