顔面を殴りつけていた
新しく浮気物の話を投稿します。
同じ浮気物の「夜遅くに帰ってきた妻の下の毛が、そられていた」の方もよろしくお願いします。
「本当にごめんなさい。 私は〈あなた〉に嘘をついて浮気をしていました。 でも、もう二度としないと誓います。 私が愛している人は、〈あなた〉だけなんです」
妻が浮気をしていたことを、こう言って謝ってきたのだが、とてもじゃないが受け入れられる話じゃない。
何が〈愛している人〉だ。
愛しているのに、浮気なんてするはずないだろう。
俺を裏切ったクソ女を、許すとでも思っているのか。
舐めるのも、いい加減にしろ。
昨日のことだけど、妻と男が並んで歩いている場面を見たんだ。
場所は、自宅のマンションからかなり離れた飲み屋街で、近くにラブホテルもあったと思う。
恋人同士か仲の良い新婚さんのように、楽しそうにおしゃべりをしながら、歩いていたな。
今日は残業で遅くなると言っていたけど、真っ赤な嘘だった訳だ。
ラブラブな光景を見せつけられたのだが、思ったよりショックは受けなかった。
それは、事前に浮気の事を知っていたからだと思う。
いきなりこの光景を見せられたら、怒り、悲しみ、敗北感、寂しさ、絶望、など様々な感情が渦巻いて、とてもじゃないけどまともな神経ではいられなかったはずだ。
俺は様々な感情を事前に消化して、ここにいる訳だけど、消化しているつもりだったが、現実に浮気相手の男のにやけた顔を見ていると猛烈に殺意が湧いてくる。
妻を寝取ったってことは、俺をコケにしたってことだよな。
ニヤニヤと笑い妻の胸をいやらしく見ている、軽薄そうな男に我慢が出来そうにない。
俺は子供の時から、人を一度で良いから、思い切り殴ってみたかった。
今が千載一遇のチャンスじゃないか。
浮気をされている現場なんだから、殴って傷害事件を起こしても、たぶん世間は同情してくれるだろう。
警察や司法も動機を憐れんで、罪が軽くなるんじゃないかな。
上手くいけば浮気野郎も、会社とか世間に隠しておきたいと考え、被害届を出さないかもしれない。
そう思ったら俺は走り出して、何事だと振り向いた男の顔面を殴りつけていた。
だけど俺はボクシングジムに通ったこともないし、人を殴るのはこれが最初だったから、正確に顔面を拳でとらえることが出来なかった。
軌道が斜めになってしまい、鼻を掠めて頬骨を殴る形になってしまったんだ。
体重が乗ったパンチとはとても言えない、フニャフニャとしたパンチだ。
手を真直ぐ出せてなかったのだろう、足や腰の使い方もなってなかったと思う。
俺としてはかなり消化不良だけど、浮気野郎は鼻血をボタボタと垂らしながら、怯えた顔のまま地面に倒れてやがる。
妻は俺の顔を見て、「ひぃー」と小さく掠れた悲鳴をあげた後は、驚愕の表情で立ちすくんでいるだけだ。
さっきまで仲良く歩いていた男が、殴られて倒れているんだ、そばにいって心配くらいしてやれよ。
何もしないのは周りの野次馬も一緒らしい。
これから始まる修羅場を固唾飲んで待っているのだろう、俺達を遠巻きに囲んで見ているだけだ。
浮気野郎は倒れたまま「いきなり何をするんだ。訴えてやる」と言ってきた。
もうしゃべれるのか、自分のパンチ力の無さに愕然としてしまうが、反省は後でしよう。
体を鍛えることを考えてみるか。
「ふん、訴えたかったらそうしろよ。 俺はこの女の夫だ。 あんたは〈鈴木さん〉だっけ、子供が生まれたばっかりなんですよね」
「あぁぁ、す、すみません。 どうか…… 。 う、訴えません。 奥さんとは二度と会いません。 お願いです、妻には言わないでください」
こう言って、浮気野郎は鼻血を垂らしたまま俺にヘコヘコと頭を下げた後、慌てて逃げていった。
俺はその背中に「後でまた連絡をします」と大きな声で言ってやる。
聴こえていないのか、聞きたくないのか、浮気野郎は振り返ることもなく駅の方へかなりの速さで走り去ってしまった。
俺のパンチは、本当にフニャパンなんだな、悲しくなってしまうよ。
囲んでいた野次馬も、〈もう終わったの〉と言う感じで直ぐに散ったようだ。
フニャパンで、グロさも派手さも無かったことに、申し訳ない気もしてくるな。
妻の方を振り返れば、今のやり取りを見てショックを受けているらしい。
目からは涙が止めどなく流れ落ちて、自分で肩を抱いてやがる、悲運をじっと耐えている役どころなんだろう。
悲劇のヒロインにでもなったつもりか、俺から言わせれば、単なるビッチがやり捨てられただけじゃないか。
甘い言葉で騙されていたとでも言うのかもしれないが、もう良い大人なんだから、そんなことは承知の上で不倫することを楽しんでいたはずだろう。
「ふん」
俺はそんな妻の涙を見ても、一切一欠けらの同情も湧いたりはしない。
それはそうだろう、浮気相手に振られた妻に同情する夫は、バカしかいないだろう。
浮気されたことをひっくるめて、妻を愛せる人がいるなら、その人はすでに聖人だと思う。
もはや人間を超越した存在だ、俺とは絶対に話が合うはずがない。
聖人が異常に心が広いのか、俺が卑しい心しか持っていないのか、俺は自分の卑しい心が嫌いではない。
自分の気持ちに正直だと思うし、本能にも合致しているから、無理をしていない心だと思う。
自明のことであり普遍的でもある、ようは常識なんだよ。
そう言う事なので、俺はその場に妻を放置したまま、家に帰ることにする。
用事はもう済んだのだから、ここにいてもしょうがない。
帰ろうとすると、妻が俺の方を向き直り、何か言いたそうな顔つきになっている。
えっ、悲劇のヒロインはもう終わりなのか、ちょっと早すぎやしないか、もっと余韻を楽しんでくれよ。
そう心から思ったので、俺は妻を無視してとっとと家へ帰った。
体を鍛えるのはもう少し後にして、今日はコンビニで少し豪華なつまみを買って、一人で酒盛りをしよう。
もちろん、チェーンロックはしっかりと掛けておく、物騒な世の中だからな。
ありがとうございます。
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