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第8話 平和の行き先

最後の村人を見送り紅夜は、さて、と三人に振り返った。

「朝食の準備をしましょう。」

「私も手伝う!」

アリスはぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「ありがとう。じゃあ、また二手に分かれましょうか。」

紅夜の言葉にルイスはまた男女で分かれるものだと思った。が、それは違った。

「アリスさんは蝶々さんと一緒に、畑まで野菜の収穫に行ってくださる?ルイスさんは、私と一緒に料理をしましょう。」

「はあ?」

はーい、と元気の良いアリスの返事とは裏腹に、ルイスはぎょっとしたようだった。

「じゃあ、アリス。一緒に行こう。」

「うん。」

裏庭の畑に供に行こうとする蝶々とアリスを、ルイスは引き留める。

「ちょ、ちょっと待て!何で、僕がこの女と、」

「照れてるのか?」

蝶々がルイスに他意無く尋ねると、ルイスは、違う、と意気込んだ。

「じゃあ良いだろ。俺たちも後からすぐ向かうから。」

「ルイスさん、台所はこっちですよ。」

にこにこと微笑む紅夜に促され、ルイスは為す術なく後を着いていくのだった。

「ルイスさんとアリスさん、お二人にアレルギーはある?」

台所に着き、食料庫を見ながら紅夜は問う。

「…特に、何も無いけど。」

「そう。良かったわ。ベーコンがまだ残ってるから、これを焼いて…。卵料理も作りましょう。焼き方にリクエストは?」

紅夜はかごにベーコンの塊と、卵を数個入れる。

「…。」

「? ルイスさん?」

黙ってしまったルイスを不思議に思い、紅夜は顔を上げた。「何で、お前は僕たちに構うんだよ。」

ルイスは信じられないと言った風に呟いた。

「だって、そうだろ。僕たちとごはんを食べたって良いことは何も無い。」

「あるわ。」

紅夜は確固たる意思を持って、断言する。

「例えば?」

「一緒に食べると、美味しいでしょう。」

「…それだけ?」

あら、と紅夜は大げさに驚いて見せた。

「そうよ。私、食べることが大好きなの。しかも大人数で食べる、美味しいごはん。だから、私に協力してください。」

ぺこりと頭を下げてみせる紅夜に毒気が抜かれたように、ルイスは肩から力を抜いた。

「あーあ。仕方ないから、いいよ。協力してやる。アリスも楽しそうだし。」

「ありがとう。」

裏口の扉が開く音がする。明るいアリスの声が響いた。

「ルイスー!こうやー!お野菜、採ってきたよ!!」

かごいっぱいの野菜を、誇らしげに頭上に掲げてアリスが台所に飛び込んできた。

「アリス、じゃがいも落としてる。」

蝶々は苦笑しながら、彼女が点々と落とした野菜を拾い上げて後を追ってきた。

「ルイスさん、野菜を刻んでみる?」

アリスから野菜を受け取った紅夜は井戸から汲んだ水で、泥を洗い流す。

「刃物って扱ったことない。」

「教えるわ。大丈夫、覚えれば簡単よ。」

意外にも打ち解けつつある二人を見て、蝶々は感心する。

「じゃあこっちは卵を焼こうか。」

蝶々に誘われて、アリスは大きく頷いた。

そうして賑やかに料理をし、念願の朝食を作り上げるのだった。

朝食は野菜のスープ、少し形の崩れた目玉焼き、炒めたベーコンは紅矢が奮発して厚めに切ったもの。そして、作り置きのパンと葉物野菜のサラダがついた。デザートには、ジャムをたっぷりとかけたヨーグルトだ。

