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『第18話 猫殺し』/5・猫殺しの重さ

 ジャグレイの家から歩いて1時間ほどの所にあるマルサ高台公園。ウブで一番広い公園で敷地の約2/3がマルサ山と呼ばれる小さな山になっている。自然豊かで休日には家族連れで賑わうここには多くの猫が住んでいる。ここの猫は人間達のお裾分けに預かっているせいか、あまり人間を怖がらない。実際、道から外れた森や植え込みの陰から彼を見る猫たちの姿があった。

 100年祭でのトゥワード号墜落の影響で一部地面が荒れたが、今は以前のように草も茂り、樹木も落ち着きを取り戻している。衝撃で逃げた動物たちもほぼ戻ってきている。

 月明かりの中、ジャグレイは罠の袋をかついでここにやってきた。

「ここなら良いだろう」

 ある程度奥に入ったところで、彼は林に入り袋を下ろす。トラバサミを取り出し、慣れない手つきで設置していく。

 周囲を見ると、猫の他、野生の狸も目を光らせている。ウサギの糞らしきものもある。

「猫以外の動物もそのうち試してみるか」

 仕掛けた罠から離れると、それが見える場所に陣取り自分も草むらに隠れる。そこなら仕掛けた罠が全て見渡せる。罠にかかったら、ここの管理人が気がつく前にそいつを捕まえ思いっきりいたぶらなければならない。

(ホワンめ……)

 彼女の腑抜けめいた笑顔が浮かんだ。いつまでたっても合格できない自分を馬鹿にするような、子供扱いしているような笑い。もちろんあの顔は彼女の地であり、彼を馬鹿にする意図などひとかけらもないが、彼にとってあれは自分に対する嘲笑としか思えなかった。それもあんな体のでかい衛士を連れてだ。

 そうなると、彼女がわざわざ自分を笑うために家までやってきたような気がしてきた。

「畜生……あの衛士さえいなければ」

 イライラが募る中、月明かりに照らされたトラバサミのひとつに1匹の猫が近づいてきた。野良にしては毛並みの良い虎猫は、警戒しながら仕掛けられたエサの匂いを嗅いでいるが、足は巧みに罠を作動させない位置に置いている。

 その様子にジャグレイは期待しながら殴打用の棍棒を握りしめる。

 罠にかかりトラバサミに足をはさまれ動けない猫を好きなように好きなだけ殴り続ける。自分の嫌な気分を棍棒に乗せて猫にぶつけまくる。これが終わったときの晴れやかさ、自分の中の汚物をすっかり吐き出したような爽快感。それを考えたら家族の「やめて」など些細でしかない。

 仮に嫌なことがあるとすれば、罠の刃が足ではなく首に食い込み、猫が即死してしまうことだ。ただの「物」となった死体をいくら叩いても面白くない。

 期待と不安の中、ジャグレイは罠の前の虎猫を見つめ続ける。

 すると、その虎猫が突然彼の方を向くと、トラバサミを前足でひっくり返した。衝撃で罠が作動し、刃が閉じて仕掛けられたエサがこぼれ落ちると、虎猫は安心したようにそれを口にした。

 ジャグレイの顔が怒りに歪み、棒を手に虎猫へと突撃する。

 彼が叩きつける棍棒を虎猫は易々とかわしていく。だが逃げようとはしない。彼は何度も何度も棍棒を振るうが虎猫はその優れた運動能力で全てをかわしていく。

 空振りした棍棒が木の幹に当たる。その衝撃が腕に伝わり、たまらず彼は棍棒を落とした。拾おうとした途端、足を滑らせ転倒する。

「ち、ちきしょう……」

 泥だらけになって立ち上がる彼を突然灯りが照らした。

「ジャグレイ・ホスタルさん」

 背後から声をかけられ、驚いて振り返るとオレンダとルーラが立っていた。オレンダの右手に握られた魔玉の杖は照明魔導が発動して周囲を照らし、左手にはトラバサミ。

「衛士隊です。公園内では動物の許可の無い意図的な殺傷は認められていません。例外として、動植物が襲ってきた場合の身を守る行動などがありますが、どうもそうではないようですね」

 トラバサミを掲げる。

「危ないわね。人が引っかかったらどうするのよ」

 別の場所に設置していたトラバサミを手に、クインとスノーレがやってくる。

「な、なんで衛士が?」

「最近、猫に危害を加える事件が頻発しておりまして。もしかしたらここに生息する猫を狙ってくるのではと考え巡回しているんです」

 スノーレの言葉は嘘である。ホワンのことから今夜苛立った彼が犯行に出るのではと注意し、外出した彼をここまで尾行してきたのだ。先ほどから彼の相手をしていた虎猫はアバターである。

「ご存じでしょうが、この罠の所持、使用には許可が必要です。許可証を拝見します。提示を」

 オレンダから逃げるようにジャグレイは後ずさる。

「それと、この罠にこびりついている猫の毛」クインがトラバサミに血と一緒にこびりついている毛を指さし「先日、殺された飼い猫の毛と同じなんですけど。これの説明もお願いします」

