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吉川さんと吉川くん  作者: Light Up Field
前編 受難の高校生活
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第十六話 アイスココアの風味と香

 早河さんが私に恨みがあるとしたら、それは何だろう。暗くナメクジでも這っていそうな容姿や性格をただ忌み嫌っているのだろうか。それとも――彼女の噂に関係していることなのか。私が見出したある可能性は、どちらかというと後者だ。

「早河さんは……吉川くんのこと、その好きなの?」

 精気が抜けていた早河さんの目が見開かれる。図星か、それとも単に突拍子もない質問に驚嘆しただけなのか、見分けがつかない。心臓が人知れず猛スピードで鼓動する。

 彼女の目元がふと緩んだ。いつもの早河さんらしい表情に近付く。胸騒ぎがした。

「どうだろう」

 はっきりとしない答えを聞き、私は俯いた。一間のうちに早河さんは口を開く。

「由は好きなの?」

「私は、私は……」

 私も明瞭な答えは出せなかった。

「ふーん。そっか」

 何をすることもなく私たちは沈黙したまま時間は進む。やがて、後輩カップルが早河さんの隣に座り、堂々と戯れて始めた。

 はやまった心音が収まった頃、早河さんが席を立った。「じゃあね」と声を掛けられたので、小さく手を振って返した。どことなく彼女と私の間に流れる空気が柔らかく感じられる。吉川くんと同様、穴が開くほど早河さんがアリの大きさになるまで見つめ続けた。

 彼女が私を憎みたがっていた理由は、吉川くんのことだと思った。そして単刀直入に聞いてみた。だが、応えは微妙なものであり、よく掴めなかったというのが本音だ。好意を持っている人に、急激に異性が近付いたら嫌かもしれない。トイレ掃除があるという理由があったとしても。しかも、接近した女子が私のような暗く地味な存在だとしたらなお更に。こう予想を立てて彼女に挑んだのだが、完敗だ。表立って敵対されるわけでもなく、完全に否定するわけでもなかった。

「よしこセンパイって、本当は吉川センパイのことどう思ってるんですか?」

 「よしこ」に過敏に反応して俯きがちだった顔を上げると、紺色頭が足を組んで私を見上げてきた。

「どうって……別に好きでも嫌いでもないけど」

 実際は好意を持っているけれども、早河さんにさえ告げられなかったことを後輩に告白する気にはなれなくて、冷めた気持ちで虚言を吐く。

「そうなんすか。あんなに気使われてるのに、気持ちは動かないもんなんですねえ」

「え?」

「まさか知らない? よしこセンパイが掃除に来る前に、トイレで行われたことの証拠隠滅してたんですよ? んで、オレのカノジョに『学校で風紀を乱すな』って注意したりね。結果彼女泣いちゃったんですけど。まあ、吉川センパイの気遣いも今ではムダ。前から吉川センパイのこと知ってたけど、まさかこんなに口煩く警告してくる人だとはね……いいメーワクっていうか」

 トイレ掃除の時に感じた違和感。何故、あれほど怠惰な人が私よりも先にトイレに来ていたのだ、ということ。紺色頭が話したことが嘘偽りないならば――毎回ココアを買わされたことにも意味があったのだと思えてくる。買い出し中に彼が証拠を処分していたということなのだろうか。

 心から温かいものが噴出す。それと同時に目の奥が刺激され、胸からこみ上げてくるものを、歯を食いしばって押さえ込む。どうしてあの人は私をこんな風にさせてしまうの。

 いつの間にか絡め取られ、自制して足掻いても、深く足を取られてしまう。彼なりの優しさを理解していた気になったが、それ以上の隠されたものがあった。それに気付いてしまうと、もう引き返せない。芽生えていた好意は、愛しいという思いに成長してしまった。

「聞いてます? そろそろイチャつきたいんで、帰ってくださいよ」

 もう十分にじゃれ合っているはずなのに、紺色頭はずうずうしくも言ってのけた。そして、背を押される。意地を張ってこの場に居座っても、目のやり場に困るだけなので、仕方なく歩き出す。自然に足はアイスココアを売っている自動販売機に向かってしまった。苦笑いをして小銭を投入口に入れ、すっかり馴染みとなってしまったアイスココアのボタンを躊躇いなく二回押した。すぐに一本買いすぎてしまったことに気付き慌てる。習慣とは恐ろしいものだ。そのお蔭で、毎日のように吉川くんに飲み物を買ったことを思い出してしまう。

 アイスココアを口に含むと、控えめな甘さが口内に広がり、鼻はビターチョコレートのような匂いを捉える。まるで彼のようだ。彼に相応しい香りを感じながら、一口ずつ味わって飲み下した。

前編終了しました。

ちなみに、紺色頭の会話に出てくる「吉川センパイ」は、「考伸」の方です。分かり辛くて申し訳ないです……。

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