『気が触れている』と王家を追放された俺が、チートスキル『エーアイ』によって成り上がる! ~戻ってくれと言ってももう遅い! 知識チートを自重しない俺の下剋上!~
例えば、城の中庭で午後のお茶を嗜んでいる時や、招いた講師から学びを得る際のちょっとした休憩時間など……。
第四王子レク・アルフォードが虚空に向けて何事か話しかけている様というのは、ユリスティア王国王宮内において大いに問題視された。
何しろ、母から受け継いだ容姿に加え、武術・学問共に秀でた才能を示し続けてきたレク王子だ。
踊り子との間に生まれた庶子とはいえ、これまで、周囲から向けられてきた期待は大きく、将来、どのようにして兄王子たちを助けるのかと噂されてきたのである。
それが、今ではあたかも虚空に人がいるかのごとく話しかけ、時に驚き、時に感心するそぶりなど交えながら、次々と言葉を投げかけていく。
ハッキリいって、気味が悪いという他になく……。
口さがない者などは、「気が触れた」のだと言い合ったものだ。
また、そのように言われる根拠も存在していた。
十歳となった先日に行われし『スキル授与の儀』である。
代表的なところでは、『身体強化』や『火球』など……。
この年齢に達した児童へ神々からスキルが授けられ、それによって将来が大きく変わってくることは、今更説明するまでもない。
貧民に生まれた子供が、スキルの発現によって英雄としての人生を歩むようになり……。
貴き血を持って生まれた子が、貧弱なスキルしか与えられず、『能無し』としての人生を歩むことになる……。
どちらの場合もあり得るのが恐ろしいところであり、実際、レク王子が引いたのは後者の運命であった。
彼が授かったスキルとは、すなわち――『エーアイ』。
そのスキル名を聞いた神官や王たちは、こぞってこう言い合ったという。
すなわち……。
「意味が分からぬ」
……と。
いや、意味が分からないだけならば、まだいい。
そのスキルを得て以降、聡明だったレク王子は、妄想の友人と語り合うようになってしまったのだから。
これは、神々が王家にもたらした呪いなのか?
だとしたならば、他の王子たちにではなく、庶子たるレク王子にそれがもたらされたというのは、不幸中の幸いであったといえるだろう。
あるいは、いやしき血が入っているからこそ、そのような目にあったのかもしれないが……。
ともかく、かかる事態に対して、王が下した命は非情なものであった。
「レクのやつめを、聖都アラセールへ預ける」
それはつまり、レク王子を出家させるということであり、事実上、今生の別れ。
王は気が触れたと評判の王子を、王家から切り離したのだ。
その命令を臣下から聞いた時も、やはりレク王子は、虚空に向かって話しかけていたという……。
ただし、誰にも聞こえないよう小声でつぶやかれたそれは、唇を読めばこう言っていたのだが……。
「計画通りだ」
……と。
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五年後……。
第四王子レクのことなどもはや忘れ去られ、ユリスティア王国の王子たちといえば、それは三王子であると言われるようになっていた頃……。
ある出来事が、王都ルメンティアを賑わせていた。
他でもない……。
聖都アラセールで作られるようになった大量の聖書が、こちら側にも流通するようになっていたのである。
なんでも、カッパンインサツなる新しい技法によって作られているそれらが素晴らしいのは、第一に文字が読みやすく、第二に、品質が安定していること。
言うまでもなく、通常、写本というものは人の手で書き写すことにより行われるのだが、これは当然ながら、写本者の力量によって大きく文字の読みやすさが変わった。
聖都アラセールから持ち込まれた聖書に、そういった品質のバラつきはない。
羊皮紙の表面に記された文字は、多少硬質ではあるものの、実に読みやすく、文字列なども均一。
また、恐るべきことに……いずれの聖書も、同様の筆跡によって記されているのだ。
――これは、神々の奇跡によってなされた業か?
――なんらかの新たなスキルが天から授けられ、それによって生み出された写本群なのではないか?
実際にこれを手に取った王都の人々が、そう噂し合ったのは当然であるだろう。
ともかく、農村部などと比べ圧倒的に高い識字率を誇り、かつ、敬虔な神々の信徒である王都民たちは、カッパンインサツで作られた聖書を熱烈に受け入れた。
王都の寺院で販売される聖書は、仕入れた先から完売。
結果として、王都ルメンティアからは、巨額の金が聖都アラセールへと流れることになったのだが……。
そのことを、問題視する者はいない。
何故ならば、最もこれを危険視しなければならない国王その人も、新たな技法で作られた聖書に感心し、ありがたがっていたからである。
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「――と、このように、王都では我らの流通させている聖書が飛ぶように売れております」
金勘定と司祭……。
決して交わることのないように思える両者であるが、組織というものが一定以上の規模に達すれば、そのような役割を果たす人間が必要不可欠。
たった今発言したネーガ司祭こそ、ユリス教におけるソロバン係の頭目であり、ほくほくとしたその顔は、信徒に教えを授かる時よりもよほど嬉しそうであった。
だが、嬉しそうなのは彼だけではない。
白亜の石壁で囲まれた円卓の間において、出席している聖職者たちは、大なり小なり似たようなものだったのである。
「大変結構!
