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『第15話 鏡の極意/2・兄弟子達』

「わ、これ良い」

 棚に飾られたいくつもの髪留め。その1つに思わずクインは声を漏らした。

 道の途中で見つけた装身具店。少し早いのでちょっとのぞいていこうと中に入ったクインは、並んだ髪留めの1つに目を奪われた。服持ちの彼女だが、普段は制服なのでお洒落と言えば髪留めぐらいだ。そのせいか、装身具の店を見つけるとついのぞいてしまう。

 彼女が目をつけたのは珊瑚を加工したもので、表面の淡い赤の艶加減が実に彼女好みだった。

「やっぱりザーカリ産だ」

 ザーカリはスターカイン国最南端の街。小さな街だが良質の珊瑚が生息しており、それを加工した装身具は評判も良く値段も高い。

(出せない金額じゃないけれど、これを買うと……次の給料日まで……。それまで予定外の出費があったら……ぐぬぬぬぬぬ)

 真剣な顔で指折り数える。

 この手の客は慣れているのか、店員達は苦悩する彼女を静かな目で見つめていた。

「またご縁がありましたら」

 店員の声に見送られてクインが店から出る。結局髪留めは諦めた。

「それにつけても、金の欲しさよ」

 呟きながら歩き出す彼女がふと立ち止まり

「そうだ。手土産を買っておかないと。危ない危ない。髪留め買わなくて正解」

 髪を揺らして小走りする。すでに多くの店が開いている時間だ。道場に着く前、彼女はパーリック菓子店に入った。ここで夏限定で売られるプラムのゼリーはジュウザンの好物なのだ。

 木の扉を開け、ドアベルを響かせてクインが店に入ると、見知った男の背中が目に入った。

「ジーヴェ?」

「フェイリバース」

 1度見たらまず忘れそうにないほどカマキリのような見事な逆三角形、なまじ目鼻口が整っているだけにうっかりすると見ただけで吹き出しそうな顔が振り返る。もちろん彼女は見慣れているので笑うことはない。

「残念、先を越されたか」

 彼はケイング・ジーヴェ。27才。彼女と同じくウブの衛士である。ただ、西の衛士なので東の彼女と顔を合わせることは滅多にない。彼女と同じくジュウザン剣術道場で学んだ剣士、彼女にとっては兄弟子に当たる。腕の方はクイン曰く「癪だけど、3回勝負したら2回取られるわ」と認めるほどだ。

「やっぱり先生のところ?」

「ああ。お前も呼ばれたのか」

 そこへ店員が綺麗に包装したゼリーを持ってきた。それが大箱であるのを見たクインは代金を払おうとする彼に

「ねえ。半分出すから2人の手土産ってことにしない?」

「図々しいな」

「かぶるより良いじゃない。この季節、たくさん持っていって食べる前に痛んだら大変でしょ」

 言いながら財布を出す彼女にジーヴェも「わかったわかった」と出しかけた硬貨を半分財布に戻した。

「そうこなくっちゃ。あんたのいい男レベルが上がった!」

「この程度で上がるほど俺のレベルは低いのか」

 そんな2人を店員が静かにふくみ笑っていた。


 ジュウザン剣術道場はウブの南西、住宅街の外れにある。一時は50人以上の生徒がいるなど賑わっていたが3年前にジュウザンが引退してからは生徒がめっきり減り、今は20人といない。しかしそれだけに残った生徒達は熱心で腕の立つ者ばかり。そのレベルの高さはウブの剣術道場でも間違いなく1番と言われている。

