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吉川さんと吉川くん  作者: Light Up Field
後編 中学生活の奪還
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第十話 決壊日

 訳も分からないまま腕を引かれていく。行き先は見当が付かない。ただ、気付いたのは、懐いていない犬の散歩が通算三回目になったということだ。私って人に振り回されやすい質なのかなあ。

「早河さん、理由説明して」

 彼女の鼻歌がぴたりと止んだ。笑いなど一切含まれていない瞳でじっと見つめられ、ますます困惑した。

「これは由の問題だよ」

 黙って歩を進めれば、見えてきたのは外トイレだった。立ち入り禁止になって久しく、人が全く出入りしていないため、以前より酷く寂れた雰囲気を醸し出している。周囲には工事用の柵が張り巡らされ近づくことはできない。ベンチの隣に駐車してあったバックフォーが派手なエンジン音を立てて動き始めた。

「知ってた? 今日、取り壊されるんだって」

 黄色の車体が押し進み、玩具のように全てを潰していく。思わず拳を胸に当てた。ここにあるはずの一年前の思い出も脆く崩れていく気がした。こんなにもいとも簡単に壊れていく。

 ショベルの動きに合わせて、砂塵が舞い上がる。薄目で粉塵を確認して、瞳の奥が熱く痛んだ。

「由、ケータイ鳴ってるよ」

 轟音に掻き消されていた軽やかな着信メロディーが鬱陶しい。誰からの着信か分かっているから、なお更に。

 緩慢な動作で携帯電話を取り、通話ボタンを押すとすぐさま舌打ちが聞こえた。

『遅い。今どこだ』

「まだ校内だよ」

 すっぱりと言い放つと、返答が返ってこない。杜城くんとは、きちんと話を付けるつもりだ。

だが、今は取り壊しの様を目に焼き付けたい。

『分かったよ』

 そこで通話は一方的に切られた。その潔さに疑念を持つ。

 彼はねちっこい。小学校から中学生まで私に懲りずに、あらゆる虐めの手を考案してきた人だ。その方法は数え切れない。そんな人がこうも簡単に引き下がるものか。

 裏を感じる。良い関係とは言い難いが、確かに付き合いは長い。そのくらいのことは勘付ける。

「これ以上私は居てもどうしようもないから、帰るね」

 わざわざ工事施工日を教えてくれた早川さんに感謝して、私は彼女を見送った。

 暫くぼんやりと取り壊しの様を見つめていると、高校生活が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。

 高校入学時は、杜城くんという脅威を感じないことに浮かれ、それだけに満足し、自ら交友の輪を広げなかった。もっとも、小、中学生時の乏しい経験とコンプレックスにより、何をどうしていけば良いのか、首を傾げてしまう場面が多かった。二年に進級し、トイレ掃除当番の決定では新たな脅威、吉川くんが誕生し、彼の言葉足らずの行動にあたふたし、頭を抱えた。吉川くんを嫌っていたのに、芽生えてしまえてしまった想いにも戸惑ってしまう。彼はほんの僅かな気遣いだけで私は十分だった。それ以上は求めない。私の大切な思い出は、いつも他ならない、ここで作られてきた。

 それが取り壊されてしまう。どうしなのだろう。私は多くのものを求めなかったはずだ。その考えは驕りだろうか。どうして私の大切なものが崩れていくのだろう。

 悔しくて不甲斐なくて、自然に内からこみ上げてきたものが流れ、地面に、ぽつりぽつり染みていく。

 地の染みを呆然と眺めた。泣きたいことはあった。それを耐えることも度々あった。だけどこうして、自分の悔しさが外部に止めなく流れ出したのは久方ぶりだった。

 地面だけの視界に、明らかに自分の靴ではないそれが映り、慌てて悔しさの痕跡を砂を払って消すと、踵を返す。ところが顔面から誰かに衝突しまい、大して高くもない鼻が折れると思うほどの痛みを味わうことになった。

 二、三歩後ずさり、私は危機的な面子を掌握し言葉を失った。

「酷い顔だな」

 吉川くんが嘲る。

「紛れもないブスだ」

 杜城くんが蔑む。

 右手に吉川くん、左手に杜城くんという、両手に花……いや、両手に肉食動物。しかもサバンナの食物連鎖の中でトップに君臨する猛者、ライオンの抱腹させる性は互いに違わない。私はひ弱なシマウマになった気がして、頭が真っ白になった。

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