『第14話 裏金庫は重かった』/6・地下水道の対決
翌日。センメイ川に一隻の外輪船が着いた。普通の外輪船は左右に一輪ずつついているが、これは前後左右の計4輪ついている。そして他の船より幅が広い。特注品ぽい雰囲気がある。もっと珍しいのは、甲板をすっぽり帆布で覆ったこの船は荷物を降ろすでもなく積むでもなく船着き場の端、地下水道の出入り口に近い場所に留められた。
そして夜。
桟橋から何人もの男達がその船に乗り込んだ。舫いを解き船内に入り込むと外輪を回し始める。船はゆっくりと地下水道の入り口まで進んでいく。既に出入り口に待機していた男達が地下水道との扉代わりになっている鉄格子をゆっくり開けると、船は地下水道に入っていった。幅は扉ギリギリだ。
照明魔導で前を照らす魔導師を船首に乗せ、地下水道を進む外輪船。出入り口ほどではないが幅の余裕はあまりない。曲がり角では一度止まってゆっくり向きを変えなければならない。
「気をつけろよ。壊しでもしたらボスに殺されるぞ」
「わかってるよ」
慎重に進み、角を曲がり、奥へと進む。
目当てのJブロックでは、カニナロたちが出迎えていた。
「時間通りだな。入り口を開けろ」
部下が操作すると、壁が大きく内側へと開き、外輪船がすっぽり入るほどの空間が現れる。例の隠し部屋、市の裏金庫の真下に当たる部屋だ。
外輪船は船尾からそこへ入っていく。ギリギリの幅を進み、左右に柱を見ながら屋内にすっぽり収まるのに、技師は満足げに笑うと、眼鏡の位置を直す。
甲板の帆布が外されると、甲板には無数の荒縄が縦横無尽に張り巡らされていた。傍目には網が張られているように見える。
上を見ると、何本もの丸太で支えられた裏金庫の底が見える。しかも奥から手前に長めの丸太が「ハ」の字型に組まれている。
「もう一度言っておく。やらかしたら音と衝撃ですぐに気づかれる。警備の連中が来る前に一目散に逃げるからな。逃げ遅れても待ってはやらねえ。分け前が欲しけりゃ死ぬ気でついてこい」
「へい!」
周囲の盗賊達が一斉に返事をする。
「ようし、始めるぞ!」
盗賊達が裏金庫を支えている丸太のうち、出入り口に近い2本にしがみつき、号令と共に外す。途端、天井部分が微かに揺れて亀裂が入った。
「ようし、やれ!」
カニナロの合図で魔導師達が同時に天井部分、金庫が見えているところの端、天井部分に小さな爆炎魔導を放つ。破壊と言うより、軽い衝撃を与える感じだ。
その衝撃はかろうじて金庫を支える天井の限界を超えさせた。天井が崩れ、裏金庫が無数の瓦礫と共に落ちる。
落ちる裏金庫はハの字型に組まれた丸太に落ち、滑り台のようにして船の甲板に滑り落ちる。網のように張られた荒縄がそれを受け止め、甲板を壊すことなく支えた。
金庫を乗せた船が一気に沈むが、底につくでもなくかろうじて浮かんでいる状態を保つ。
「よっしゃあ。さすがお前の計算は確かだぜ」
眼鏡の仲間の背中をカニナロが叩く。
「全速力で逃げろ! 元気な奴は船に乗らず走れ!」
外輪が回り始め、金庫を乗せたまま船が動き出す。そう。金庫の中身を奪うのではなく金庫をまるごとぶんどるというのがカニナロの作戦だった。裏金庫だけあって鍵を開けるのも扉を破るのも手間がかかる。それだったら金庫をまるごと盗み、アジトでゆっくりと鍵を開けるなり扉を壊すなりすれば良い。
