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第17話 初めての依頼

 『天駆ける翼馬亭』に着くまでに、セティがあまりに注目を集めてしまうので、フード付きの外套(クローク)を買った。


「これなら落ち着いて歩けるだろ」

「ありがとうございます、ファレル様。僕はやっぱり竜人なので、人に見られたりするんでしょうか……」

「セティには華があるからじゃないか」

「っ……そ、そんなことは……ファレル様は、そう思っていらっしゃるんですか?」

「ま、まあ……適当なことを言ってるわけじゃないが。そんなに圧をかけないでくれ」


 基本的には遠慮がちなセティだが、気になって仕方ないという感じでこっちを見てくる――見目麗しい冒険者は当然目を惹くものだが、セティにはそういった自覚はないようだ。


「……僕はファレル様だけが気づいてくださっていたら、他の人たちにとっては空気みたいなものでいいです」

「外套があるとそこまでは見られなくなるな。その方が落ち着くなら、外出する時は着るといい」

「は、はい。でも、外に出る時は……お使いは勿論できますが、できれば……」

「そうだな、慣れるまでは一緒に行動するか」


 セティの頭にぽんと手を置く。ちょっと子供扱いすぎるだろうか――と思ったが、セティは頭に手を当てたままで固まっている。


「仲がいいわね、あの二人」

「お兄さんと、弟……? 歳の離れた兄弟で冒険者って珍しいわね」


 街の女性の噂話が耳に届くと、セティはハッとしたように頭に手をやる。


「……ファレル様は、ああいうふうに言われるのは、大丈夫ですか?」

「兄弟っていうには似てないから、セティがどう思うかが気になるな」

「ぼ、僕は……嬉しい気もしますし……いえ、嬉しいです。これは本当です」


 それから取り留めもなく話しつつ、ギルドに向かう途中。セティは常に少し後ろからついてくる。


 歩調を緩めて隣に並ぶと、セティは慌てて後ろに付こうとするが――俺が手招きをすると、観念したように横に並んできた。


「馬車が通る側は危ないからな、内側にいるといい」

「……ファレル様は、お優しいです」

「気をつけるに越したことはないからな……ん? どうした」

「い、いえっ……その、ファレル様の手は大きいなと思って」


 手をじっと見られていることは分かっていたが、セティはそれ以上何も言わないまま、時折様子を見ると俺を見返して微笑んだ。


   ◆◇◆


 セティを連れて『天駆ける翼馬亭』に入り、イレーヌに頼んで別室に案内してもらった。


 外套を脱いだセティの姿を見て、イレーヌは言葉を失う。


「ファレルさん、この方が……」

「ああ。エドガーの病院で治療を受けて、ここまで良くなった……それで色々考えたんだが、彼と一緒にパーティを組もうと思う」

「僕はセティと言います。精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いします」


 イレーヌはじっとセティを見ている。そして手巾(ハンカチ)で目元を押さえたあと、にっこりと笑った。


「本当に良かった……こんなに元気になられたのですね。まるで奇跡のよう……」

「回復力があるっていうのもあるが、色んなことが重なった。俺もセティをこうして連れてこられたことを、得難いことだと感じてる。ありがとう」

「そ、そんな……私は何もしておりません。『黎明の宝剣』の方々の行動に疑問があったと言っても、私自身の力では何もできなかったのですから」


 セティには、あの日の経緯をまだ全て話してはいなかった。セティが深層に取り残されている可能性に気づいたのがイレーヌであること、それを俺に相談したことを話すと、セティの頬に涙が伝う。


「あなたがしてくれたことに、どれだけ感謝してもし尽くせない……僕はあの日、あの場所で死ぬはずでした。それがファレル様と出会って、こうして一緒に冒険に出ようと言ってもらえて……本当に、信じられないくらいのことばかりで……」


