第一話 望まなかった邂逅
閑散とした駅の古びたベンチに座る。地元の者が利用する小さな駅だ。一時間置きに電車が立つが、数分遅れで乗り遅れて後一時間待たなくてはならなくなった。
息嘯が口から洩れる。乗り遅れるなど何年ぶりのことか――己の愚かさに加え、このところ寝不足のため身体を重くさせていることが心配の種だった。
寝不足の原因はこのところ続く悪夢だ。杜城くんと最後に会った日のことがそのまま夢となって出てくる。高校三年生になっても、彼の人の容姿や声音を鮮明に思い出すことができるのはそのお蔭と言えようか。いい加減忘れたいと思うのに。杜城くんのことも、辛い日々も。
しかし、海馬にしまわれた記憶は容易に捨てられるものではない。捨てられるものなら、今夢に魘されているはずがない。初めは、なんとかなるだろうと楽観視していたのだが、最近は彼の夢の頻度が高まり、そう単純に考えることができなくなった。何故今頃になって杜城くんが私を苦しめているのだろう。
彼のことを頭の隅に追いやり、自動販売機で買ったアイスココアを口に含む。
杜城くんのことを思い終った後には吉川くんを思い浮かべてしまう。そして、重ねる。比較する。二人が似通っていると感じたことは一度や二度ではない。彼らに確かな相違点はあるが、醸し出す雰囲気は同じだといえる。吉川くんと関わりを持つようになった日々は楽しいことばかりではなかった。
三年に進級してから早河さんとは接触の機会がなく、以前のように会話をすることはなくなった。そう、彼女とは途絶えてしまったのだ。吉川くんともクラスが離れ、さらに接点がなくなり、疎遠になった。それでも自動販売機の前を通る時や、帝華堂のアイスココアを飲んでいる生徒を見つけた時などに思い浮かべてしまうのは、他でもない彼だ。それは身震いしてしまうほど辛く、自身では受け止めきれないくらい大きな波が襲ってくる。
ほどよく切られた前髪が伸びきり、視界を閉ざすようになった今も、秘かに彼を思い続けている。想いに変化はなかった。
空になった紙パックをゴミ箱に捨て、ベンチに戻ると目を閉じて安息の姿勢を取った。冬の厳しさはとっくに和らぎ桜も既に散っている季節となったが、空に赤が差す時間帯になれば肌が暖かさを求める。ベンチの隅で猫のように丸くなり移り変わる時を下がる気温で感じた。
寒さが眠気で薄れてきた頃だ。暗闇だった視界に見覚えのある男子生徒が現れる。鉄の仮面を被ったように眉一つ動かさず彼が問いかけてきた。――また杜城くんだ。
……お前さあ、いつまで俺に怯えてんの?
知らないよ。私だって知りたい。どうやったら彼の残滓を毎晩見なくて済むようになるのだろう。いつまで杜城くんの影を追っているつもりなのか。答えを求めてやまないのは彼か、私か。
夢の中の彼に逆に尋ねたいと思う。あなたはいつまで私と共にいるつもりなのかと。もう解放して欲しい。言葉にしようと口を開けた時、冷気を吸い込んだ。身震いするほどの寒さを感じ始める。瞼をそろそろ開けても、視界が左右に揺れ定まらない。
私の肩を掴んで揺らしている人物はぼんやりとしか見えない。急激に不安に襲われ寝ぼけている脳をフル稼働させる。
「由、起きろ」
間近で囁かれた声は、夢で聞いたものと同じ声音。いや、そんなことあり得るはずがない。
定まった視界は彼を細かに描写していく。紛れもない杜城くんがそこに存在した。
本編とは直接関係がありませんが、俺様吉川がこよなく愛している帝華堂アイスココアが主たる短編小説を公開しました。よければご覧下さい。
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