第五話 自覚
駅に到着すると、再び電車を待つためにベンチに座った。隣には杜城くん。彼とは地元が同じ、つまり電車も同じになってしまうのだ。
私の通っている高校には定時制高校も併設されているため、帰宅ラッシュにでもなれば数人の若人の姿も見かける。明らかにタイプが違う杜城くんと私の組み合わせをいぶかしんだ人たちの視線が痛く、非常に気まずかった。
「さっきの電話、前のヤツと同じか?」
おもむろに杜城くんは話し出す。声は穏やかだがトーンが低い。「前のヤツ」の意味が解かりかねて首を傾げた。
「丁度一年前に、知らないヤツが由のケータイで俺に電話かけてきただろ。まだ俺のケー番残してたこと、驚いた」
小学生時代からあれほど嫌っていた杜城くんの携帯電話番号を知っていたのは、中学生の時によくパシリにされていたからだ。さすがに学校では直接命令を聞いていたが、休日はそうはいかない。ちょっとした連絡に携帯電話は使われていた。中学校卒業と同時に杜城くんの電話番号などメモリーから抹消してしまおうとは思っていたが、いざその時が来ると、彼に怒鳴られそうな気がして結局そのままになっていた。卒業したら電話をかけることもなくなるから、怒られやしないのに。
「声は、男だったよな」
ある顔がぱっと思い浮かんだ。四月ごろ確かに吉川くんが杜城くんに間違えて電話してしまったことがあった。そんなことを覚えていた彼の記憶力に驚き、もしかしたら用もないのに電話をかけたことを、今になって腹を立てているのかと不安に思う。
「今のは、弟」
「今の、ってことは、前の違うんだな」
彼の気に触れていないか気にかけていたが、どうやら必要なさそうだった。穏やかな口調は変わらない。
「一年前のは……と、同級生だよ」
一瞬友だちと言いそうになった。現在ではクラスも違い、会話をすることなど一切ない。友だちという私が一方的に思っているようなことを口にするのが憚れたのだ。
「友だちじゃないのか」
首を振る。
「ただの同級生が由のケータイを使ったのかよ。まさか、またイジメとかじゃ……」
杜城くんははっとして右手を口に当て、言葉を押さえ込む。
「また」――彼は自覚している。私を虐げてきたことに。
「違うよ。そんなことする人じゃない」
杜城くんと似ているけれど、どこか違う。吉川くんの根本にあるのは拙くて不器用な優しさだと感じる。それは杜城くんには稀有なもので、中学生時代に感じることはできなかったものだ。怯え逃げ続けた人に、こんなに素早く反論できる日が来るなんて。杜城くんが現在、過去に行ってきたことをはっきりと理解したように、私にも変化が起きたのだ。自身にとって喜ばしいものだとは一概に言えないものだが。
「……じゃあね」
何となく気まずくなって、到着した電車に素早く乗り込んだ。今日はどうかしていた。杜城くんに口答えするなんて、非効率的だ。少々の後悔を胸に押し込んで、つり革につかまろうとした時、体が後ろに強く引かれた。
「待てよ!」
幾つものリングが嵌っている指が私の腕をとらえている。先ほど見たばかりのもので、思わず眉をひそめた。
「由。俺の話、聞いてくれないか」
電車が走り出し、体勢を崩す。次に続く彼の言葉は、私の予想の範疇を大きく超えるものだった。