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追放された聖女、天災を育てる。  作者: てつ子
第1章 追放と出会い
1/4

プロローグ 追放の聖女

 荘厳な鐘の音が、聖都アルティナに響き渡った。

 だが、それは祝福の鐘ではない。

 神に背いた者を告げる鐘――断罪の鐘だ。




 広場には信者たちが集まっていた。

 中央の白石の壇上に、女が一人、立たされている。

 白衣の裾は土に汚れ、金の聖印は剥き出しになり、その肩は、ひどく細く見えた。




 セリア=フィーネ。

 かつて、神の声を聞く聖女と称えられた女である。




「セリア=フィーネ。汝は神の意志を偽り、神託を拒み、人々を惑わせた。ゆえに神の加護はもはや汝を離れた。ここに、聖女の名を剥奪する!」


 壇上の上から、威圧的な声が響いた。

 大司教バルド。かつて彼女を聖女に任命した人物。

 だが今はその権威を振りかざし、「神託を偽り、神意を拒んだ」と彼女を糾弾する。


 ざわめきが広がった。

 群衆の中には涙を浮かべる者もいれば、石を手にする者もいた。

 「偽聖女」「神に見放された女」

 そんな罵声が、波のように広場を包む。


 この国の聖女制度には禁忌があった――奇跡を民に向けてはならない。

 奇跡は王権と神殿の象徴であり、民衆救済のために使えば穢れとして聖女の加護が削れる。


 そしてセリアは、その禁忌を破りつづけた。

 飢えた子どもを癒やし、兵士の死を遠ざけ、民の祈りに応えた。

 その結果、加護はほぼ失われ、奇跡を使えない無能の聖女として断罪される。


 神の奇跡は、王と神殿が独占するもの。

 民のために使うことは、反逆なのだ。




 セリアは群衆の嘲笑を前に、静かに真実を口にする。


「神の声は……最初から聞こえていませんでした。私が聞いたのは、人々の祈りの声です」


 その言葉に、バルドの顔が歪む。


「異端め……! 護衛、印を奪え!」


 兵士たちが近づき、セリアの胸元にある聖印を掴み取る。

 淡い光が一瞬、抵抗するように揺らめいた。

 だがすぐに、光は消え、聖印は灰となって風に散った。




 群衆が息を呑む。

 セリアの身体から、温かな気配が完全に消えるのを、誰もが感じた。


「これにて、聖女セリア=フィーネは、聖都より追放する!」


 バルドが宣言し、再び鐘が鳴る。

 セリアはゆっくりと壇を降りる。

 人々が道を開けるが、その瞳には恐怖と憐れみが入り混じっていた。


「……私は、これで自由になったのかしら?」


 去り際に見えた塔から放たれる光は、冷たく彼女を拒んでいた。




 ◇ ◇ ◇




 旅路は長く、そして静かだった。

 セリアは、荷車一つにわずかな食糧と古びた祈祷書(きとうしょ)を積み、北の荒野を歩いた。


 空は灰色。

 人里を離れるたびに、胸の奥の空洞が広がっていく。


 奇跡はもう使えない。祈っても光は降りない。

 だが彼女の心にはまだ、救いたいという小さな火だけが残っていた。


「……いいの。この選択をしたのは、私自身だもの」


 呟いた声は風に溶けた。

 それでも、足を止めることはできなかった。

 辿り着いたのは、かつて巡礼の途中で見つけた廃教会。

 今は誰も来ず、忘れ去られた神の家。

 そこで彼女は祈ろうとするが、もう言葉は出ない。




 扉を押すと、木の軋む音がした。

 中には埃まみれのベンチと、割れたステンドグラス。

 光の欠片が床を照らしていた。


「ここなら……誰にも見つからないわね」


 セリアはマントを外し、埃をはらってベンチに座った。


 そのとき――

 かすかな声が風に紛れて届く。


「……たすけて……」


 小さく、かすかな声。男の子のようだった。

 最初は錯覚だと思ったが、再び聞こえる。

 

「たすけて……ぼく、いやだ……」


 夜空の向こう、森の方角で炎が上がる。

熱風が教会に吹き込み、焦げた匂いが満ちる。


「火事……?」


 セリアは息を呑む。

その炎の中に、確かに誰かがいる。


「……行かなきゃ」


 セリアは立ち上がり、外へと駆け出した。


 奇跡を失っても、彼女は走り出す。救う力がないのに、救いを求める声へと駆けていく。


 夜空を焦がす炎の向こうで、確かに、誰かが泣いていた。

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