 イレーヌは席を立ち、セティの肩に手を置く。その労りに満ちた姿に、改めて感謝の念が湧く。


「……セティが生きていることを『黎明の宝剣』が知れば、おそらくまたろくでもないことを考える。それは絶対にさせない」

「はい、こちらでも極秘とします。ギルドにセティさんのお名前で登録することは問題ありませんか?」

「僕の名前を彼らは知りません。ずっと、番号で呼ばれていたので」

「……そういったことが本当にあるのですね。まだ、この王国は……」


 王国の悪しき制度――そういったことを口にできないのは仕方がない。ギルドは王国に公認された組織であるため、体制に対して大っぴらに反発を表明することは避けるべきだ。


 それでも、思うところはある。とっくに聖騎士団を抜けた人間が口を挟むことではない、そう分かってはいるが、なぜ『黎明の宝剣』が戦闘奴隷を使役できる立場にあったのか、その経緯には疑問がある。


「……セティさんは初級冒険者から始めていただくことになりますが、ファレルさんと一緒に中級昇格条件となる依頼を達成した場合は、その時点で中級の認可を受けられます」

「えっ……ぼ、僕が、ファレル様と同じに……?」

「ああ、もちろんそうなるな。セティならもっと上にも上がれる」

「ファレルさんも、これを機会に昇格試験を受けられてはどうですか?」


 ここぞとばかりにイレーヌが勧めてくる――イレーヌの前任者の頃から言われているので、今さらと言えば今さらなのだが。


「それも考える。セティにとって一番いい形を選びたい」

「僕はファレル様とご一緒できるなら、どの級でも大丈夫です。頑張りますっ!」

「ファレルさんは自分は枯れているなんておっしゃるんですけど、全然そんなことないと思います。セティさんとご一緒することで、お気持ちが変わられることもあるんじゃないですか?」

「っ……なんだ、今日は厳しいところを攻めてくるな。分かった、降参だ。その話はまた今度にさせてくれ」

「ふふっ……分かりました。では、どうされますか? 今日早速ご依頼を受けられますか、装備も整えられていますし」

「ああ、そのつもりだ。1層の仕事を紹介してもらいたい」


 イレーヌは依頼帳を持ってくると、パラパラとめくっていく――そして。


「では、一層東側の森で薬草を採ってくるお仕事はいかがでしょうか」

「よし、じゃあそれで行くか」


 大迷宮での依頼は魔物と遭遇する前提なので、戦闘が起こらない依頼はまずない。


「そちらの方面での依頼が幾つかございますので、それらも同時に達成していただくということも可能です」

「依頼札を渡しておいてくれれば、それを見てまとめてこなすことも検討するよ」

「かしこまりました」


 依頼札とは覚書の役割も果たす、冒険者が成すべきことを記した札である。


 依頼主と対面して正式な契約を結ぶこともあれば、依頼札を貰って記載された条件を達成すれば報酬が支払われるという形もある。要はどのパーティに頼むか指定されない仕事ということだ。


「それでは、ご武運をお祈りしています。冒険者に祝福があらんことを」


 セティはイレーヌから初級冒険者の徽章を受け取る――銅製のものだが、すぐに俺のものと同じ鋼鉄の徽章に変わるだろう。


 面談を終えて部屋の外に出る。グレッグたちは今日は姿が見えないが、大迷宮に入っているのだろうか。


「いい匂いがします……それに、これって、お酒……? の匂いでしょうか」

「昼から飲んでるやつもいるからな。この酒場で食料も売ってるが、俺たちは持ち込みだから問題ない」


 朝作ってきたものが収納具(ザック)に入っている。迷宮内での食事は簡易なものになりがちだが、携帯食料や固いパンをかじるだけでは味気ない。


「……す、すみません、ご飯が楽しみだなと思ってしまって」


 すでにお腹が空いてきたのか――食べ盛りの仲間を持つと、食事の準備もやり甲斐があって良い。


 俺たちは西門前で鳥竜を借り、ヴェルデ大迷宮まで移動する。


 竜人であるセティはどうやら竜種に好かれるらしい。俺が一人で乗るよりも、セティと二人で乗る方が鳥竜の足が速かった――グラに会わせたらどうなるのかと少し気になったので、依頼を遂行する前に『祈りの崖』に足を向けてみることにした。

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