いただきます、の合図と供に双子は元気よく食べ出す。あまりの勢いに、喉を詰まらせないか心配になるほどだった。「ルイス、アリス。誰も取らないから、ゆっくり食べな。」

蝶々が苦笑する。何やら自分にも身に覚えがあるようだった。

後から、自然では次にいつ食べられるかわからないからどうしてもがっついてしまうものなんだ、と蝶々が教えてくれた。

紅夜はその様子をにこにこと笑みを浮かべながら、見つめていた。

「…紅夜?」

蝶々が、ルイスの頬についた卵の黄身をハンカチで拭ってやりながら尋ねる。

「どうかした。」

「え?うふふ…。賑やかで、いいなって思っていたところ。」

長い間、教会でひとりぼっちだった過去を思い出して、紅夜は懐かしむ。そして、もう戻れないとも思った。

村人が家族を募り、教会にお祈りや遊びに来てくれていた間も、紅夜の中には確かな羨望があった。

「こうや、食べないの?」

アリスが首を傾げる。

「丁度、お腹がいっぱいなの。」

本当は胸がいっぱいだった。

「二人でちゃんと分けられるなら、ベーコンをあげるわ。」

そう言って、ベーコンが乗った皿をルイスとアリスに差し出す。

「いいの!?」

「やった!」

二人は飛び跳ねるようにして、皿を受け取った。

「アリス、先に好きなだけ食べて良いよ。」

「ううん。ルイスが先に食べて。」

互いが互いを思うからこそ、譲り合いの精神を見せる二人の様子を見て、蝶々が、じゃあ、と言う。

「俺のも食べて良いよ。これで一人一枚ずつだ。」

「…いいのか?」

同じルー・ガルーとして、肉のありがたみはわかってるルイスとアリスが蝶々を見る。

「いいよ。」

蝶々が頷いてみせると、二人は顔を見合わせて「ありがとう」とお礼を言う。感謝をすることが出来る、いい子たちだった。


楽しい朝食を終えて、皆で食器の片付けを終えた頃。裏口の扉がノックされた。

「はーい。今、行きます!」

紅夜が濡れた手を拭きながら、対応する。扉の前に立っていたのは、サチの父親だった。

「さっきぶりですね、シスター。お話しした、服を持ってきました。男の子の分も近所の人に頼んで、貰ってきました。着られるといいんだけど。」

「まあ、ルイスさんの分まで!ありがとうございます!!」

紅夜は手を叩いて喜び、その歓声に何かあったのかとルイスとアリスがひょっこりと顔を出した。

「丁度良かった。ルイスさん、アリスさん。こっちへいらっしゃい。」

「…。」

紅夜の言葉に、ルイスとアリスが無言で近づく。扉の外にいるサチの父親を警戒しているようだった。

「こんにちは。」

サチの父親は二人と目を合わせるために、屈んで見せた。

「…こんにちは。」

「この服、着てくれるかい?」

そっと差し出された子供服をルイスとアリスはおずおずと受け取る。

「いいの…?」

「ああ、もちろんだ。そうだ、今度うちの子と遊んでやってくれないか。君たちと同じくらいの年で、名前はサチという。」

「…。」

二人は同時にこくんと頷いた。

「じゃあ、またね。この教会にいるならまた会う機会もあるだろうから。」

「あの…っ、」

背を向けて帰ろうとするサチの父親を、ルイスが引き留める。

「ん?」

「ありがとう、ございますっ!」

アリスと供に、二人は大きく声を張った。そして、紅夜も頭を下げる。

「本当に、ありがとうござました。」

サチの父親は手を振って応えて、去って行った。

「早速、着てみたらどうだ。」

食器を棚に戻し終えた蝶々が、三人の元へと来る。

「そうですね。せっかくのご厚意ですから。」

「ああ、でも。先にお風呂かな。お前たち、よく見ると泥だらけだぞ。」

蝶々の指摘に、アリスは首を傾げた。ルイスは逃げ腰に、後ずさろうとしている。

「おふろって何?」

「アリス、水浴びのことだよ!」

ルイスの答えにアリスも、ひっと声を引きつらせた。そして逃げようとする二人を予想していた蝶々が捕まえてしまう。

「いーやー!やだやだ!!」

「離せよ!」

きゃんきゃんとわめく二人を見て、紅夜は苦笑した。

「大丈夫よ。ちゃんとお湯にするし。」

その声も、騒ぐ二人の声にかき消されてしまう。

「水浴び、嫌いー!」

「まあ、気持ちはわかるけどな。川や湖の水って心臓がキュッてなるし。」

蝶々はうんうんと共感するが、二人を離す気は無い。

「じゃあ、悪いけど紅夜。俺は二人を説得するから、お風呂の準備をお願い。」

「わかりました。」