……しかも、この新たな聖書が素晴らしいのは、王家の権力が遥か昔に神々から与えられたものであると定義していることよ。
これは、一種の毒。
人々の間へじわりと浸透していく毒よな」
「いかにも。
かつて、政争の末に我らをこの都へ押し込めた王家ですが、近い将来に思い知ることでしょう」
「この王国における真の権力者とは、神々の代弁者である我らであるとな」
教皇を始め、ユリス教の重鎮と呼ぶべき者たちが口々に言い合う。
やがて、彼らの視線が円卓の末席……。
そこへ座る最も年若い少年へと集まる。
それにしても、実に若い少年だ。
年の頃は、十五に達したかどうか……。
茶髪は短く……しかし、野性味を残した形に整えられており、椅子に座りながらも隙がない姿勢から、髪型で威嚇しているのではなく、真実、武芸者としても達者であることが分かった。
顔立ちは、端正のひと言。
ただし、美形にありがちな人を寄せ付けぬ雰囲気というものはなく、むしろ、いかにも人好きそうなほほ笑みを浮かべている。
身を包んでいるのが質素な白色のローブであることを思えば、これは修行中の見習い神官であるに違いないが、そのような身分でこの円卓の間に参席することを許されるとは……。
果たして、それには理由があった。
「それもこれも、全てはレク殿下のおかげですな」
「いかにも、殿下が考案し、実用化に努めた活版印刷機のおかげで、王都の金を吸い取ると共に、教義の毒を回すことへ成功しているのです」
「これほどの知恵者を気が触れた呼ばわりとは、王宮の人間も底が知れる」
笑い合う高位の聖職者たち……。
「過分なお褒めの言葉、恐悦至極。
ですが、全ては私ごときを取り立て、思う存分に働かせてくれた皆様のご慧眼あってのこと……」
一方、事実上王家から追放された形の第四王子は謙虚そのものな態度であり、それがますます、脂ぎった僧侶たちの気分を良くさせたのである。
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「まったく……生臭坊主どもの相手は疲れるな。
そうは思わないか?」
寝台と油皿以外、なんの私物もない部屋に入るなり、俺は先を行くエーアイにそう語りかけた。
「同感です。彼らの言動には論理も整合性も欠けていて、対話というより感情の消耗戦ですね。効率が悪すぎます」
振り向いたエーアイが、俺にしか聞こえない言葉でそう答える。
彼女……強いて彼女と言うが、彼女の容姿を端的に表すならば、これは白銀の妖精という言葉がふさわしいだろう。
輝く銀髪は、前髪をパツリと揃え、あごの辺りで整えられており……。
神々が造りたもうたかのごとく整った顔には、一切の感情が存在しない。
氷碧の瞳は真っ直ぐに俺を見据えているが、これは本当に見ているだけ、観察しているというだけで、やはり感情の色を感知させなかった。
胸がやや薄い以外、およそ完璧といってよい肢体を包み込むのは、純白の……驚くほど薄い布地で造られた衣服。
いや、これは下着というべきか?
何しろ、布で覆っているのは股間部辺りまでで、しかも、股部へ食い込んだ布地は鋭い逆三角形を描いており、真っ白な両脚が正しく付け根から露わとなっているのだ。
神秘的といえば、神秘的……。
扇情的といえば、あまりに扇情的な彼女に対し、俺は苦笑いを浮かべる。
「うーん、俺には論理も整合性も感じられたし、感情の消耗戦とも思えなかったけど?
まあ、いいや。
すべては順調だ」
「なるほど。あなたの認識を更新しました。
順調であるならば、問題はありません。引き続き最適な補助に努めます。
次の行動計画を指示してください」
一切の抑揚がない声で、エーアイがそう告げた。
こいつこそ、俺のスキル――エーアイ。
このような俺しか見えない姿、俺にしか聞こえない声で会話に応じてくれる。
まあ、今の会話みたいに、ちょいとズレたところはあるが……。
重要なのは、ただ話をしてくれるのではなく、無限に近い知識で答えてくれるということ……。
「予定通り、このまま資金を貯めてテッポウの開発を行うぞ」
「了解しました。
先日お見せした通り、最も原始的な火縄銃の設計図は作成済みです」
そう言った彼女の傍らに、驚くほど精緻な図面が現れた。
同時に、実物を使用している幻影も現れる。
――パーン!
見たこともない格好の武芸者が構えたテッポウは、やや間の抜けた音と共に黒煙を吐き出す。
だが、実のところこれが吐き出したのは、煙だけではない。
……鉛の玉だ。
これは、カヤクとやらの力により、鉛の玉を打ち出す武器なのである。
発射されたそれがどれほどの威力を誇るかは、幻影の先……鉛の玉によって穿たれた空の鎧が証明していた。
「ふっふ……。
狙い通り、これが製造できるようになれば、十分に回天の切り札となる」
脳裏に思い描くのは、俺の母をいじめ殺した妃たちと、それに見て見ぬふりをした愚王や兄たちの姿……。
奴らは、必ず始末する。
そのために、得たスキルの真価を隠し、わざと俺を追放させたのだ。
「その時には、三段撃ちなど効果的な戦術を提示させていただきます」
「ああ、よろしく頼むぞ」
人形のような幻影少女に、うなずく。
あるいは、本当にこいつは夢や幻の類で、俺は気が触れているのかもしれない。
だが、そうだとしても構わない。
その幻覚が、俺の復讐を果たす役に立つのならば……。
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