 にじり寄るクインたち。さすがにジャグレイも観念するだろうと思ったが

「クソッタレが!」

 棍棒をクインに投げつけ逃げ出した。

 軽く棍棒を叩き落としたクインは呆れて

「逃げてもあんたのいい男レベルは上がらないわよ」

「任せてください!」

 ルーラが前に出て精霊の槍をかざし

「大地の捕縛!」

 穂先を地面に当てた。

 途端、走るジャグレイを落とし込むように地面が円の形に陥没した。転倒した彼が立ち上がろうとした瞬間、地面が横から彼の身体を挟み込む。ちょうど四つん這いの体勢で四肢を半ば埋められた形になってジャグレイは身動きできない。

「何だ、助けてくれ!」

 ただ喚きながら手足を地面から抜こうとするが、大地はガッチリ捕まえて離さない。ルーラが大地の精霊に頼んで捕まえてもらっているのだ。

 その様子を離れたところでアバターは見ていた。その表情は安堵と不安が半々だった。


   ×   ×   ×


「ただの罰金で終わりですか?!」

 衛士隊本部。メルダー隊長の報告に、ルーラは不満の声を上げる。

「猫殺しは認めたが、あくまで野良猫だけ。それも数匹程度と言い張っている。最近の猫殺しを全部自分の仕業にされちゃあたまらないとな。トラバサミについていた血は猫のものと判明したが、どの猫かまでの特定はできない。認めた猫殺しについても、時間や場所はあやふやだ。これは本当に細かいことは覚えていないのかもしれない。チルさんの愛猫殺しに関しては否定している。

 これではあいつを罰することが出来るのは、公園での無許可での動物虐待。免許なしでの罠の所有ぐらいだ。となると罠を没収の上、罰金。これが限界だ」

「その罰金っていくらなんですか?」

「500ディル」

 途端クインの表情が歪む。

「安っ」

「道徳的には問題ありまくりなんですけれどねぇ」

 スラッシュの不満げな言葉に皆が頷いた。

「誰かの所有する動物なら、危害を加えたら罪になるんですよね。公園の動物はウブの所有ということにはならないんですか?」

「それをすると、今度はそこの動物が公園に来た人達に危害を加えたとき責任問題になる。動物園のようにみんな檻に入れて飼うならともかく、放し飼いの動物にまで責任を持とうなんてやつはいないさ」

「野良猫や野良犬は殺し放題か。向こうも黙って殺されはしないだろうけどよ」

 ギメイの言葉はどこか他人事だ。

 そこへ入ってきたのは

「よぉ、衛士の皆さん。お仕事ご苦労様」

 ジャグレイだった。思わず槍を構えようとするルーラをスノーレが止める。

「そんな怖い顔で睨むなよ。こっちは罰金を払ってこれから帰るところだけど、その前にちょいと挨拶をと思ってな」

 ニタニタ笑う顔で室内を見回し

「さすが猫殺しを懸命に追うだけあって暇なんだな、衛士ってのは。俺なんかよりもっと捕まえるべき相手はいくらでもいるだろうに。これで高い給金もらっているんだから良い身分だよ。うらやましいね」

「あなた」ルーラはヘラヘラ笑うジャグレイに声を荒げ「これからも猫たちを殺すつもりなんですか?」

「まさか。すっかり反省しましたよぉ」

 ちっとも反省しているようには見えない。相手を小馬鹿にしているように見える。

「もっとも殺したところで野良なら無実、飼い猫でも罰金払えばOKだからな。金さえ払えばいくらでも猫を殺して良いってことだろ。良い街だよ、ここは」

 その態度に、思わず前に出ようとしたルーラの腕をスラッシュが取った。こちらを向くルーラに、スラッシュはいつになく強い表情で首を横に振る。

「それじゃあ俺は帰る。これからは罰金をポケットに入れて猫をいたぶることにするよ」

 衛士達を小馬鹿にするように手を頭上でひらひらさせながらジャグレイが部屋を出て行くと、先ほどは他人事のように装っていたギメイが舌打ちをして壁を蹴った。

 その音に応えるかのように、ジャグレイの笑い声が返ってきた。


 こんなことをもう止めてと訴える母に対し、彼はうっとうしそうに目を細めた。そんな2人が衛士隊本部を出て行く様子を、ロビーの隅、植木に隠れるような位置のソファに座ったオレンダはアバターの首回りを撫でながら見送った。

 無言で見上げたアバターが見たのは、唇を噛み、無念一杯のオレンダの顔。

「ごめん……アバター」

 周囲には聞こえなさそうな小さな声。

「……お前の弟の敵、人の法では取れない」

 アバターが瞬きした。そして気にするなと言うように、彼の手に自分から顔をこすり始める。

「シェルマさん」

 いつの間にかルーラが目の前に立っていた。やはり無念そうな顔で。

「ルーラさん。仕方ありません。僕たち衛士の武器である法が、今回は上手く使えなかっただけです。衛士としての戦いはここまでですが、衛士でない戦いはこれからです」

 意味がわからずきょとんとする彼女の前で、アバターが彼から降りた。ルーラの足に軽く頬をこすりつけると、そのまま外に出ていく。

「アバター?」

 良いんですかと言いたげに出て行くアバターを指さしながらオレンダを見ると

「任せましょう。人の裁きが無力な以上、猫が裁きます」

 その言葉からはしっかりとした無気力さが感じられた。


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