昔はかまどで涌かしたお湯をいちいち浴槽に運んでいたが、今はガスが普及し始めて楽に入浴を楽しむことが出来る。その発明に蝶々は随分と驚いたものだった。

紅夜は浴室を軽く掃除して、カランを捻りお湯を浴槽に貯める。その間、何やら蝶々と双子たちは真剣に話をしているようだった。

そして、お湯が溜まった頃。

アリスが一番手を申し出た。

「わ、私、お風呂に入る…。」

「えらいわ、アリスさん。じゃあ、一緒に入りましょうか。私も昨夜はお風呂に入っていないし。」

そう言って、紅夜はアリスと連れだって浴室へと向かうのだった。さすがにこの男女のチーム分けにルイスは異論を唱えなかった。


「ほわあ…。」

温かいお湯が張った浴槽に身を浸かり、アリスは感嘆の声を上げた。

「気持ちいいでしょう?」

「うんー。」

狭い浴槽に肩を並べるようにして、紅夜もお湯に浸かる。

「こうや、この水は何で緑色なの?」

アリスは不思議そうに、手のひらで器を作ってお湯を掬う。

「うん?ああ、薬湯にしてみたの。少しは森っぽい香りがしない?」

「する。何か懐かしい香り。」

よかった、と紅夜は微笑む。

真昼の光りが差し込む中、白い湯気が立ちまるで浴室は繭の中のようだった。ぴちょん、と時折天井から雫が落ちる音が響く。

「アリスさん、体を洗おう。」

そう言って先に浴槽から出る紅夜を、アリスはじっと見つめる。

「? なあに。」

「こうやの肌、白くてきれいだね。」

「そう?ありがとう。」

タオルを石けんで泡立て、アリスの柔い肌に宛がう。大人しく、アリスは紅夜にされるがままだ。

「アリスさんの肌も、健康的でとてもすてきよ。」

彼女の背中を洗いながら、紅夜は言う。

「本当?えへへ…。」

アリスは照れくさそうに笑った。

「あれ?こうやの左腕、傷跡があるね。痛い?」

アリスの視線の先には、桃色の肉がふっくらと盛り上がる線が引かれたような傷痕があった。その痕は紅夜の肌が白く美しいだけに、よく目立った。

「…痛くないわ。昔の傷だもの。」

そう言って、紅夜は傷痕を一回撫でるのだった。

浴槽から汲んだお湯で体を洗い流し、今度は髪の毛を洗う。アリスの髪の毛は鈍い灰色で、しっかりとしたコシがあった。丁寧に手入れすれば優雅で落ち着いた色になるだろうと思う。

「…私、ルイス以外の人に優しくされたの初めて。」

「そうなの?」

アリスの髪の毛を念入りにくしで梳かしながら、紅夜は彼女の話を聞く。

「私たちはずっと、ふたりぼっちだったから。それでも良いって思ってたし、今でも思う。だって、ルイスが大好きなの。」

「うん…。」

「私ね…、ルイスが人に大事にされてとても嬉しいんだ。だから、こうやとちょうちょうにありがとうって思う。」

アリスがそっと紅夜を振り返ってみる。アリスの蒼い瞳に映る自分と目が合った。

「こうや、すきだよ。」

彼女の真っ直ぐすぎる瞳と言葉に、紅夜の胸がいっぱいになる。その想いは涙腺を直撃して、目の前が潤んでしまった。

アリスは紅夜の目の縁に浮かんだ涙を見て、首を傾げる。

「どうして泣くの?」

「なんでかな…。嬉しいから、かな。」

不意に、アリスが紅夜の鼻の先を甘噛みした。そのささやかな刺激に、紅夜は驚く。後にその意味を蝶々に聞くと、狼の親愛の情の現れだと教えてもらった。

「あ、ありがとう。」

「涙止まったね、こうや。」

にっこりと笑うアリスはとても可愛らしかった。


「あがりましたー。」

「ルイス、おふろどうぞー!」

ほかほかと湯気をまといながら、紅夜とアリスが居間にいる蝶々とルイスに声をかける。

「アリス、大丈夫か?」

「うん。気持ちよかったよ。」

心配で駆け寄ってきたルイスに、アリスは笑顔で答えた。

「だから、大丈夫だって言ったろ。」

蝶々がルイスの頭をくしゃりと撫で、さて、と声をかける。「じゃ、今度は俺たちの番だ。行くぞ。」

着替えを持ち、蝶々はルイスを浴室へと促した。

「うー…。」

「ルイス、行ってらっしゃい。」

ファイト、と可愛らしく応援するアリスに背中を押されて、ルイスは覚悟を決めて蝶々と連れだって行った。


「ほら、シャンプー流すから目を瞑って。」

蝶々はルイスの髪の毛を洗う。

「~…!」

耳にお湯が入らないように押さえ、ぎゅっと目を瞑るルイス。その様子を見てふっと笑いながら、蝶々は桶に溜めたお湯を彼の頭上からかける。白い泡が排水溝に流れ出て、ぷるぷるっとルイスは髪の毛から滴り落ちる水分を払った。「なんだ、平気じゃん。」

