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4.決意

「へぇ、私の事を覚えていてくれたんだね!」

クロエは少し複雑そうな表情だった。


「そりゃ…この世界でお前の事を忘れた事は無かったさ。」

 アギトはクロエの華奢で可憐な姿を愛おしそうに眺める。


「?」

クロエは首をかしげた。


 クロエはアギトの推しのキャラであり、どう頑張ってもエンディングの時点でいなくなってしまうヒロイン。


 主人公のライバルポジションであるが、バッドエンドしか用意されていなかった不幸な女子。


 14日後の魔物襲撃の際に滅ぼされる村ルイズの出身。


<ゴホン>

 シルヴァンは何か変な空気を感じたのか咳払いをした。

クロエに遠回しに警告する。


「単刀直入に聞きます。

どうしてあなたは歴史に残る大犯罪を犯したの?」

 クロエはパッチリとした大きな瞳をアギトに向けて聞いた。


(歴史に残る大犯罪……か…)

 その言葉を聞いてアギトはガックリと落ち込んだ。


(大犯罪か…)

「それもそうだよな…」

 ゲームの世界で普通にやって来た事…

その行動が擁護出来ない窃盗だと言うことに…


「………」

 アギトはその質問に答える事が出来なかった。どう答えて良いのか分からなかった。


 人の物を盗ったら泥棒、人の家に勝手に入る事は犯罪。

こんな事、常識的に分かっていたからだ。


 だからこそどう言えば良いのか分からなかった。

 犯罪だと分かっていたけれど、ゲームの世界だから犯罪では無いと思い込んでいた。


そんなことなど言えるはずも無かった。


「たくさんのお金が必要だったの?」

 クロエは質問に答えないアギトが、イエス・ノーで答えられる様に質問を変えた。


 アギトはコクりと頷いた。効率的に進める為に金は必要だ。


「私が沢山のお金をあなたにあげたら、あなたは満足するの?

何故やったか教えてくれるの?」


 アギトは首を振る。お金があってもどうしようも無いからだ。


「アギト…あなたの目的は何だったの?」


 アギトは再び答えるべきなのか迷う。今の自分が言っても信じて貰えるか分からないからだ。


 好きなキャラに幻滅されてしまう事が怖かった。一番護りたい人に嫌われる事が怖かった。


でも伝えなければならない。

レベル上げを怠れば、14日後に多くの人間が死ぬ事を…


『最悪の未来を回避する為に』


「クロエ…俺がこれから言う事は信じられないかもしれない。


 けれど信じて欲しい。」

 アギトは怖かった。クロエに拒絶される事が。だから保険を貼る。少しでも信じてくれる様に…


「クロエ…」

 シルヴァンはクロエの肩を触りに彼女に向かって首を振る。

それはクロエに対して「犯罪者に共感するな」の合図だ。


「シルヴァンも…これから俺が言うことは嘘に聞こえるかもしれない。


 けれど少しでも良いから耳を傾けてくれ!信じてくれ!お願いだ!クロエ、シルヴァン!」


 アギトは分かっていた。勇者候補の中でこの2人だけが、今の自身に耳を傾けてくれそうな二人なのだ。


 せっかくのチャンスを無駄にするわけにはいかない。


「信じろ…だと?それをこの子の前で言うのか?」

 シルヴァンは怒りに満ちた表情に変わり、アギトを睨み付けた。


「クロエは昨日暗くなってからも、時計台でずっとキミを待ち続けていたんだぞ?