 今日は稽古は休みらしく生徒の声も剣を打ち合う音もない。

「ジーヴェ、クイン。良く来たな」

 広々とした客間でジュウザンは彼の弟子で今はこの道場の主となっているジャックと共にクイン達を出迎えた。

「2人の噂は聞いている。衛士隊東と西で最強の剣士だとな」

 言われて2人は

「たまたま相手が私より弱かっただけですよ」

「先生の教えのたまものです」

 そろって恐縮する。

「先生は少しお太りになられましたな」

 ジーヴェの言うように、ジュウザンは2人がここにいた頃より少しふくよかに見えた。

「うむ。鈍らぬ程度に稽古はしているつもりだが、やはり引退すると体が緩むようだ。今ならお前達にも一本取られるかもしれん」

 手土産のゼリーと冷たい紫茶をジャックの妻でジュウザンの娘ハートがトレイに乗せてやってきた。

 立ち上がったジーヴェが彼女のトレイを手にし

「私がやります。あまり無理をしない方が」

「いえ、体を動かなさすぎるのは却って良くないと」

 ジーヴェの心配も当然で、彼女のお腹はハッキリ解るほど大きくなっている。

「予定日は?」

「冬の初めには」

 お腹をさすって彼女が出て行く。

「ところでクイン。お前の目にかなうようないい男は見つかったか?」

 ゼリーを木のフォークで2つに割り、中のプラムを口に運ぶジュウザンに

「いい男はたくさんいるんですけれど、誰も彼も大きな欠点があるんですよ」

「欠点とは?」

「なぜか私に惚れない!」

 彼女の断言に一同が大笑いで答えた。

「クイン、そんなことはなかろう。ここにいた頃、お前に惚れていた男は儂の知っているだけで10人はいた」

「え?」クインが驚くようにジーヴェやジャックに「私、もしかしてモテてたの?」

「ああ。お前に勝ったら告白すると息巻いていたな。みんなそろって返り討ちにされたが」

 笑うジーヴェに

「もったいない!」クインは本当に悔しそうに拳を固めた。「勝ち負けにこだわるなんて。いい男は負けてもいい男なのに!」

「そう言うな。男のプライドという奴だ」

「プライドにこだわるとろくなことにならない! ああ、私のモテ期カムバーック!」

「周りにはいないのか、お前に惚れていそうな奴は」

 ジャックに問われ、クインは苦々しく

「一応1人、私を嫁にすると息巻いている奴がいますけれどね……」

 同じ第3隊に所属する小男を思い浮かべる。ヌーボルト・ギメイ。

「そいつではダメなのか?」

「ダメーッ! あいつはダメ、全然いい男じゃ無ない。出来ることならこの手で手枷足枷はめて牢にぶち込みたいぐらい」

 見事な即答ぶりに周りが呆気にとられた。

 それぞれが近況報告を住ませ、ひとしきり雑談をかわした後、ジュウザンはクインとジーヴェを見つめ

「ところで、今日2人を呼んだのは、お前達の耳に入れておきたいことがあるからだ」

「わざわざ伝える必要がある。と言うことですか?」

 クインとジーヴェの目から笑いが消えた。ジュウザンの代わりにジャックが

「バーバがウブにいる」

 2人の目が険しくなった。

「用があって市庁に行った帰り、店で食事をしていたときだ。後ろの席に数人の男が座ったんだ。衝立越しだったので向こうは私に気がつかなかったらしいが、声でバーバだと解った」

 ジャックの言葉は真剣だった。

「いろいろあっても奴は弟弟子だ。声をかけようかとも思ったが、聞こえる会話の内容がな……それに、奴の体から血の匂いがした」

 静かに首を振るジャックに、クインは静かに唇を噛んだ。


 ジュウザンが引退を決めたとき、弟子達の間で話題になったのが誰が後継者になるかだった。候補とも言うべき高弟は5人。ジャック、ジーヴェ、エース、クイン、そしてバーバ。この人選には誰も異議を唱えなかった。

 道場には四方剣と呼ばれる存在がある。いわばジュウザン剣術道場の四天王だ。ジャック、ジーヴェ、エースは誰もが認め、残りの1人をクインにするかバーバにするかは人によったが、ジュウザンに何かあったとき頼りになるのはこの5人と誰もが思っていた。

 後継者問題はあっさり決まった。道場を背負い、師として指導する人物となるとジャックとエースのどちらかであると周囲の意見が一致した。クインとバーバは2人と比べて剣の技量がわずかながら劣る。ジーヴェは剣の腕だけなら間違いなく5人の中で最強だが、師としての指導力、道場を背負う経営力に欠ける。