「水が温かいから…。」

「まあなー。水だったら、毛並みが綺麗になっても寒いもんな。」

ルイスを浴槽に入れて、蝶々自身も体を洗う。

「…蝶々は、さ。」

「ん?」

薬湯で体を温めながら、ルイスは蝶々に問うた。

「人間、怖くなかったのか?」

「人間って…、紅夜のこと?」

蝶々は手を止めて、ルイスを見る。

「ルイスは怖かったのか?」

「質問に質問で返すなよ。」

「もっともだな。」

蝶々は紅夜のことを思い、笑みを浮かべた。

「怖くないよ。いざとなったら、俺の方が力が強いし。」

「サイテー。」

「大事なことだよ。どっちが弱者かを気にするのは。でも聞きたいのは、そういうことじゃないんだろう。」

言葉を一旦止めて、蝶々は体を洗うのを再開する。

「だまされたり、裏切られたりするのが怖いのか。ルイスは。」

「…。」

沈黙は肯定を表していた。

「相手が、紅夜だからなあ。その心配は無いな。」

「何で言い切れるのさ。」

「だって、初対面でお前たちに腹出して寝て見せてるんだぞ。恐らく、紅夜は俺たちがその腹を食い破るかもしれないって可能性を少しも抱いていない。」

ルイスは紅夜の控えめで、白い腹を思い出す。柔そうな肉は歯を立てられれば、簡単に千切れるだろう。

「紅夜はルー・ガルーの俺たちを過ぎるぐらいに、信用してる。」

「信用には応えたいってこと?」

そうだ、と蝶々は頷く。

「半分狼、半分人間の生き辛い俺に良くしてくれた彼女に信用されたい。それには、まず紅夜を信用することだ。信用ていうか…、信頼してる。」

「…ふーん。」

蝶々はお湯で体の泡を流す。

「ルイスはまだ、そこまでの領域に達してないんだろ?」

「…ごめん。」

謝ることはない、と言って、蝶々は浴槽のルイスの反対側に座った。

「ルイスは正しいよ。そんなに簡単に、人を信じてはいけない。」

天井から雫が落ちて、水面に輪が広がる。

「でも、これだけは言える。紅夜を信じられる日が絶対に来る。違えたら、俺の喉笛を噛み切っていいよ。」

「言うじゃん…。その言葉、忘れんなよな。」

ルイスは呆れたように、溜息を吐いた。

「アリスが信じきっちゃってんだよなあ。それなら、僕だって信じてやんねえと。」

「信じ方のペースメーカーは誰でも良いと思う。」

蝶々は紅夜自身で、ルイスはアリス。きっとそれでいい。

「危なっかしくて怖いんだよなあ…、紅夜。いつか、悪い輩に捕まるんじゃないかって。」

苦虫を噛み潰したかのように渋面を作る蝶々に「その気持ちはわかる」とルイスは共感するのだった。


「ルイス、見てー!」

お風呂で体を綺麗に清めたところで、提供された古着のワンピースをアリスは着こなしてみせる。

青地に、白い花のアップリケが施された可愛らしいワンピースだった。このワンピースを着ていた頃のサチが懐かしい。

「かわいいじゃん。」

アリスの可憐な姿を見てすかさず褒めることのできるルイスは、将来かなり有望だろう。

「ルイスもかっこいいよ。」

にこにこと嬉しそうに、アリスは言う。ルイスはチェック柄のシャツに、裾に折り返しのあるボトムスを着ていた。

「こんなにちゃんとした服、初めてだからなんか照れくさいけどな。」

かく言うルイスも自分にぴったりのサイズの服を着て、嬉しそうだった。

「二人とも、とても似合ってるわ。着丈は…、これなら直さなくても済みそう。」

ふむふむと紅夜は服の襟ぐりや裾を見て、頷いた。

「蝶々さんも、見てあげてください。ルイスさんと、アリスさん。すてきですよね。」

「…うん。それぞれ、よく似合ってる。」

左右を確かめるように二人を眺めて、蝶々は太鼓判を押すのだった。

「シスター!蝶ちゃーん!」

「!」

