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『第14話 裏金庫は重かった』/3・土の声

 ラウネ教会。いくつもの標本室の一室でスラッシュとイントルスはリッジー会員と向かい合っていた。

 この世界の8大神のひとつ、ラウネは「知識こそ人が幸せになるための礎」という教えで知識神とも呼ばれている。森羅万象を記録し、そこから学ぶことを己の使命とするような彼らだけに人々は何か知りたいことがあるとここに来る。ラウネ教会に記録がなければどこを探しても無駄とほとんどの人に認識されているぐらいだ。ただ、最近は記録が膨大になりすぎて整理が追いつかないという問題も抱えている。

「大雑把にはなりますが、絞れますよ」

 麻袋の土を前にリッジーが紙の束を閉じた。まだ本になっていない。記録紙を紐で束ねただけのものだ。

 2人は地下水道出口にたまっていた土の成分からもとの場所を特定できないかとここを訪ねていた。

「土というのはその土地の歴史です。土を見ればその土地がどのように生きてきたかがわかります」

 リッジーは顔の作りが柔らかく黙って微笑んでいれば女性と思う人も多い。が、実は30過ぎの男性で結婚もしている。そして知識について語り始めると目つきから口調までまっすぐに変わるのはいかにもラウネの信者らしい。

「ウブは3つの川が流れ込む土地のため、地盤が軟らかく昔は街を作るには適さなかったそうです。しかし300年ほど前に1人の男が人を集め、それぞれの川の上流にある山から土を運び埋め立て、地盤を整え街を作ったんです。その後彼は街をまとめて国としました。その男こそが初代国王アイヌ・ジンギスカンです。

 ですのでウブの土は東西中央でハッキリ特色が別れています。例えば西のカルディナ川に沿った場所では」

「あ、あの」

 スラッシュが彼の言葉を静かに制した。このままでは1時間でも2時間でも一方的にしゃべり続けるだろう。

「土地についてのレクチャ-はまた次の機会にして。今は結果だけ聞かせてください。この土はどの辺りのものでしょうか?」

「あ、はい。そうですね」

 いかにも残念そうであったが、リッジーも気を取り直し

「ウブの中北部と思われます。マナカ川周辺の特徴が強く見られますし、南に行くにつれ他の土と混ざり合いもしますから、北部とみていいでしょう。可能性としては、先日、トゥヴァード号が製粉所に落ちましたよね。その衝撃で付近の下水の壁や天井が崩れ、土が流れ出たのではないでしょうか?」

「それはない」イントルスが「あの後、被害調査のために地上や地下水道に至るまで念入りに調べられた。あそこまで流れるほど多量の排土があれば見つかっているはずだ」

「なるほど、でもそうなると、誰かがあの近辺の地面を掘ってわざわざ土を地下水道まで捨てに行ったことになりますよ」

 そっちの方が考えにくいとばかりにリッジーが肩をすくめた。

「とにかく、何か解りましたら私たちにも連絡をください」

 不自然なことには興味をそそられる。これもラウネの信者によく見られる性質だ。


 ダーダ薬草園。数百種の薬草が栽培されているウブ最大の薬草園である。麻薬、毒草もあるため運営、栽培は厳しく管理され、スタッフは全員薬草師の資格を持っている。

「植物の栽培には土も大切と聞きます。何かヒントがいただければと思いまして」

 スラッシュに言われ、園長のダーダが出された土を指でいじり苦笑い。

「それは考えすぎです。確かに土は大事ですが、神経を尖らせるほど植物はそこまでひ弱ではありませんよ。もちろん限度はありますが。それと……」

 土の感触を指で確かめつつ、人なつっこい笑顔を向け

「この土は深いところにあったものですね。地上といいますか、日が当たるところにしては湿り気がありすぎます」

「ああ、それは水に浸かっていたからだと思います」

「それは失礼」土の匂いを嗅ぎ「でも、やはり地上付近ではないと思います。日に当たる場所ならもっと虫の糞とか分解された枯れ草とかが混ざっているものです。地面の深いところか、長い間、陽が当たらなかった……建物の下とかの土でしょう。推測に過ぎませんが」

「少なくとも地下水道に山となっているものではない」

「確かに。でも、それは考えすぎではありませんか」

「それを調べるのも仕事です。調べた上で大したことはないと結論づけるのと、調べもせずに大したことではないと決めつけるのとでは全く違いますから」

 挨拶をして正面玄関に向かうと

「ギガちゃ~ん」

 ちょうど怪我人の手当てをして見送った女性が声をかけてきた。糸のような細い目は緩やかな山のように曲がり笑顔にも見える。緩く波打つ金髪は肩に掛かり、薄いピンクのカチューシャをつけている。紺のシャツにスカート。その上から白衣を羽織っている。