 そしてエースは「私は故郷のワークレイに帰り、そこで剣術指南を務めます」とあっさり辞退してしまった。弟子達からは「ジャックがジュウザンの娘ハートと恋仲なのを知り、問題が起こらないよう身を引いた」との噂も立ったが真相は不明だ。

 後継者選びは無風で終わり、ジーヴェとクインはジュウザンの口利きで衛士隊に入ることとなった。こうして道場はエースが去った後ジャックを新たな主、バーバを指南役の1人として問題なく代替わり……すると誰もが思った。

 問題が起こったのは代替わりに当たってジュウザンが自ら剣の極意を弟子達に伝えると決めたことだった。彼は伝える弟子をジャック、エース、ジーヴェ、クインの4人と決めた。

 これにバーバが異議を唱えた。特に彼は自分を外してクインに伝える事に激怒した。

「他の3人に伝える事はまだわかります。剣の腕は俺より3人の方が上、それは認めざるを得ません。しかしクインは違う。確かに15才の女としてはかなりの腕。しかし俺には及ばない。そいつに極意を伝授し、俺を外すとはどういうわけです?! まさかあいつの小便臭い色気に惑わされたわけではないでしょう」

 この意見を支持する者は多かった。バーバを外すならクインも外すべき。クインに伝授するならバーバにもと声を上げた。その勢いは止まらず、ついには

「クインとバーバに勝負させろ。そして勝った方に極意を伝授すれば良い」

 との声まで上がり始めた。クインも騒ぎを収めるために自分は辞退したほうが良いのではと考え始めたがジュウザンは

「クイン。お前は衛士になるのだろう。ならば尚更極意を伝えておかなければならん。それに剣というものは単に相手を打ち負かせば良い、叩きのめした方が上というほど単純なものではない」

 と意志を曲げず、弟子達を前にハッキリその旨を伝えた。ここまで言われると、クインも断るのは却って失礼と受け入れることにした。周囲も「先生の心を踏みにじってまで極意伝授にこだわることはない」と声は小さくなっていった。

 これにバーバは苛立ち、事あるごとにクインに食ってかかるようになった。人前で罵倒し、夜1人で歩く時を狙って襲いかかる。その露骨さに周囲も距離をおくようになり、彼は孤立していった。

 そして極意伝授。伝授はジュウザンと弟子、立会人として参加したゴーディス教会のウララ司祭の3人だけで行われた。ジーヴェ、エース、ジャックと伝授を終え、彼らを見た弟子達は唖然とした。彼らはそろって汗びっしょりになって衰弱していた。ジャックなどは道場を出た途端、意識を失って倒れたほどだ。

 当然ながら3人とも極意の中身については口をつぐんだ。もちろん、少しずつ元に戻っていったが。

 そしてクインの日。ジーヴェとウララ司祭の前で極意を伝授され、前の3人同様に疲労困憊、ふらふらで道場から出てきた彼女の前にバーバが現れた。

「極意とは何だ。何を伝授された。言え! 言わなければこの場で斬り殺す!」

 殺気を隠そうともせずサーベルを抜く彼に、ジーヴェとエース、ジャックが立ちはだかった。

「やはりか。そんなことだから貴様は極意伝授から外されたのだ」

 さすがにこの3人相手では勝ち目はない。尻込みする彼の前、クインは静かに3人を掻き分け、サーベルを抜いて彼と対峙した。

 クイン1人なら勝てると思ったのだろう、バーバは口元を緩ませサーベルを構えた。

 勝負はあっさり決まった。真っ正面からの切り込みを綿毛のような流れでかわされたバーバは追撃しようと身を翻した瞬間、目の前に現れた彼女のサーベルが煌めいた。……彼は立ったまま気絶していた。一瞬のうちに意識を斬られたのだ。前日までの彼女なら考えられないような剣の冴えだった。

 その様子を見ていた弟子がいたせいで、その決闘は翌日には道場中に広まり、数日後、バーバはウブから姿を消した。そして何事もなかったかのようにエースは故郷に帰り、ジーヴェとクインは衛士隊に入り、ジャックはハートと結婚してジュウザン道場の跡取りとなったのである。


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