幼く高い声に窓の外を見ると、村の子どもたちが教会に遊びに来ていた。

「はーい。こんにちは、皆さん。」

紅夜が教会の扉を開ける。

「こんにちは。ねえ、一緒に遊ぼうよ!…あれ、その子たち誰?」

年長の男の子がめざとく、紅夜と蝶々の後ろに隠れるルイスたちを見つけて問う。

「誰、と尋ねる前に、自らが名乗らないと。」

男の子の隣にいたしっかり者の子が注意した。それもそうか、と素直に頷いた子どもたちは、ルイスとアリスを囲んで口々に自分たちの名前を告げる。

「? ?」

「な、なんだよ。」

「こらこら。二人が驚いているだろう。」

いきなりの出来事に目を白黒とさせたの二人を庇うように、蝶々はアドバイスをする。

「一人ずつだ。じゃあ…、サチからどうぞ。」

蝶々の司会により、自己紹介が始まった。

「サチ、です。あの、そのワンピース…。」

「ああ、そうだ。アリス、君が着ているワンピースはサチから譲り受けたんだよ。」

ありがとね、と蝶々に頭を撫でられてサチは嬉しそうに言葉を続ける。

「ワンピース、着てくれてうれしい。お気に入りだったから、捨てたくなかったの。」

「…サチ…?」

アリスは人見知りを直そうと、頑張っていた。

「アリス…です。服、ありがとう。…大事に、着ます。」

「うん!」

大きく頷いたサチは一歩前に出た。

「ねえ、遊ぼう?」

握手を求めるように、両手を広げられてアリスは紅夜を仰ぎ見る。その視線に気が付いた紅夜は背中を押すように、にっこりと微笑んだ。

「行ってらっしゃい、アリスさん。きっと楽しいから。」

「…うん!」

その笑みにすっかり安心したアリスは、サチと手を繋いで教会の庭に駆けていくのだった。

「じゃあ、男は男同士だな!」

そう言って、男の子たちはルイスと肩を組んだ。

「へえ、ルイスっていうんだ。なあ、球蹴りしようぜ。」

「球蹴りってしたことない。」

ルイスは気まずそうに、目をそらす。

「教えてやるよ!ルールは簡単だからさ。」

「あ、ありがとう。」

気まずかったのは最初だけで、すぐに彼らは打ち解けて球を追いかけ始めた。

「子どもってすごいな。」

その様子を見守っていた蝶々が、感心したように呟く。

「本当ですね。見習うものがあります。」

紅夜も同意して、頷いた。

その日、教会の庭や広場では賑やかな子どもたちの声が響いていた。

空が朱色に染まり、鳥たちが仲間を集い森の寝床に帰って行く時間帯。鳥に習い、子どもたちもそれぞれの家へと戻っていった。

「ルイス。この球、お前に預けるよ。」

一人の男の子が、ルイスに球蹴りで使った球を差し出した。「え、でも。」

「いいの!だから、また明日も遊ぼう!!」

困惑するルイスに半ば強引に球を持たせて、男の子は照れくさそうに笑う。

「じゃーな!」

手を振って帰って行く男の子を見送って、ルイスは手にした球を見つめた。

「良かったな。」

蝶々がルイスの頭をくしゃりと撫でる。

「…うん!」

初めてできた友人に、ルイスの笑顔は弾むようだった。

「ねえ、こうや。」

「何ですか、アリスさん。」

紅夜はアリスと目線を合わせるために、背を屈んで見せた。「これあげる。」

アリスはサチたちと作った花冠を紅夜の頭に乗せた。

「あら。いいの?」

それはシロツメクサやたんぽぽなどで作れられた、色彩豊かな力作だった。

「うん。こうやのために作ったんだよ!」

「ありがとう、嬉しいわ。さあ、夕食にしましょう。準備、三人とも手伝ってね?」

はーい、と蝶々たちの声が重なり、紅夜は仲良くなった三人を微笑ましく思うのだった。


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