表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉川さんと吉川くん  作者: Light Up Field
前編 受難の高校生活
13/31

第十二話 トイレの「噂」

 あれほど嫌で仕方のなかったトイレ掃除の時間が、苦痛ではなくなった。掃除の時間が近付くと、吉川くんの動向を窺い、それに気付いた彼が私に数枚の硬貨を渡す。いいように使われていることは理解しているけれども、おつかいも含めどうってことなくなった。

 ――吉川くんの顔から傷が消える頃、五月を迎えた。彼との唯一の接点であった外トイレ掃除は、他のクラスメートに回された。

 私は残念だと感じる前にほっとした。これ以上好意を持ったら、楽しいよりも苦しい気がする。深く想う前に杭が打つことができて良かったではないか。

 吉川くんが私にくれたものは大きい。高校生になって一番心に残る思い出を彼は与えてくれた。それだけで十分だ。

「ねえ、外のトイレ掃除だったんだよね?」

 掃除を行わなくなった二日後、新たにトイレ掃除を任された早河さんが話しかけてきた。廊下の片隅に誘導され、私は訝しがりながらも彼女に付いていった。

「うん」

 彼女とは席が遠くあまり接点のない人だ。肩にぎりぎり付くか、付かないかの短めの髪は赤茶色がかっており、染めているのは明らかだった。髪色やメイクに気を遣い、明るく、ずばずばと発言する早河さんは少し近寄り難かった。

「警戒しなくてもいいよ。ちょっと困ってることがあって……それを聞いて欲しいだけだし」

 にかっと笑った早河さんは私の肩に手を置く。あまり親しくない間柄だが、気軽に接してくれたので、いくらか心が和らいだ。

「なに?」

「実は私、掃除サボってるんだ」

 改めて告白するような、大して珍しい行為ではないように思われる。男子トイレを掃除するのは躊躇われるし、校舎から離れているため通うことすら面倒臭い。

「ほら、ウワサあるじゃん。その、聞いたことあるでしょ?」

 早河さんは顔を赤らめ、下を向いた。

 彼女の言う「噂」というものに全く心当たりはない。それ以前に噂話を聞かせてくれるような間らの友がいない。

「……ごめん。知らない」

 早河さんは驚いた面持ちで私を凝視した。

「それホント? あのトイレを一か月掃除したのに? 吉川は教えてくれなかったの?」

 こくりと頷く。「噂」について吉川くんは知っているような口ぶりにますます困惑した。早河さんは肩を落として、「噂」について語りだした。

「あそこは生徒のたまり場所になってて……要は逢引場所。校舎から遠いし、利用者も少ないから、フシダラな奴らは本来の用途を忘れて使ってる」

「つまり、やっ」

 納得して口を開けると、すぐに塞がれる。

「大人しい顔して下品なこと言わないの」

 口に当てられた手をそっと外され、深く空気を吸い込んだ。「噂」は噂でしかない。私は決定的なものを見たことがなかった。

「そ、そんな人いなかったよ?」

「ウソ。一か月の間、何もなかったはずない。あそこは校門閉まるまで人が頻繁に出入りしてる。その場に居合わせなくても、証拠は残ってるはず」

「それらしき物はなかったけど……」

 掃除全般、勿論ゴミ捨てまで行っていたが、「噂」に関係する物はなかった。まずゴミ自体があまりない。

「そっか、変なこと言ってごめん」

 満面の笑みとは言えないが、彼女は笑んだ。心なしかほっとしたようにも見える。赤茶色の髪を揺らし早河さんは教室に戻っていった。

 私も彼女に続き自席に戻ろうとする。後方の席で音楽を聴いていた吉川くんと目が合ったが、気まずさからすぐに私から視線を外す。

 彼は知っていたのだろうか。トイレの「噂」を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