第七話 露見
携帯電話のディスプレイに悪魔の名が表示されたのは、ショートホームルームが終了した直後だった。携帯電話の電源を落としていなかった自分を恨みたい。
昨日のとんでもない杜城くんの発言の後、実にあっさり別れ、今まで音沙汰はなかった。もしかして、からかわれただけなのかと思った矢先に、この電話だ。心臓に悪い。
『由、早く出てこい。いつまで俺を待たせる気だ!』
早口にまくし立てられ、驚嘆のあまり、その場で跳び上がる。彼の大音声が教室内に漏れ、教室中の生徒の視線が私に集中した。いたたまれなくなり、素早く帰り支度の済んだ荷物を引っ掴み廊下に飛び出す。
「い、いま、どこに?」
『とりあえず外に出ろ』
廊下の曲がり角では、お決まりのように誰かに衝突するし、階段では躓く。それでもめげずに一心不乱に足を動かす。やがて校門脇に佇む茶金髪の杜城くんが見えた。
何でわざわざ来るかなあ。
重い足を持ち上げようと踏ん張った時、アイスココアの匂いを鼻が捉える。反射的に顔を上げると、久しく顔を合わせていなかった――吉川くんと目が合った。
「何だ、よしこか」
「う、ん」
たったそれだけの言葉をを交わして、私は再び走り出す。彼は相変わらずアイスココアを飲んでいた。そんなことに妙に安心感を覚える。一目見えるだけで、これから先どんな辛いことでも迎えられる気がした。吉川くんのことは忘れずにいようと思う。けれども、私は杜城くんのところに行かなくてはならない。吉川くんを裏切っているなどとは思わない。どちらかというと、私は自身の気持ちを裏切っているのではないか。
湧き上がった罪悪感を直隠し、杜城くんのもとに行く。彼の隣で息を整え、微かに頭を上げると、掠れ気味の低い声で文句を付けられる。
「……遅いんだよ。よしこ、行くぞ」
再び懐いていない犬の散歩状態だ。つまり手を無理やり引かれ、引きずられているのだ。今度はどこに行くのだ。
意外にも道中は見覚えのある風景で安心した。つい先日、杜城くんと訪れたお店が見えると、自然に唾液で口内が潤う。
頭の中で必死に財布の中の小銭を計算した。その作業を幾度も繰り返したが、夕食代を昨日自腹で払ったため、何も買えないのは目に見えていた。今日も持ち合わせが少ないことにうんざりする。
「あの、お金」
「そんなものは要らねえ」
てっきり甘味を食べに行くのだと思っていた私は、素通りした時思わず落胆した。目的地も、まず彼の行いこと自体も掴めない。もんもんとしたまま彼と二人で電車に乗った。
自宅最寄りの駅で降りると、再び犬の散歩。自宅まで引きずられ、やっと解放される。
「じゃあな」
驚くほど呆気なく立ち去っていく。すぐさま玄関に駆け込むとツーロックし、チェーンをかけてその場にへたり込んだ。
「あ、お帰り」
嫌な汗が額に浮かび前髪がへばりついて不快だ。既に帰宅していた弟、瞬治は私の異様な汗と、いつも以上に厳重に施錠されたドアを見て眉を寄せる
「た、だいま」
「なんでそんなに鍵かけてんの?」
「ちょっと……」
瞬治はすぐさま窓から外を窺った。その様子をドキドキしながら見守る。瞬治は杜城くんとどうなっているか知る由もない。勿論、過去のことも隠してきた。
「今、杜城暁朗が見えたんだけど」
莞爾として笑みを見せる瞬治の額に青筋が浮かび、私はうろたえた。