第十一話 決別日
彼らが言葉を交わしあう姿を呆然と眺めていると、非常に不味い状況に陥っていることに気付く。
仮に杜城くんが私と付き合っているなんて洩らしたら、吉川くんはどう思うだろう。いや、彼は何とも思わない。「ああ、そうだったのか」くらいにしか考えてくれないに違いない。
途端に虚しさに襲われ、慌てて二人の間に割って入ると、彼らの会話は途切れ、私に注目が集まる。
二人の視線が痛い。すこぶる恐ろしい。
「早河は? あいつに呼び出されたんだけど」
「これ以上居てもどうしようもないから、帰るって」
盛大な舌打ちが聞こえ、冷や汗がたらたら流れる。
引き止めれば良かったと後悔しても、後の祭り。苛立ちの視線を受け止めきれない。
「杜城くんは……どうやってここに?」
話を変え、吉川くんから逃れる作戦に出る。
「電話で重機音が煩かったから、工事現場の近くに居るんだろうと思って。校門近くに居た人に案内してもらってきた」
「案内してもらったって、一体誰に?」
「俺だけど」
吉川くんが控えめに挙手する。
「……彼、ここの生徒じゃないよ」
「定時制の生徒じゃないのか?」
我が校は定時制を併設している。放課後にでもなれば、私服の定時制の生徒が登校してくるため、髪を金に近く染めている者や派手な衣類を纏った者も珍しくない。それに便乗して進入するなど、貧乏で警備の手薄な県立高校ならば十分考えられることだ。
「不法侵入……」
思わずぽつり呟くと、杜城くんの眉が跳ね上がる。まるで、誰の所為だと言わんばかりだ。
「由、ちょい面貸せ」
杜城くんに引きずられ、吉川くんと離される。一人残された吉川くんは私のことを特に気にする体もなく、ベンチに座る。私と眼が合うと、にやりと笑んだ。彼の口が動く。「がんばれ」と。
助ける気はこれっぽっちも持ち合わせてないということか。何て残酷。
「由があんなヤツと知り合いとは思わなかった。俺が一番声掛けやすいヤツを選んだんだけど」
杜城くんが声を掛けやすい人物イコール、私が苦手とする人種なのだ。当初は吉川くんに近付きたくなかったので、彼の言ったことは間違ってはいない。無論今は事情が異なるが。
「前、クラス一緒だったから……」
「それだけで? もしかして……アイツに虐められてるのか?」
「違う」
私を実際に苛めてきたのは他ならない、あなただ。現在の苛めの心配など皮肉にしか思えない。
「それならいいけど。泣いてるだろ。辛いから泣いてるんじゃないか?」
ぐいっと杜城くんが袖で私の頬を拭う。乱雑だが、私のことを気にかけてくれたことに同様を隠せない。やんわり、彼の手を払う。
「違う。違うよ。悔しいだけで」
「ふうん。泣いてるとこ初めて見たから驚いた。俺が……いくらちょっかいかけても泣かなかったのに。何が悔しいんだ?」
「……きっと自分の手の届かないものは、たくさん在るんだな、って自覚して」
「変なの。今更感じたのかよ」
こくりと頷く。
「いいじゃねえか。その内、手に入るものだってあるだろ。気にすんな」
「その内だと遅いから」
トイレは壊されているのだ。後でどうのこうの、という問題ではない。
「なら前向いて、今できることだけしてればいい。例えば、自分を磨く努力をだな。もっと綺麗になったり、社交的なったりしたらどうだ」
前者はどうしようもないではないか。後者は努力したとしても、何時効果が現れるか分からない。遠まわしに顔と性格を否定され、ますます気力が下降する。
「まあ、そんな由は恐ろしいがな」
苦笑する杜城くん。緩んだ空気にほっとする。彼は確実に柔らかくなった。昔ほど、ぎすぎすはしていない。
杜城くんとの関係を見直すなら今しかない。雰囲気が緩んだ今が時宜だろう。
「私、杜城くんにはもっと相応しい人がいると思う。私への嫌がらせとか、そんなことばかりしてたら、杜城くんが損する。だから……」
「言いたいことはそれだけか? 由の気にすることじゃない」
彼の私に対しての突っかかりの正体は一体何だろう。鋭くなった視線に、胸が苦しくなった。何時までも縛られ続けている。幾重にもかけられた鎖は容易には解けない。
本心は、彼のことなどこれっぽっちも思いやってなんかいなかった。ただ自分が楽になりたかった。自由になりたかった。
「ごめん。私、もう卒業したい。中学の卒業式で、もう過去のことは過去って切りを付けたつもりだったけど、やっぱり昔のこと、全部捨てられなかった。杜城くんとちゃんと別れたい」
杜城暁朗という人物を見返しやると決意を決めていたはずなのに、洩れた言葉は頼りなくて、吐き気がした。刷り込まれた過去に逆らえない。やはりバカはバカだった。瞬治にそう伝えよう。
「お互いにとってそれが良い」
杜城くんはぽつり呟いた。思いもよらない発言に瞠目し、膝の力が抜けるのを感じた。
「俺は多分、いや絶対どこかで由に対する接し方を間違えた。由にそう言われても仕方がない。再会してから、必死に中学までのこと払拭しようと思ったけど、また踏み違える始末だ。傍に居ても、俺は何もできない。むしろ、さらに傷を抉るだけなんだ。……俺からも言う。もう終わりにしよう」
彼は立ち去った。擦れ違いざまの耳打ちで私は過去を清算したことを悟った。数年にわたる格闘の結末にしては実に呆気なかった。




