『第14話 裏金庫は重かった』/4・市庁の裏金庫
「なるほど、確かに市庁は一部Jブロックに入っているな」
地下水道と地上部分。2つの地図を見比べてマトン・ジンギスカンは頷いた。
ウブ市庁の市長室。ジンギスカン市長は目の前に立つトップスとメルダーに
「ならばどうなる。良からぬことを考えた連中が、地下水道からトンネルを掘って市庁に侵入するというのか? 馬鹿馬鹿しい。市庁は一部を除いて一般に開放されている。ロビーや各窓口を見ただろう。用のある市民が毎日集まってくる。わざわざ地下水道から穴を掘る必要はない」
「開放されていない場所に用があるとすれば」
トップスは背筋を伸ばしたまま
「例えば、市の予算を保管してある大金庫。市の予算は必要に応じて預けてある各協会から引き上げることになっていますが、すぐに使えるよう、常時数千万ディル相当の金貨が保管されています。
表沙汰にはされていませんが、これとは別に裏金庫があり、緊急用予算が保管されています。その額は不明ですが、数十億とも数百億とも言われています」
「トップス大隊長、声が大きい」
ジンギスカン市長の脇に控えている秘書のマッツォが慌てて会話に割り込んだ。
「地下水路から、その掘られているという穴は見つかったのか?」
「いえ。まだ。しかしJブロックに該当する性質を持った土が、最近地下水道に大量に破棄されているのは事実です」
「その性質はJブロックにだけ該当するわけではないだろう」
「もちろんです。しかし、犯罪の下準備が行われているとしたら、もっとも可能性が高いのがここです。ここだという証拠がないからと、調査をしないわけにはまいりません」
「道理だな」
彼は立ち上がり
「しかし我々も馬鹿ではない。大金庫も裏金庫も、それに相応しい守りを備えている。説明しよう」
ウブ市の大金庫は市庁の地下にある。一般にその場所は秘密とされており、公表されている図には記載されていない。
「君も知っての通り、ウブはかつて独立国であり、この市庁は当時の王宮だった。今はかなり改築・縮小されているがな。当然、戦争に備えて様々な仕掛けがされており、特に軍資金を保管する大金庫は二重、三重に隠され、守られている。その中身は当時と今では違うが、厳重さでは変わりない」
地下を下り、見張りとの合い言葉をかわし、精巧な鍵を開け進んでいく。
「合い言葉も担当はそれだけしか知らない。担当部署が変われば何も知らない。鍵も独立国当時に作られたものから最新のものまで組み合わされている」
「お言葉ですが、大金庫は年に数回開かれ、資金の出し入れが行われています。出し入れが多ければ、それだけその秘密が外部に漏れる可能性は高いです」
トップスの言葉にジンギスカンはにたりと笑い
「君らしくもない。秘密を手に入れたやつが狙うとすれば、地下水道から穴を掘るなどという面倒くさいことはしないだろう。数を集めて夜、奇襲するだけだ。それに出し入れが多いと言うことはそれだけ担当者が金庫のある部屋や中身を見る機会も多い。何か異変があればすぐに気がつく」
「ごもっとも。しかし、裏金庫の方はそれに該当しないのでは」
「もちろんだ」
大金庫に通じる細い通路。その壁の一角が横に滑り、隠し通路が現れる。火を入れたランプ手に入り、進んでいくと急に開けた部屋に出る。
「魔力から探られるのを防ぐため、灯りは全てランプだ」
マッツォが壁に飾られた灯籠に火をつける。全てにつけると、結構明るくなる。
「これが裏金庫だ」
部屋一杯の大きさの金庫が照らされる。高さも幅も部屋一杯で、虫の入り込む隙間もない。
「すまんが後ろを向いてくれ。扉の仕掛けは衛士隊の隊長であっても見せるわけにはいかん」
トップスとメルダー、マッツォが後ろを向いている間にジンギスカンは裏金庫の扉を開ける。
「もういいぞ」
振り返ると、観音開きの扉が大きく開かれ、中にいくつもの段が作られた空間があった。どの段もまっさらな金塊が目一杯積まれている。奥行きも数メートルはある。それが人がかろうじて通れる空間をのぞいて金塊が山積みされているのだ。
「100億というのは大げさだが、50億ディルはある」
「こいつはすごい」
「すごすぎて却って現実味がない。1つくすねて帰ろうという気すら起こりませんな」
トップスの言葉に「そんなものだ」とジンギスカンが頷く。
「ウブの経済的繁栄のたまものだな。さて、盗難の話に戻るが。足下を見ろ」
床を足で軽く叩く。扉や天井、壁同様鉄板だ。
「裏金庫はいわば巨大な鉄の箱を部屋に入れ、金庫よりも小さい扉をつけた壁で蓋をしたものだ。わかるか、仮に盗賊がこの場所を特定して、地下水路から穴を掘って入り込んでも中には手が出せん。削って穴を開けるしても、厚さ10センチの鉄板、いや、鉄壁クラスの床や壁に人間が出入りできるだけの穴を開けるのにどれだけの手間がかかる。それだけの時間、見つからずにいられるのか?」
「金庫ごと盗み出すというのはどうです?」
「この金庫の重さがどれだけあると思っているんだ。人の手で持ち運べるものじゃない。もっとも……」
ジンギスカンは寂しげな表情を浮かべ
「盗まれなくても、ここが空になるのは時間の問題かもしれん」
「市はどこからか借金でもしているんですか?」
「トゥヴァード号だよ」
先日行われたウブ100年祭。その前日に起きたスターカイン国が誇る魔導飛行船トゥヴァード号の墜落事件。詳しいことは第12、13話「火の鳥が落ちるとき」を参照。
「その賠償額がウブに請求されるのは確実だ。まだ具体的な金額は決まっていないが、こちらで何人かに見積もらせたところ、この裏金庫に手をつけることになるのは確実だ。見積の中にはここを空にしてもまだ足りないなんてもあった。プリンスキー王子が少しでもこちらの肩を持ってくれるのを祈るばかりだ」
メルダーが申し訳なさげに頭を垂れる。
「君たちを責める気はない。あの状況で君たちは考えつく最善策を行ったと私は信じている。特に人的被害の少なさ、プリンスキー王子を守り抜いたのは表彰ものだ」
「市長、話を戻しますが」
トップスが床の石畳を足で叩き
「確かに裏金庫を狙うのが困難であることはわかりました。しかし万が一と言うこともあります。しばらくの間、見回りの頻度を上げて頂けませんか。特に床や壁から何か聞こえないかを注意して」
「良いだろう。用心深いのは良いことだ」
ジンギスカンはそう言うが、トップスもメルダーも用心深いとは思わなかった。盗賊の執念深さ、用意周到さを2人はよく知っている。