 君を信じて待ち続けた彼女の心を、どれだけ傷つけたかを知っているのか?」


 シルヴァンの口から放たれる言葉。それはアギトの心に深く突き刺さる。


 アギトはその言葉を聞いて、大粒の涙を流し始める。

酷い後悔が、心を押し潰す。


「クロエ…ごめん…本当にごめん。君を傷つけるつもりなんてなかったんだ。


 俺は…君たちを助けたかっただけなんだ…護りたかっただけなんだ…


誰にも死んで欲しく無いんだよ…」


 本心をさらけ出しても信じて貰えない恐怖…それでも本心をさらけ出すしか、もうアギトには残っていなかった。


「あぁぁぁぁぁぁぁん。」

 アギトは泣き出してしまった。クロエの前では見せたくは無い姿だった。


「お前…泣けば済むと…」

 シルヴァンが口を開く。が、クロエが少し背伸びしてシルヴァンの肩に手を置いた。


そして首をフルフルと横に振った。


「シルヴァン…私には彼がどうしても悪い人間には見えないの…


 きっと何かがあってあんな行動を…」


「クロエ…キミはまだ若い。だからこそ一つだけ言える事がある。


 犯罪者の言葉に耳を傾けてはダメだ!」


 アギトは泣きながらもシルヴァンの言っている事が正しいと分かっている。


 何故なら彼は犯罪者を信じたせいで、親友を失っているのだ。

彼が正しいことをしっかりと理解できる。


だからシルヴァンがいる限りは信じて貰えない事は理解している。


 そうしてしばらく泣いてから、アギトは泣き止んだ。


 アギトが泣き止むまで2人は待ってくれていた。


そんな優しい2人だからこそ、力になりたいと思う。


 両手の平で頬っぺたをパチンと叩いて気合いを入れた。

 自身が牢獄にいても14日後の襲撃イベントに備えさせる為に…王都を救うために…


(信じて貰えなくても…)


「クロエ…シルヴァン。悪いが今回の事は俺のミスだ。本当にみんなに会わせる顔が無い。


 俺の言うことを信じてくれなくて構わない。


けれど必ずやって欲しい事があるんだ。

俺には全く関係ない、お願いがあるんだ。」


「お願い?」

 クロエは首を傾げて不思議そうにアギトを見つめる。


 アギトはクロエに見つめられて嬉しい気持ちがある反面、照れを隠すかのように真剣な表情をした。


「14日後…つまり新月の夜だ。

この日に大量の魔物達が王都グランディアを襲撃する。


 だから勇者候補達を鍛えてレベル20以上にしてやってくれ。


 王都になるべく全ての勇者候補達がいる状態にしておいてくれ!」


 シルヴァンはアギトを睨みつける。

「貴様…この期に及んでデマを流そうなどとは…」


「お願いだ!」

 アギトは土下座をする。王都を救えるなら何でもする。


 大好きなこの世界を守る為に…そのために出来ることは何でもやる。


 プライドさえ捨てる。


 アギトは覚悟を決めた。

「俺は14日後に王都を守れないかもしれない。


 だからこそお前達しか頼る事が出来ない。恥を承知で頼む。」


 アギトのあまりの必死な様子にクロエとシルヴァンは困惑する。


 シルヴァンは口を開く。

「その情報をどこで手に入れた?」

 シルヴァンはアギトが何かを隠していることは察していた。他に何かを隠していることも…


 だがあと一歩、納得する情報がなくてモヤモヤしている。


「遠くない未来でいつか…必ず話す。」

 アギトはこの状況で信じられない情報を伝えても、信じて貰えない事を分かっていた。


 だからこそ濁すことにした。


「貴様…」

 シルヴァンは不服そうだった。けれどもクロエは違った。シルヴァンを諭すように彼の肩に手を置いた。


「シルヴァン、もう帰りましょうか。他の人たちを14日以内にレベル20にするには時間がかかりそうですし…


ここで無駄に時間を過ごすべきではない。」


「クロエ…こんな戯れ言を信じては…」


「良いではないですか。


 彼の言葉が嘘だったとしても、短期間でレベル20にすることは損ではありません。


 そうと決まれば早速魔物を狩りに出掛けなければ…」

 クロエはにこやかにシルヴァンに笑いかける。


 アギトはその様子を見て、この1日で距離を縮めている2人に少し嫉妬していた。


けれど…彼女がそれで幸せなら…と思う。


 そう言ってクロエはシルヴァンと共にアギトのいる牢屋に背を向ける。


 2人が監獄を出ていこうとする中、クロエはふと足を止めた。


「アギト・ノアール。14日後でしたか?」

 クロエはアギトの牢屋を振り返る。そして戻って行く。


「あぁ。」

 アギトは急にクロエに見つめられて少しビックリした。


「待ってますね?あなたの事を…」

 クロエはシルヴァンに聞こえない声で囁き、優しくアギトに微笑む。そうして監獄を去っていった。


(ったく…お見通しか…。)

 アギトは本心を打ち明ける中でふと口走った事があった。

『14日後に王都を守れないかもしれない。』


 この真意をクロエは気づいたようだった。


 アギトが14日後に脱獄をして、魔物の王都襲撃の防衛戦に参加するつもりである事を…


「やっぱりあの子は…

この世界で一番敵にはしたくないな…」

 アギトの心に火が灯った。


 そしてアギトは覚悟を決める。

『例え大犯罪者と呼ばれたとしても、この世界を守り抜く』


王都を…

いや…彼が一番助けたいのはクロエかもしれない。


彼女にハッピーエンドを迎えて貰う為に…


 心に誓った。諦めるのは死んでからに決めた。

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