第十三話 最終日
ふと思い出したのか、吉川くんが「あ」と洩らした。
「よしこ、早河がどんな用事で俺のこと呼び出したか知ってるか?」
早河さんは私の問題だと彼に言って、トイレの取り壊し現場に連れてきた。彼女の言う問題が吉川くんと関わりがあるのなら――私の想いは早河さんにバレバレだったということになる。
「きっ、気にしなくてもいいんじゃない?」
「……ま、いいか」
吉川くんは再び暢気にココアをすすり始めてしまった。寂しさを覚えてしまう。私の問題まで軽く扱われているような気がしたのだ。
「やっぱり気にして!」
突然叫んだせいで彼は派手にむせる。慌てて口に手を当ててココアの逆流を防いだようだ。
「うるさいっつんだ」
頭をぱしんと叩かれ、蹲る。恨みがましくじっと見つめると、彼は眉を顰めた。
「そんなに痛かったのかよ」
私の痛みなんてそう簡単に解ってたまるもんか。どうせ彼は一生知ることなんてないのだ。
「痛い」
物理的な痛みはやがて消えることができても、こればかりはどうしようもない。
「それは悪かったな」
悪びれる様子のない口先だけの言葉だけでは納得がいかなかった。この先ずっと味わっていくだろうこの苦い気持ちをもたらしたのは彼だ。心に秘めておこうとしているから辛い。でも、それは私が勝手に決めたことだから、彼に非はない。……そんなことは自覚している。
沈んだ空気でお互い黙々とココアを夢中で飲んでいたが、飲み終わってしまえば、私と彼とを繋ぎ合わせるものは何もない。希薄な関係に溜息を吐きたくなる。
「よしこ、俺実は早河が呼び出した理由知ってんだけど」
おもむろに彼が語りだした内容に驚嘆し、紙パックを落としてしまう。それを拾って、にんまり笑いかけられ全身から汗が噴出した。
「ち、ちっ違う! あれは彼女の勘違いで!」
「勘違いなんだ?」
何と切り替えしてよいのだろう。
「違うって言うか……忘れて。別に私はどうしようとも思ってないし」
「へえ。ますます早河が俺を呼び出した理由が気になるな」
一呼吸置いて彼の言葉を噛み砕いた。
「まさか、鎌掛けたの? 本当は理由知らないんでしょう?」
完全なる誤魔化し笑いから、彼が何も知らないことを悟った。改めて彼の意地の悪さを思い知り、そして簡単に言質を取られた自分自身を恨んだ。
「吐け。俺に嘘を吐こうなんて十年早い」
新たなアイスココアを鞄から取り出し、二本目を飲み始めた吉川くんが黙って私に耳を寄せてくる。
「吐け」
般若の形相で凄まれて、つい恐ろしさに耳元に顔を寄せた。
「えっと……」
「早く」
断腸の思いでありのままの苦しみを打ち明けた。
最初は平然と聞いていた彼の顔が途中から急変しベンチから転げ落ちた。地面にアイスココアの染みが広がる。耳まで真っ赤になった彼は、目を泳がし口をしきりにぱくぱくしている。
「お、おい。いつからだよ……」
この慌てぶり――初めて彼に勝った気がする。
「……秘密」
「そんなこと言う口はどの口だ?」
片手で両頬をつかまれ、かなり不細工に変形しただろう我が顔を思い浮かべた。
いつの間にか吉川くんの顔色は元に戻っている。彼は私と違い立ち直りが早いらしい。
「ブスは素直が一番だよな?」
「ばい、ずみまぜんでじだ」
「俺の返事要らないのか?」
「じりだくないでず。ごぐばくじゃないじ」
蛸さん顔での応酬は傍から見たらかなり異様だろう。彼の気の済むまでこの顔でいるのかと思うと気が滅入る。
「はん、生意気だな」
無理やり耳を摘まれる。きっと手を離されたら頬も耳も伸びきっているだろう。明日学校に来るのが嫌になりそうだ。顔が変形しすぎて。
「心して聞きやがれ」
そっと耳打ちされた言葉は思いのほか柔らかくて、そしてとても意外なもので、私は耳押さえて先ほどの彼みたくベンチから転げ落ちる。
私を見下ろす彼はからかいのない笑みを浮かべ、手をさしのべた。とっても性悪な恐ろしいけど、杜城くんと立ち向かう勇気を与ええてくれた人。とっておきの感謝を込めて――その手を力強く握った。
「ありがとう、吉川くん」
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