壊れた天井から騒ぎ声が聞こえる。
「急げ!」
船が隠し部屋から出ると同時に、天井の穴から数人の警備員が顔を出した。その中の魔導師が爆炎魔導を発動させる。
隠し部屋一杯に炎を伴う爆発が広がるが、それは船には届かない。むしろ警備員達の視界を奪い、追跡をためらわせる結果となった。
松明と証明魔導の灯りの中、金庫を乗せた船が地下水路を進む。周囲には走るカニナロたちの姿。
「センメイ川に出ればこっちのもんだ。それまで止まるな!」
『おお!』
返事をする盗賊達の声は元気だ。何しろ市が非常事態に備えた資金が詰まっている金庫だ。その額を考えるだけで元気が湧いて出る。分ける仲間は多いが、それでも1人当たりどれだけになるか。
ムケレの顔も自然とにやけてくる。彼の背負うリュックには家を売った金が入っている。それと合わせた金で、どこかの町でちょっとこじんまりとした家を買い、あとは死ぬまで遊んで暮らすつもりだった。
角を曲がり、あとは川までほとんど一直線というところで、いきなり船が沈んだ。いや、地下水路の水位が下がっているのだ。あっという間に船は川底に着き、外輪も書く水が無くなりむなしく空回りを続ける。
「何だ、どうなっているんだ?!」
水がほとんど無くなった川底を見てカニナロが叫ぶ。
途端、彼らを無数のランプ、証明魔導が照らし出す。
出口に続く道には、メルダーを先頭に第3隊の衛士と応援合わせて10数人の衛士達がずらりと並んでいた。
「衛士隊だ! おとなしく逮捕されればよし、手向かうならば、こちらも相応の対応をさせてもらう」
サーベルを抜いたメルダーの声が地下水路に反響する。
カニナロが振り返ると、水路の上流部分で、ルーラが精霊の槍の穂先を水面につけた状態で彼を真っ直ぐ見据えていた。水の精霊にお願いして水がこちらに流れるのを止めているのだ。その間にイントルス達が水路に壁を差し込み、水がこちらに流れ込まないようにしている。正装のため、地下水路の分岐点には水の流れを遮るため壁を取り付ける差し込み口があるのだ。
「よし、ルーラ。もう良いぞ」
壁を差し込み終えたイントルスが言う。ルーラが感謝の思いと共に精霊の槍を水面から抜くのに合わせて水が流れ出すが、壁のおかげでほとんど流れ込まない。なんだかんだ言っても水の精霊にとって流れを止めるのはあまり良いものではなく、長い間お願いは出来ない。
「諦めな。金庫をかついでは逃げられないだろう」
面白がるようにギメイに言われ、カニナロが歯ぎしりするが
「こうなったらお前ら。衛士共を返り討ちにしてやれ。何人かは後ろへ行って水を止めてる壁を壊せ。精霊使いの小娘もぶっ殺せ!」
それを合図に盗賊達が一斉に二手に分かれて突進する!
迎え撃つべく突撃する衛士達。ヌルついた足場を想定して靴には滑り止めを装着している。後方には灯り専用の人員を配置するなど準備は万端だ。
メルダーが盗賊の1人をサーベルの峰打ちで打ち据え叫ぶ。
「遠慮するな。捕まえるのが難しければ斬れ!」
実際、盗賊達の中には腕の立つ奴もいる。用心棒として雇われた剣士や魔導師もいる。
大剣をぶん回し衛士達を威嚇する剣士がいた。普通ならば持ち上げることすら難しそうな大剣が唸りを上げて衛士達を威嚇する。
衛士の1人が大剣を剣で受けた途端、剣が真っ二つに折れ、その衝撃で汚水黙りに倒れ込んだ。続いて振り下ろされた一撃を何とか避けるが、折れた剣を手にジリジリと下がっていく。そこへ不敵な笑みと共にクインが割って入り
