『第14話 裏金庫は重かった』/5・カニナロ盗賊団
「馬鹿野郎!」
罵声と共に拳を受けて男がひっくり返った。
「あれほど土の捨て場所には気をつけろと言ったのに。衛士に見つかるなんて何てドジだ!」
ショーセ・ツ・カニナロの怒声が石造りの部屋に木霊し、周囲の男達が思わず身をすくめる。殴られた男は涙目で
「ボス。勘弁してください。何とか逃げてこられたんですから」
「つけられたりはしてねえだろうな」
「それはもう。地上に出てから何度も確認しましたから」
その熱心さにカニナロは不満顔のままではあるものの、椅子にどっかと腰を下ろす。豊かな髪と髭はボサボサ、数は少ないが深い皺。来ているのが汚れた作業服であることをのぞけば、子供向け漫画に出てくる山賊の親玉そのままだ。
ここはマナカ川の近くにある石造りの一軒家。カニナロ盗賊団のアジトである。広間で一同がパンやシチュー、骨付き肉をかじって腹ごしらえをしているその人数は20人近い。皆が泥で汚れた作業服に身を包み、誰もがたくましい体つきをしている。
「ボス、計画はしばらく延期した方が良いんじゃ」
「馬鹿野郎。手柄を立てたばかりで衛士隊が油断している今がチャンスじゃねえか。それに忘れたのか、グズグズしていたら、裏金庫が空っぽになっちまうかも知れねえんだぞ」
唾を飛ばしながらの激励に加え
「そうだ。うまくいけば、俺達全員死ぬまで遊んで暮らせるだけの金が手に入るんだろう。これを見逃すことは無い」
ムケレが立ち上がり右腕を揚げる。途端、包帯を巻いた右肩が痛み顔をしかめて腕を降ろした。
一同は肩をすくめつつも「そうだよな」と腹をくくる。
ムケレの祖父タティスは腕の良い職人で、地下水道の整備、修復を行う際、現場監督を任せたほどだ。だが、彼には当時の役人たちも知らないもうひとつの顔があった。
手がけた建物などに秘密の出入り口や通路を持ち主にも内緒で作っておき、建物が金持ちの住居や商社や店舗など盗みの標的になりそうなとき、それをこっそり盗賊達に売るのだ。
地下水路の整備を受け持ったときもそうだった。彼は自分が担当する箇所のいくつかに、仲間と共にこっそり隠し部屋ともいえる空間を作っていた。もちろん、手がけた後も定期的に訪れては隠し扉がきちんと動くことを確認している。そして彼は時間をかけて仲間を1人また1人と殺していき、ついに秘密を彼1人のものとした。そして彼はこの秘密を売ることにより財産を作った。
彼はこのことを家族に内緒にしていた。子供達が彼の仕事を継がず、真っ当な道を歩んだためだ。仲間を平気で殺していった彼も、自分の子供となると別だった。その子供達も事故で死に、彼の下には孫のムケレだけが残された。彼は1人残った孫を溺愛したが、それが却って彼を怠け者にした。働かなくても祖父の財産で食べていけるからだ。
彼の遊びはタティスの財産を食い潰していった。さすがにまずいと思ったタティスはムケレに仕事を世話したがどれも長続きはしなかった。そして財産が底をつき始め、タティスは最後に残った地下水路の隠し部屋をカニナロに売ることにした。その隠し部屋の地上に当たる部分は市庁の地下室。それも裏金庫の真下だった。
市庁の裏金庫の金は数十億ディルと聞いていた。盗賊にとっては涎がだだ漏れるような金額だ。だがそれだけに守りも万全で、裏金庫の設置以来被害に遭ったことは一度もない。
カニナロはそれに目をつけた。タティスの仕掛けから地中を掘り進み、裏金庫に入り込もうとしたのだ。時間をかけて地下の隠し部屋を広げ、上に掘り進み1年。ついに裏金庫のある部屋にたどり着いた。が、そこにあるのは裏金庫の底だった。
どうする? 底に穴を開けて中に入り込むか? だが、穴を開ける際の音や振動で気づかれる。迷っているところに、さらに嫌な情報が入った。100年祭前日に起きた魔導飛行船トゥヴァード号墜落事件。その賠償のため、ついに非常資金に手がつけられるというのだ。まだ金額は決まっていないが、最悪、裏金庫は空っぽになる。そうなったら彼の仕事は無意味になる。急がなければならない。彼は仲間を呼び寄せ仕事を急いだ。
さらにもともと体を壊していたタティスの具合が悪化、死んでしまった。死ぬ前、タティスからムケレのことを頼まれたカニナロは人手が欲しいこともあり彼を仲間に引き入れた。
だが急ぎの仕事は粗も出る。掘って出た土を処分するのに適当にばらまくのではなく、ちょっと離れただけの地下水道、同じ場所に何度も捨てた。そのため水の流れで特定の出口にかたまり、偶然にもクインがそこに落っこちたため衛視の目にとまることになった。