 イントルスの幼なじみで薬草師のホワン・フワ・フーワだ。彼と同じ26才、独身。彼氏はいないが狙っている男はいる。

「どうしたの~。お仕事~」

 相変わらず聞くだけで力が抜けるような声だ。しかし、これでも彼女は薬草師の国家試験に最年少で合格、当時の市長がわざわざお祝いの言葉を述べに来たほどの実力者だ。

「ああ……それよりホワン、26にもなってそのしゃべり方は止めろ」

「ダメぇ。もう直らないのぉ~」

「そんなんだから嫁のもらい手がないんだ」

 最近女性の進出が目立ち始めたとは言え、この世界はまだまだ男中心の世界。26になって独身というのは女性として問題があるからと見られることも多い。彼の言葉はお節介でも何でもなく、ここでは当然の発想なのだ。

「ギガちゃんだって独り身じゃない。何ならギガちゃんがあたしをお嫁さんにしてくれる?」

「俺はゴーディスの教えを極める使命がある。別の男を捜せ」

「むうっ。ギガちゃんのいけずぅ」

 唇を尖らせる彼女の顔に、スラッシュがお気の毒様と言いたげに苦笑い。

 そこへ治療を終えたばかりらしい男が右肩を包帯で巻かれたま会釈して出て行く。

「お大事にぃ」

 普段通りのふやけた笑顔でホワンが見送り、男が会釈を返す。その姿を見たスラッシュが目を細めた。

「イントルス、裾の土」

 出て行った男の裾にこびりついている土。それは彼らが聞き込んでいるあの土と同じに見えた。

「俺も気がついた。同じに見える」

「後を付ける。ついてきてくれ」

 スラッシュは愛用の弓と矢筒をイントルスに渡すと制服の上を脱ぎ、裏表を逆にする。衛士隊の制服は裏表を逆にするとありふれた人足の作業着になるリバーシブルだ。彼は上を作業着タイプにして袖を通し、軽く頭をかきむしって髪型を崩す。

「使いますぅ」

 ホワンが帽子を差し出した。

「ありがとうございます」

 それを受け取りかぶると、出て行ったばかりの男の後をつけはじめる。

 少し遅れてイントルスが出て行くのにホワンが手を振り

「いってらっしゃぁい」

 男をスラッシュが尾行し、そのスラッシュをイントルスが尾行するという形で、3人は町の中を進み始めた。


「その男。名前はウスハ・ムケレ。5年前に父を亡くして以来1人暮らし。祖父がいたそうですが、50日程前に亡くなりました。決して怠け者ではないんですが、どの仕事も長続きせず、日雇いを続けてお金が出来るとそれがなくなるまで遊び、金がなくなるとまた日雇いにという生活を続けていたそうです。特になくなった祖父は彼を溺愛していて、よく小遣いを渡していたそうです。

 ここ数日、泊まり込みで仕事をしているらしく、家を空け、たまに着替えなどを取りに戻る生活をしています。

 祖父の遺産が入ったのに働いているので、さすがに1人になって危機感を持ったのではというのが近所の声です」

 衛士隊本部第3隊室。皆が集まり報告をし合っている。今はスラッシュが薬草園から尾行した男の報告をしている。

「ただ、その仕事が解りません。以前は近所の人達との会話で簡単に仕事の内容について話していたんですが、今回に限っては言葉を濁すばかりだそうです」

「想像は付くけれどね。どっかの穴掘り」

 クインの言葉は皆を代弁したようなものだった。

「問題はそれがどこかってことだな。クイン達が男達を見失ったという場所付近の地下水道を調べても、それらしい痕跡は見つからない。ムケレを引っ張ってこようにも、今の段階では根拠が弱すぎる。せいぜい地下水道への土砂の不法投棄ではな」

「裾の泥だって『俺もいつ、どこでついたのかわからない』って言われちゃそれまでだからな」

 不穏さは感じるが、それがどの程度なのか解らないのが一同にとって不快だった。とんでもない大事件になるかもしれない反面

「こっそり家に地下室を作りたかっただけなんてオチもありえる」

 のだ。もちろん無許可の地下室作りは違法だが、隊総出で強制捜査に踏み切るには大げさすぎる。今は良いが、何か事件が起こったら後回しにされるような疑惑だ。

「失礼します」

 ノックの後モルス・セルヴェイが書類を手に入ってくる。事務員で簡単な調べ物などしてくれる事務の便利屋的存在だ。

「ウスハ・ムケレについてですが、彼に前科はありません。ただ、ちょっと気になる情報がありましたので報告を」

 メルダーが腰を浮かし

「気になる情報?」

「彼の祖父タティス・ムケレは、32年前、地下水道整備を行ったとき、Jブロックの現場監督です」

「Jブロック」スノーレが「私たちが土を捨てに来た男達を見失った場所の近くです」

 皆の顔つきが険しくなる。

「セルヴェイ。悪いが地下水道の地図と、そこのJブロックに相当する場所の地上部分の地図を持ってきてくれ」

「ここにあります。それと、タティス・ムケレに関する情報も」

 彼は脇に挟んであった2枚の地図と報告書を取り出した。


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