第29話 緊急依頼
鑑定所を出て『天駆ける翼馬亭』に向かう途中から、感じてはいた。そこかしこに冒険者たちの姿が見られるのはいつもと同じだが、彼らが緊張した面持ちでいるのだ。
「ファレル様、何かあったんでしょうか?」
「……大迷宮で何かあったか。時折あるんだ、仕事がしづらくなるようなことが」
ギルドに入ると、掲示板に人だかりが出来ている。貼り出されている内容はこうだった。
『迷宮2層にて未確認の階層主が出現 上級冒険者2パーティを始めとする多数のパーティが全滅』
『討伐者には金貨二百枚に加え、天鷲勲章とそれに付随する褒賞を授与する』
未確認の階層主――大迷宮の各階層に数体ずつ生息する、強力な魔物たち。
階層主たちはそれぞれに縄張りを持ち、まるで版図を争うように、遭遇すれば苛烈な戦いを始める。
好戦的な者が全てではないが、冒険者と遭遇すれば襲いかかってくると見ていい。
「上級が2パーティ、それどころか多数って……」
「うちのギルドじゃ無理だろ……上級の人たちもいるけど、迷宮に入って戻ってきてないって話だし」
「2層で道を塞がれて、戻って来られないとかだったら……ど、どうするの……?」
セティは他の冒険者の話を聞きながら、心配そうにこちらを見ている。話の内容からしてそれは無理もないことだ。
「ファレル様……」
1層での依頼をこなして、誰かが2層で暴れている階層主を倒してくれるのを待つ――『中級冒険者』であるなら、本来そうすべき事態だが。
受付にいるイレーヌのもとに向かう。彼女は青白い顔をしながらも、俺たちを見ると笑いかけてくれる。
「こんにちは、お二人とも」
「大変なことになってるみたいだな。他のギルドの動きは?」
「『金色の薫風亭』が、滞在中の特級パーティに階層主の討伐を打診しました。彼らは『遭遇した場合のみ対応する』と……」
「……遭遇しなかったら相手をしない。そういうことか」
それでは階層主が討伐されず、暴れ続ける可能性もある――俺が今まで見てきた限りでも、ジュノスたちが自分たちの目的以外のために動くというのはあまり想像できない。
「階層主に倒された冒険者は、全員が教会で蘇生できたのか?」
「……いえ。帰還しているのは一部です。何らかの形で囚われている可能性があります」
「そうか。セティ、少し手強い相手になるが……」
「はい、ご一緒させてください」
みなまで言い終える前にセティが答えてくれる。普通なら階層主討伐をやろうとしたら、複数パーティの連携が必要なくらいなのだが――俺とセティなら、決して無茶な話ではない。
「ファレル様、こちらの依頼を受けられるのですか?」
「ああ。うちのギルドじゃ、他に誰が依頼を受けてる?」
「グレッグ様たちのパーティが、いち早く出立されました。彼らの知人も、未帰還者の中に含まれているとのことで……」
昨日の様子じゃ二日酔いで厳しいだろうに――クリムも二人と合流するなり、無茶と分かっていて大迷宮に向かったということだ。
「俺たちも早速出ることにする。階層主について、詳しい情報はあるか?」
「はい、斬撃などが通じにくい、弾性に富んだ皮を持つ魔物とのことです。麻痺毒を持っているとの報告もあります」
「ありがとう。発見された場所は?」
「2層に入って北東に進んだところにある洞窟の周辺です。この中に生息しているようですが、大きな被害を出したときは外に出てきていたそうです」
ここまで分かれば、あとは現地に急ぐだけだ。グレッグたちのパーティには恐らく荷が重い――俺たちを待っていて欲しかったが、それを言うよりも動くことだ。
◆◇◆
エルバトス西門に向かう――先に鳥竜を借りているパーティは、こともあろうに『黎明の宝剣』の連中だった。
「おお? またあいつか……丁度いい、ここでカタをつけてやろうじゃねえの」
「ガディ、そんなことをしている時間はない。弱者に構うな」
好き勝手言ってくれる――だが、ジュノスにとって俺の年季が入った装備は何の価値もないようにしか見えないのだろう。
「あんた達は依頼を受けたのか? 今、大迷宮で階層主が出てるって話だが」
イレーヌに聞いたことは伏せておく。彼女は俺を信頼して情報を共有してくれているが、本来なら他のギルドの内情は知らせてはならない決まりだ。
「それがお前に何の関係がある?」
「討伐の打診はあったけど、私達ってそのためにここにいるわけじゃないのよね」
「迷宮内でどう動くかは我々の自由だ。そちらこそ、そんな子供を連れて迷宮に行くなど、どうかしているな」
ジュノス、ロザリナ、そしてもう一人の大鎚を背負った女が言う。
フードを被り、顔を隠しているセティのことも見分けられない――『そんな子供』を大迷宮の底に置いてきたのは、当の彼ら自身だというのに。
「今は迷宮になんて入らない方がいいよ? まあ、君くらいじゃ1層で遊んでるのが関の山だろうけど」
「……っ」
セティが反論しようとしてくれるが、声を出して気づかれてはならない――それを、彼も分かってくれていた。
「悪いが、遊びに行くつもりはない。俺たちには俺たちの成すべきことがある」
「……くだらん。行くぞ、お前たち」
「俺はお前と決着をつけることが、成すべきことだと思ってるぜ……っ!」
『黎明の宝剣』が鳥竜を走らせていく――女性の神官だけは何も言わなかったが、終始俺たちを無価値なものを見る目で見ていた。
「……あの人たちは、何も変わらない。僕を……僕を、置いていったことも……っ」
「よく耐えたな……でも、俺の方がいつか耐えられなくなりそうだ」
「ファレル様……」
ここでジュノスと戦うことに意味はない。そう分かっていても、憤りのあまりに握った拳から、血が流れていた。
セティは俺の握った拳を解く。そして、伝った血に口をつける――その動きは自然で、されるがままに任せてしまう。
「セ、セティ。そこまでしなくても……」
「僕は、ファレル様が怒ってくれたことが嬉しい……でも、それでこんな傷をつけさせてしまったことが、同じくらいに許せない」
これも竜人の持つ能力なのか――セティが口をつけた部分の傷が、消えている。
「彼らと決着をつけるとしたら、それは僕の……」
「……一人でやろうとしなくていい。もう、これは俺たちの問題なんだ」
セティは俺を黙って見ていたが、やがて頷きを返す。
大迷宮の中で『黎明の宝剣』と遭遇することがあるのか、それは分からない。今するべきことは、2層の階層主を討伐すること――可能であれば、途中でグレッグたちと合流すること。今のところは、それだけを考えればいい。