さらにムケレが作業中、落下した煉瓦に肩を打たれ怪我をした。その治療のためダーダ薬草園を訪れた際、スラッシュ達に目をつけられたのがそれはまだ彼は知らない。
「おい、船はいつ来る」
「明後日には。何しろ小型で頑丈で力がある船なんて、見つけるのに苦労しました」
「大丈夫だろうな。これがコケたら目も当てられねえ」
地下水道を進むカニナロたち。さすがに衛士隊に見つけられた後だけに歩みも目配りも慎重だ。
Jブロックの一角につくと、細い針のような鉄棒を取り出す。煉瓦造りの壁には事前に知っていなければまず見落とすような小さな穴があった。そこに鉄棒を差し込む、何度か出し入れする。
すると壁の一角が滑るように内側に引っ込み、出入り口を作る。一同が中に入ると、そこは広々とした隠し部屋。当初は小さな部屋程度だったのだが、今はブロックの大半を占めるほどの広さがある。年月をかけた拡張した成果だ。
見上げると天井も崩され、漆黒の鉄板が見える。裏金庫の底だ。
「忌々しい鉄底だ」
カニナロが吐き捨てるように言った。鉄板が扉部分だけで他は壁と同じ煉瓦造りか石壁だったらとっくにここを開けて中の金を手に入れていた。
屋内を見回すと、10本の丸太が裏金庫を支える柱のように立てられている。そして床。床の中央部分は取り除かれ水が入り込んでいる。かなり深いのか底も見えない。水の部分はかなり広く、小型船ならすっぽり入りそうだった。
泥だらけの作業服姿の男達が10人ほど手を止め休んでいる。
「準備はどうだ?」
「99%完了です。むしろ船が来るまで落ちないよう金庫を支えているぐらいで」
眼鏡をかけた泥だらけの男が丸太を見て笑った。彼は他の男達に比べて体が細く。手には地下室の図面と様々な計算式が書かれた紙を持っている。
「これ以上の作業は無用です。へたにいじったら却っておかしくなります」
紙を軽く叩く。彼は言わば計画の技師。計画の全ては彼の計算に基づいて行われていると言って良い。
「お前ら聞け。船は明後日来る。船が到着次第作戦実行。そのままウブから逃げ出すからそれなりの身なりで来い。それまで見張りをのぞいて休め。ただし目立つことはするな。衛士隊がこの近くを探っている」
衛士隊という言葉が彼らに緊張を与えた。
「特にムケレ。お前は盗賊としては素人もいいところだ。妙なことはせず明後日まで家でおとなしくしていろ。爺さんの顔をつぶすような真似はするなよ」
周囲が不審な目が一斉に彼に注がれる。
「わ、わかってるよ。でも、俺もウブから逃げ出さなきゃ行けないのか。家もあるし」
「当たり前だ。この仕事が終わったら、しばらく人に預けて盗賊としての基礎をみっちり教え込んでやる」
じろりと睨まれ、ムケレが縮み上がった。
翌日。
「これが見積になります」
提示された金額はムケレが考えていたものより低かった。
(足下を見やがって)
不満げな顔を目の前の男に向ける。サークラー教会から紹介された不動産業者のハウスだ。
カニナロに協力することにしたムケレは、さすがにウブに居続けるのが怖くなり、家を売って別の町に行くことにした。家を売った金と仕事の分け前を合わせればかなりの額になるはずだ。
「ご不満のようですが、建物自体痛んだ箇所がいくつも見つかりまして。もう少しお時間をいただければ上と相談してみますが」
「い、いや。いいですよこの金額で。それで、この代金は明日中にはもらえるんでしょうね」
「明日ですか?!」
さすがに男も驚いた。
「現金でですよね。さすがに明日までは……」頭の中で素早く計算し「わかりました。何とかしましょう」
早急に家を売りたい。その焦りが相手にもわかっているからこそ、低い額を見積もってきたのだ。いくら不動産売買素人のムケレでもそれぐらいはわかる。しかし、さすがに明日中に現金でというのは想定外だったらしい。
しかし、仕事が明後日と決まった以上、グズグズしてはいられない。いくら安くても明日には現金として手に入れたい。そして分け前をもらった後は、カニナロが自分を他の盗賊に預ける前に逃げ出すのだ。祖父の言葉に従いカニナロの仕事を手伝ったが、とにかくキツい。毎日毎日穴掘りで先日は怪我までした。仲間達はこんな肉体労働ばかりの仕事なんて滅多にないと言っていたが、とても続ける気にはなれなかった。
ハウス不動産から出たムケレを、道ばたの氷果実の屋台で半ば凍らせた桃をかじっている小男がじっと見ていた。ギメイである。彼は手についた桃の果汁を舐め取ると
「おい、どこの冷気魔導師だか知らないが、もう少し凍らせ方を勉強しろって言っとけ。凍らせすぎで硬いぞ」
文句を言ってからムケレの後をつけはじめた。