第十二話 決着日
私は実に約二年遅れの卒業式をたった今終えた。その事実についていけなかった。
中学卒業は私にとって衝撃的過ぎたのだ。
あれはそう……中学三年生の時のこと。卒業式の帰り際、私は別れ際に彼に怒鳴りつけられた。
「ごめん、消える」
「そうじゃないんだよ! だから、だからっ……そういうところが気に食わねえ!」
自転車が横倒しになるのを遠くに感じながら、近付いてきた顔を避けることができなかった。いや、彼がこの後どのような行動に出るか知っていたなら、きっと避けただろうに。その時は恐ろしさのあまり石像と化していた。
現在でも彼に何をされたのか良く理解できていない。しかし、杜城くんが別れ際に囁いた台詞によって、あれは幻ではないと確定した。
「二年前……唇、傷つけて悪かったな」
彼は別れ際、こう囁いたのだ。
繰り返し見る悪夢により、どこまでが夢か現実か判断が付かなくなった私は、正直、杜城くんに口に噛み付かれた事実さえも夢と混同してしまっていた。夢との混合は自己防衛の手段であったのかもしれない。もしそうだとしたら、忘れたい出来事だったということになる。
何がともあれ、私は彼と決別した。今頃そのこと納得がいったのだが、何とも言えない気分だ。いきなり心のつかえが取れると不安が残る。
ちょっと考え込んで、杜城くんの消えた方を見たが、去った彼の人の背は見えない。
「寂しいのか?」
背後から吉川くんに声を掛けられる。振り返ってぶんぶん首を振って否定したら、彼は噴出す。
「全力否定かよ。話は付いたのか? 外傷はないみたいだな」
ちろりと吉川くんにボディーチェックをされ、杜城くんの人相の悪さを思い出し、苦笑いした。それは吉川くんも同様なのに、と気付くとなお更に笑えてきた。
「うん、無事。話は付いた」
「みたいだな。何があったかは知らんが、見える顔になってるぞ」
思わず、俯いた。客観的に考えると、褒め言葉とは思えないが、彼にしては随分良い方に分類される台詞だ。俯けば、照れを表した頬を前髪が隠しくれる。
「また前髪伸ばして……懲りないな。仕方ないか。切ったのは無理やりだったし。長いままが好いのなら、もう何も言わない」
「すごく、すごく、戸惑ったけど、切ってもらって良かった。今度は自発的に切ってみる……」
「ふうん」
「前髪だけじゃない。ココア奢ってくれたこと、後輩がトイレに入ってきた時、外に連れ出してくれたこと、シャープペンシル拾ってくれたこと、後、膝を洗ってくれたことも、ありがとう」
これは秘密だけど、杜城くんと向き合うきっかっけをくれたことも感謝している。
思えば、吉川くんの気に障らないように過ごしてきたのに、重要なことを忘れていた。感謝の言葉だ。
「どういたしまして? ……中盤、身に覚えがないけど。よくそんな昔のこと覚えてるよな。まあ、俺もよしこと接してみて、自分の言葉の足りなさを自覚したよ。よしこって、単刀直入にはっきりものを言わないと、いつまでも、どもる生物だから、言葉選びの練習になった。こちらこそ、どうもな」
それは微妙な感謝だ。
若干複雑な気持ちを抱えつつ、足は無自覚にベンチに座っている彼の席の隣を目指した。何気なく座った時にはたと気付く。家族以外の隣にこんなにも自然に座るなど珍しい。
「ほら、飲め」
吉川くんは鞄からアイスココアを二本取り出し、一方を私に無造作に渡す。
「ありがとう」
久方ぶりに口にしたそれは、不変のほどよい甘さと、舌触りがした。
隣には同じものを味わってくれる人が居る。
私の鼻腔を擽る匂いは、彼を象徴するものとして馴染みが深い。きっと帝華堂のアイスココアを買い味わう度に、思慕のほろ苦さが蘇るのだろう。