「こいつは私にまーかせて」
大剣剣士にサーベルを向ける。
「女が俺の相手をするのか?」
「剣に性別は無いわよ」
すかさず大剣が目にも留まらぬスピードで突いてくる。が、クインはそれをわずかに体を揺らぐだけで躱していく。
さらに深く突いてくると、彼女は跳ぶように間を開けてサーベルを八双に構える。
「……その構え、ワークレイの剣術か」
その通りとばかりに彼女が微かな笑みを浮かべた。大剣剣士は息を整えると静かに上段に構える。
剣を打ち合う音の中、2人は静かに対峙する。
盗賊達がルーラに襲いかかる。彼女は槍を半回転させると、石突き部分で片っ端から相手を突き倒していく。
「小娘がーっ!」
カニナロが突撃してルーラめがけて大剣を振り下ろす。それを槍の柄で受け止めると、力任せに押し返す。
「こいつ……小娘のくせに馬力ありやがる」
顔をしかめてルーラに押し返す。力比べになった形だがルーラは負けていない。歯を食いしばり、槍を握る腕の筋肉が盛り上がり、徐々にカニナロを押し返していく。
カニナロが一旦大きく下がって間を開ける。その背後から
「後方注意!」
ギメイが後頭部に蹴りを入れる。足がもつれて倒れるカニナロにとどめを刺そうとするが
「跳べ!」
イントルスの叫びにギメイとルーラが反射的にカニナロから跳んで離れる。2人が今までいたところを魔導の電撃が舐めた。
「ボス、下がって!」
魔導師の盗賊が手にする杖の魔玉が光る。
水を止めていた敷居周辺の空気が歪むと、轟音と炎を伴う爆発が起きて敷居を吹き飛ばした。爆炎魔導だ。
壊れた敷居の隙間からせき止めていた水が流れ込む。
押し寄せる水の流れを合図に、クインと大剣剣士が同時に動く。
振り下ろされる大剣はクインが避けた直後に彼女めがけて跳ね上がる。が、彼女はその動きを読んでいた。かわしつつ追撃するように相手の腕をすくい上げるように斬る! 傷は浅いものの、斬られた袖が血に染まる。
大剣剣士はひるむことなく追撃するがやはりその動きはわずかに鈍い。クインの方が速い。剣士は脇腹を切られ服を血に染め倒れる。
「……やられたな」大剣剣士は力なくクインを見上げ「女が扱いして悪かったな。お前、強いぞ」
「あんたも、ちょっとだけど良い男レベルが上がったわよ」
そこへ水が流れ込んできた。
船の外輪が勢いよく回り始める。水量が少ないので前に進むことは出来ないが、水を勢いよく周囲にまき散らす!
水しぶきに衛士隊がひるむ隙に盗賊達は船に乗り込み、中にはそのまま船から遠ざかるように逃げ出すものもいる。
増した水かさに力を取り戻した外輪が船を動かす。カニナロが飛び乗る。
動き出す船は少しずつ速度を増し、衛士隊を引き離していく。
スノーレが魔玉の杖を構え
「八方・魔導氷!」
煌めく白い魔力の矢を放つ! それは船を追い越すと、前方で弾けるように8つに拡散、壁に、天井に、下の水面に当たると反時計回りに走り円を作り出す。完成と同時に円の内側に向けて勢いよく氷が張っていき、ついには通路一杯に氷の壁が完成する。
「突っ込め! たかが魔導の氷、ぶち破れ!」
船上のカニナロに叫びと共に外輪の回転が速まり、船が氷の壁に突進する。
ルーラが精霊の槍を構える。
船が衝突、氷の壁は木っ端微塵に砕け散る!
