インベーダーだった事もある両親の青春時代
挿絵の画像はAIイラストくんで生成致しました。
私のお父さんとお母さんは大学の映画研究会の先輩と後輩という間柄で、卒業までの期間に色々な映像作品を協力して制作していたみたい。
映研時代の両親が制作した映像作品は、私にとってはある意味では兄や姉にあたる存在と言えるだろうね。
だからここ最近はお母さんに頼んで、映研時代の映像作品をDVDで見せて貰いながら当時の思い出や裏話を聞かせて貰っているんだ。
まあ、そもそもの発端はお父さんの書斎から借りてきた「帰ってきた仮面ウォーリア!凶悪、ゴドゾム怪人軍団」というインディーズ特撮映画を見ちゃった事にあるんだけど。
変身ヒーローを演じていた若き日のお父さんも、露出度の高い悪の女幹部を演じていた学生時代のお母さんも、どちらも凄く楽しそうだったからね。
若き日の両親の思い出を共有したいというのは、娘ならば当然の心理だよ。
この日も小学校の振り替え休日を利用する形でお母さんに生コメンタリー上映を頼んだんだけど、ディスクを手にしたお母さんの態度は普段とちょっと違っていたんだ。
「これは『アパート住まいのインベーダー達』っていう学祭に向けて制作した映画なんだけど、小学生の京花には少し刺激が強いかも知れないわね…」
何時になく意味深な、勿体つける口振りだったの。
だけど我が子を子供扱いするような挑発的な物言いの方が、私には一層に気になったね。
「大丈夫だよ、お母さん!私が流血シーンのある任侠映画とかグロいシーンのあるホラー映画も平気で見られるって事、一緒に見ているお母さんならよく知っているでしょ?」
だからついつい、こんな事を言っちゃうんだ。
「それなら良いけど…このフィルムのストーリーを知った後では、知る前の京花には戻れないのよ。」
これまた意味深な物言いだったけど、私は特に気にしなかったの。
何しろプレイヤーにセットされたDVDの再生が始まったのだからね。
お母さんの念押しとは裏腹に、「アパート住まいのインベーダー達」という学生映画は穏やかな描写でストーリーが進んでいったの。
学生時代のお母さんが扮するヒロインの船橋樟葉さんはコールセンターで電話営業をしているOLさんという役どころで、黒いチョーカーをいつも巻いている以外は至って普通の女性だったんだ。
うちのお母さんの旧姓は「園樟葉」だから、ほとんど本名みたいな役名だね。
「この肩を出した衣装も黒いチョーカーも、若い頃のお母さんの私物だったのよ。チョーカーに関しては今も持っているわ。」
「へえ…じゃあ、今度着けてみてよ。」
これは後でスタッフロールを見て知った事だけど、ヒロインが単独で映っているシーンはお父さんが単独でカメラを回していたみたい。
それを知ると、色々と頷ける事があるね。
若き日のお母さん扮するヒロインを、より美しく魅力的に映そう。
そんな学生時代のお父さんの愛情と優しさが、カメラアングルを始めとする随所から伺えるよ。
そしてストーリーは、ヒロインがアパートのお向かいに住む青年実業家の男性と交流を深める事で徐々に進展していくんだ。
この青年実業家の大垣内久修さんを演じているのが、若き日の私のお父さんなんだけどね。
お父さんの本名は「枚方修久」だから、少しだけアレンジしているかな。
「うわ〜っ、偏光グラスまで掛けちゃって…お父さんったらカッコつけ過ぎじゃない?」
まるで昔の刑事ドラマのベテラン刑事か特撮ヒーロー番組の司令官みたいで、何とも面映ゆくなっちゃうな。
「良い所に目を付けたわね、京花。お父さんの偏光グラスとお母さんのチョーカー。この二つから目を離さない事よ。」
