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吉川さんと吉川くん  作者: Light Up Field
後編 中学生活の奪還
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第四話 寄り道

 気付いたら最寄り駅のベンチに座っていた。習慣とは恐ろしいものだ。心ここにあらずの状況でも帰宅路を体が覚えているらしい。

 何をするわけでもなく、瞬きをしているという点を除けば石像のようで、微動だにしない。指一本持ち上げることすら億劫だ。

 幾人もが過ぎ去っていく様がピントのあっていない視界に入っている。ベンチに座ってから何分、いや何十分経過した頃か、私の前で一人の男子高校生が立ち止まった。

「また寝るつもりか?」

 聞き覚えのある嘲笑で頭が瞬時に覚醒した。どうしてこうも突然現れる人なのだろう、杜城暁朗という人物は。

 緩慢に首を振ると、杜城くんは私の隣に座った。彼のふんぞり返った座り方は恋い慕う、あの彼のものと同じで酷く私を動揺させた。

 そうか。吉川くんが杜城くんに似ている、ではない。杜城くんが吉川くんに似ているのだ。変化した考え方を恐ろしく思う。

「も、もう帰るから」

 杜城くんといたら私が駄目になってしまう。昔もよく杜城くんから逃げたものだが、今と過去では理由が違った。今は――吉川くんと重ねたくないから、杜城くんに出会いたくない。結局私はいつまでもこの人から逃げるのだ。

「ふーん。でも、帰っても暇だろ。ちょっと付き合えよ」

 急に腕を取られ前のめりになるが、体勢を整える前に引きずられていかれる。まるで懐いていない犬の散歩だ。抵抗するが、当たり前のように無視され、従わざるを得なかった。


 彼に連れて行かれたのは、路地裏の洋菓子店だった。もうすっかり日が沈んでいるため外観はよく見えなかったが、内装は小奇麗で華美な装飾は見られない。しかし、テーブル等の家具はよく見ると細かな文様が彫られており、年代を感じさせる色合いと相まって重厚な空間を作り出している。

 目が眩むほどの輝きを放つデザートを眺め、込み上げてくる感嘆の声を喉の奥で止めた。横目で杜城くんの反応を窺う。思えば、苦手とする人物と洋菓子を物色しているなどというシチュエーションはとてもおかしい。彼は一体どんな意図を持って私をここに連れてきたのだろう。悪い方に転ばなければいいけれど。

 それにしも、どの菓子も美味しそうで溜息が出る。定番のショートケーキには真っ赤に熟した苺がたっぷり乗っているし、ガラス越しでも芳醇な匂いが漂ってきそうなレアチーズケーキ。様々なフルーツが盛られたタルト、艶々としたチョコでコーティングされたクリームビュレも気になる。

「何がいい?」

 仇敵に当然のように尋ねられ答えに窮す。競い合っているケーキは選びがたいが、それ以上に杜城くんが私に訊いてきたということが困惑させるのだ。

「どうするんだよ」

 あからさまに不機嫌になっていくのが見て取れ、焦る。不意に目に止まったシュークリームを指で指した。

「これ……」

 持ち合わせを計算し、なんとか払えるだろうと胸を撫で下ろした。無作為に選んだため、金銭面にまで頭が回らなかったのだ。

 財布をもたもたと引っ張り出している間に会計が済まされ、ケーキワンピースとシュークリーム一つを載せたトレーを持った杜城くんに呆れられた。

「ちんたらしてんなよ。早く財布しまえ」

「えっ? あ……シュークリーム代は?」

 杜城くんは私の戸惑いの声はあっさり無視し、店内に設置されているテーブルに着き私を手招きして呼んだ。おずおず席に着くと、財布からいくらかばかの硬貨を取り出した。

「仕舞えつってんだ」

 どすの利いた声で拒否され、すごすご硬貨を財布に戻す。

 吉川くん以外に奢られた経験など皆無に近いので困惑した。

 そういえば吉川くん、掃除の度にアイスココアを買っていたが、金欠にはならなかったのだろうか。悪いことしたなあ。次に会った時に、きちんとお礼を言おう。杜城くんにも……。

「あの、ありがとう」

「おう」

 そっぽを向いて返事をした杜城くんの雰囲気が心なしか緩んでいる。ああそうか。甘いもの好きなのかな。クリームを口に運ぶ手つきは軽やかで、実に美味しそうに食べる。目の前で減っていくショートケーキに目移りし、ついつい凝視してしまう。お腹がきゅうと鳴ってしまい慌てて両手でお腹を押さえた。

「食えよ」

 まだ手を付けていなかったシュークリームを口の前で差し出され、思わずかぶりついた。差し出した張本人は目を丸くしてこちらを見てくる。きちんと手で受取り、その不躾な視線を避けるように俯いてたっぷりのクリームを味わった。

 ショートケーキはなくなり、シュークリームは後一口で食べ終える頃、突然携帯電話が鳴り出した。弟からだ。一言断って通話ボタンを押すと、電話口から溜息が聞こえた。

『今どこ?』

「ケーキ屋、だけど」

『はあ? ケーキ屋? 間食は良いけどもう晩飯の時間だ』

「あ……ごめん」

 そうだ。今日はお父さんもお母さんも帰りが遅くなるって言っていた。そのような日は弟と二人で晩御飯を作らなければならない。

『夕飯の買い物はしたの?』

「まだ。本当にごめん」

 再度溜息が聞こえた。

『もういいから。事故らないようにゆっくり帰ってきな。飯は有り合わせで作っとく』

「うん。分った」

 そこでプツリと電話は切られた。同時に罪悪感がやってくる。高校に入りたてで遊びたい盛りの弟に家事を押し付けたのだ。しかも私はのんきにシュークリームを食べているし。

 残りの一欠けらを口に押し込むと席を立った。

「帰るのか?」

「う、うん……」

 頭を軽く下げると杜城くんも席を立つ。

 外に出た途端、春寒が身を襲う。手をすり合わせながら帰路を急いだ。憎き敵と私という摩訶不思議な組み合わせで。まともな会話はできるはずもなく、無言が続く。

 沈黙が辛くて空を見上げると、満月だけが夜の主役を張っていた。視界の端に映る金に近い茶色の髪が、その光を受け鈍く輝いている。こみ上げてくるものを押さえ込むために、駅に着くまで空を仰ぎ、月を見続けた。

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