「闇の精霊!」
途端、船の周囲が闇に包まれた。
闇の中、カニナロたちは何も見えない。目の前にあるはずの自分の手も見えない。ただ猛烈な勢いで水を漕ぐ外輪の音が聞こえるだけ。
轟音と共に強烈な衝撃が彼らを襲った。
闇の精霊が退散し光が戻ると、そこは地下水路の曲がり角。壁に半ば乗り上げるような形で止まった外輪船の姿があった。何も見えないため曲がるタイミングがわからず、逃げるため速度を緩めることも出来ぬまま壁に正面衝突したのだ。船首は砕け、外輪の軸は歪んで回ることも出来ない。
「ち、ちきしょう……」
勢い余って転倒したカニナロが立ち上がろうとする。先ほどギメイに蹴られた後頭部が痛むのか頭を押さえ、動きが鈍い。
その眼前に、サーベルと精霊の槍が突きつけられた。
「はい。そこまで」
「あなたを逮捕します」
彼が顔をあげると、勝ち誇った顔のクインとルーラの顔があった。
「床に穴を開けて金庫をまるごと船の上に落としてそのまま逃げる。随分と大胆な方法をとったものだ」
「大胆な手口というのは、意外とバレにくいものです。特に100年祭期間中は町中騒がしかったですから。実際、我々もフェイリバースが泥に落ちなければ気がつかなかったでしょう」
地下水路。無数のランプと照明魔導が照らしている外輪船をミコシは満足気に見上げている。新たな応援も加えた30人以上の衛士達が裏金庫を乗せたまま半壊した外輪船を囲み、検証を行っている。
脇の通路には手枷足枷をはめられたカニナロたちやムケレが転がされ、衛士達に見張られている。
「もっとも大胆な分、それを捕らえた私の手腕も目立つというもの。よくやったぞ」
メルダーの肩を叩くミコシはご満悦だ。先日に続き、新聞に自分の手柄が載るのが嬉しくてたまらないらしい。
「それでは」
ちょうどジンギスカン市長がマッツォと共にやってくるのが見えた。
「市長にこの度の事件の説明についてお任せしてよろしいでしょうか? 私どもは犯人を衛士隊本部の牢に入れ、報告書をまとめなければなりませんので」
「おお、任せておけ」
胸を叩くミコシの姿に、メルダーたちは今のうちとばかりに、カニナロたちを連れて行く。浮かれるミコシはその意味に気がつかない。
「市長。わざわざこんな臭い地下水道までお越し頂かなくても良かったのに。しかしまぁ、せっかくですから我々衛士隊の成果をご覧ください」
どうだとばかりに壊れた外輪船を披露する。ジンギスカンが連れてきた男達が一斉に裏金庫に駆け寄る。
「確かにお手柄でしたな。このまま裏金庫が奪われたら、ウブは破産しかねないところでした。ところで」
外輪船に積まれたままの裏金庫を見上げ、ジンギスカンは困ったように
「この裏金庫、元に戻して頂けるんですかな」
「は?」
「は? ではありません。この中にはぎっしりと金塊が詰まっているんです。10人、20人いても持ち上がるものじゃない」
「それは……ここまで運んできた船を使って」
「その船は壊れているようだが」
「ならば人を集めて中身だけを」
その時、裏金庫に群がって扉を調べていた男達が振り向き
「市長ダメです。ぶつかった衝撃で鍵の部分にずれが生じたのか、開きません」
「扉を壊して」
「壊せるような扉ではない。それも裏金庫の売りだ」
ミコシが青くなっていく。このままでは中身を取り出せないまま裏金庫を地下水道に放置し続けることになる。
どうしようかと頭を抱えようとした途端、外輪船の船体に亀裂が入った。裏金庫の重みに耐えきれず船体が真っ二つに裂ける。
大量の水しぶきを上げて、裏金庫が地下水路に落っこち、沈んでいく。幸いにも水深はそこまで深くなかったので完全に水没はしなかったが、裏金庫の天井部分だけがかろうじて水面から出ている程度だ。
「ミコシ総隊長……困りましたな」
水しぶきをもろに浴びて全身びしょ濡れになったジンギスカンとミコシが呆然と裏金庫を見つめる。
これからどうするか? 何とか裏金庫をまるごと移動させるか、地下水道の水を一時止めて、扉を何とか開けて中身だけを移すか? その場合、空の裏金庫をどうするか? どんな方法にしろ、めちゃくちゃ面倒くさいことだけは確か。考えることすら嫌になる。
「メルダー」
を探すが、彼は既にルーラたち部下と一緒にカニナロたちを連行した後だった。
「あ、あいつ……」
ここでようやく彼はメルダーが市長への説明を彼に丸投げして消えた意味を知った。