相変わらず意味深な口振りのお母さんだけど、これは後々の展開を的確に踏まえた発言だったんだ。
『船橋さんって、いつも黒いチョーカーを御召しなんですね。やっぱり御気に入りなんですか?』
『えっ?!ええ、まぁ…それを言うなら大垣内さんだって、いつ御会いしても偏光グラスを御召しじゃないですか。何か拘りでも御座いまして?』
『ああ、これですか?船橋さんに勇気と御興味が御座いましたなら、私の部屋へお越し下さい。大丈夫、悪いようには致しませんよ。』
若き日の両親が演じる二人も、お互いの装身具に関心を持ったみたい。
そして青年実業家に招かれ、ヒロインは彼の部屋へ足を踏み入れたんだ。
『最後に聞きますが、私が偏光グラスを常に着けている理由を知る事に後悔はありませんか?これを知った後では、知る前の貴女には戻れませんよ。』
『構いません、大垣内さん。貴方が教えて頂けるなら、私も貴方の御質問にお答えします。』
意を決したヒロインに小さく頷くと、学生時代のお父さんが演じる青年実業家の偏光グラスがそっと外されたんだ。
『うっ!?』
「おおっ!」
画面の中にいる若き日のお母さんとシンクロするみたいに叫んじゃったけど、笑わないでよね。
何しろ若き日のお父さん扮する青年実業家の目元から眩い光が放射され、全身が光に包まれちゃったんだから。
「この光学合成も学生時代のお父さんの渾身の作なのよ。『アルティメマン』を始めとする丸川プロダクションの特撮技術を参考にしたんだって。」
「へ、へえ…」
お母さんの解説も、半ば上の空だった。
何しろ画面の中で発光する若き日のお父さんは、知的生命体の肉体に憑依する事で実体を獲得するレチクル星系の光状生命体として自己紹介をしているんだからね。
だけど更なる衝撃は、その直後に待っていたんだ。
『今に分かりますよ、大垣内さん。しかし…これを知った後では、知る前の貴方には戻れませんよ。』
つい先程に私に念押ししたのと同じようなセリフを言いながらチョーカーを外すと、若き日のお母さんは自分の頭を両手で掴んだの。
そうしてダンクシュートを決めるバスケットボールの選手みたいに、高々と頭を掲げてしまったんだ。
「えっ、ちょ…え…」
唖然とする私を尻目に、若き日のお母さんの身体は支えを失って座り込んでしまったの。
首元の真っ赤な切断面をこれ見よがしに誇示しながらね。
「首が…お母さんの首が外れちゃった…」
「これもグリーンバック合成の賜物よ。お母さんも緑色のタイツで頑張ったんだから。」
開いた口が塞がらない私とは対照的に、若き日の武勇伝を語るお母さんは至って楽しそうだった。
光学合成とかグリーンバックとか様々な特撮技術を駆使した撮影はさぞかし楽しいんだろうけど、幾ら映画とはいえ身内が生首だけの姿になるのは複雑な気分だなぁ…
もっとも、映画の中のお母さんの役どころは地球人の生首そっくりな姿で生育する宇宙人なのだから、件の宇宙人にとっては生首だけの状態が普通なのだけど。
こうして宇宙人としての正体を互いに明かした二人は見事に意気投合を果たし、二人が今後も地球人としての生活を満喫する事を誓う形でストーリーが締め括られたんだ。
「う〜ん…お父さんもお母さんも、若い時はぶっ飛んだ映画を撮っていたんだねぇ…」
「そうして価値観が合ったからこそ、私と修久さんが結婚して京花が生まれたんじゃない。」
それを言われちゃうと、娘としてはもう何も言えないなぁ…
主要登場人物である男女は二人とも宇宙人だし、ヒロインが生首だけになるショッキングな描写はあるし。
明らかな色物映画ではあるけど、これが両親の馴れ初めの一環だと思うと娘としては愛おしくなっちゃうね。
お父さんが会社から帰って来たら、色々と詳しく聞いてみようかな…