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『第18話 猫殺し』/1・好奇心は猫を殺す

 ウブ中央にあるステータス通りはいわゆる高級住宅街である。ここに居を構えるのはウブでは名士と呼ばれる人達、あるいはその人達と何らかのつながりがある人だ。歴史のあるウブでも特に古くから住んでいる人達ばかりで程度の差こそあれ「今のウブの繁栄は自分たちが作り上げた」と自負している。もっとも「ただふんぞり返って威張っているだけ」という声もある。

 ウブの市議会議マナーステイン・ノーテルの家もここにある。ノーテル家はウブがまだ独立国だった頃から議員を務め、彼は初代から数えて8代目の議員である。ウブの議員の中でもその存在感は大きい。以前カオヤン・ジンギスカンがウブの独立を目指してスターカイン国に戦争を仕掛けようとした際、彼が味方に付けたいと思っていた人物の1人である。

 そんな彼の妻君チルは猫が大好きである。もともとウブには猫が多い。可愛いからではなくネズミ対策としてだ。ウブはスターカインでも地下水道の充実では群を抜いているが、そこに住み着いているネズミたちも多い。それから家を守る番として猫は優秀なのだ。

 今もチルは7匹の猫を飼っており、その中にラッスルという雄の白猫がいた。猫たちの中でも一番若く、生まれて1年と経っていない。生まれてから外に出たことがないが、外というものがあることは知っていた。時折、自分たちに食べ物を持ってくる、後ろ足だけで立つ器用な大きな猫(ラッスルは人間を大きな猫だと思っていた)が扉を開けて外に出ては戻ってくるのに気がついていた。窓から外を見たとき、知らない2本足の猫たちが塀の外を行き来しているのを見たし、中には家に入ってくることもあった。

 ラッスルはちょっと面白くなかった。2本足の猫たちは自由に家から出たり入ったり出来るのに、どうして自分はダメなんだろう。他の猫たちにどうしてダメなのかを聞いたとき、

「外は2本足の猫たちの縄張りだ。勝手に行ったらだめだ」

 と注意された。それなりに納得はしたものの、やはりちょっと面白くなかった。

 そんなある日の夜。2本足の猫たちがちょっとわたわたしているとき、外に通じるドアが開けっぱなしなのに気がついた。その隙間から見える外が刺激する好奇心とチャンスにラッスルは乗った。すばやく扉の隙間を通り抜け外に出た。

 出た途端、家の中とは違う空気を感じた。家の中とは違う草が生えていた。そもそも地面が違う。黒っぽい茶色の床は何だか柔らかく、小さな硬い塊もあちこちに転がっている。所々に「ここを通るのだぞ」とばかりに堅い板が飛び飛びにおかれている。そんなものが必要なんて、掃除が行き届いていないとラッスルは思った。

 知らない空気、知らない床、ちょっぴり怖くはあったが、好奇心の方が上回った。ラッスルは家から遠ざかり、細長い縦の棒がいくつも生えている場所をすり抜けた。途端、足下が変わった。さっきまで所々に敷かれていた堅い板が一面に敷かれている。明らかにここから先は別の場所だと言っているような変化に、外は2本足の猫たちの縄張りだと言われたのを思い出した。

(怒られたら謝ればいいや)

 腹を決めると、ラッスルは2本足の猫たちが何匹も見える方向に歩いて行った。

 ……好奇心は猫を殺す……


   ×   ×   ×


 魔導師連盟ウブ支部。実験用別館の一室で、衛士シェルマ・オレンダは、同じ衛士のスノーレ・ユーキ・ディルマ、ルーラ・レミィ・エルティースの立ち会いの下、熊のぬいぐるみと向かい合っていた。冗談では無く、本当にただのぬいぐるみを前にオレンダは愛用の魔玉の杖をかざして念を込めている。先端の魔玉が柔らかに光るとは対照的に、彼の表情は硬く、このまま窒息するのではと思うほどだ。床に描かれた魔導陣は基本紋様のままで光る気配すら無い。魔導陣は彼の魔導に一切反応していない。

 そんな彼をスノーレは静かに見守っている。彼女の足下では彼の使い魔である虎猫のアバターが退屈そうにあくびをした。

 そんのまま1分近く過ぎた頃、熊のぬいぐるみが微かに震えたように見えた。その震えは少しずつ大きくなり、やがて特定の方向を指すようになる。ぬいぐるみが少しずつ横に滑るように移動しはじめたのだ。

 ルーラが目を輝かせ、スノーレが会心の頷きを見せ、アバターが唖然と口を開けた。

 ぬいぐるみはそのまま滑るように魔導陣の端まで移動し、陣から外れようというところでコテンと倒れた。

 オレンダが大きく息をつき、その場にへたり込む。魔玉の光は消えていた。

「やったじゃない」スノーレが拍手した「魔力による物体束縛とそれを応用した移動。見事な成功よ」

 しかしオレンダは感謝の笑みを浮かべつつも

「動かすまでに1分以上かけた上、数分かけてぬいぐるみを2、3メートル動かすのが精一杯ですから、実用レベルじゃありませんけどね」

 そのまま床にへたり込んだ。

「でも、いったいどうやったんです? 魔力で物を動かすって?」

 ルーラの疑問をオレンダに代わってスノーレが

「簡単に言えば魔力で物をつかむのよ。もともとは束縛魔導っていう魔力で対象を縛り付けて動きを止めるものの応用」

「縛り付けるって?」

「方法は魔導師によって違うわね。魔力を布のようにして対象を包んだり、人間の手のようにして掴んだり。いろいろ試して、自分に一番あった方法を使うのよ」

床に大の字に倒れたオレンダが何とか体を起こし

「僕の場合は、魔力の糸を作り出して、それで対象を縛り付けるんです。あとはそのまま動かせば良い」

「口で言うのは簡単だけど、実際にやるのは難しいわ。ぬいぐるみのような軽くて動かないものですら大変。人間などの動物の動きを止めようなんてどれだけの魔力が必要か。動きを止めることが出来ても、止めたままにするにはずっと魔力を練り続けなければいけない。止めた相手を捕まえる誰かの助けが必要よ。確かに、実用レベルになればすごい強力だけどね」

「今の僕では相手を止めるなんて無理です。せいぜい『何か動きにくいな』と思われる程度ですよ」

 オレンダが隅のテーブルに置いた紫茶を立て続けに飲み干し、息をつく。

「ふぅん」

 抱えたぬいぐるみを見つめていたルーラがふと思いつき

「ちょっとあたしにやってみてください」

 自分を指さし、魔導陣の中央に進む。

「どんな感じか試してみたいです」

 言われて赤くなるオレンダに、スノーレが「やってみたら」と楽しげに笑う。

「そ、それじゃあ」

 とオレンダが改めて魔玉の杖を構える。精神を集中させ魔力を糸状に紡ぎ出しては目の前のルーラに絡ませていく。次第に彼が赤くなっていくのを見てスノーレは思わず苦笑い。

 魔力は力ある精神と言われている。つまり魔力でルーラを縛り付けるということは、心で彼女の体を抱きしめることなのだ。動けなくなるぐらい強く。しかもできるだけ具体的にイメージすることが大事だ。適当な「動けない」イメージでは発動しない。

 魔力の糸をルーラの体に巻き付ける。ただ巻くだけではダメだ、彼女の腕、足、腰、指。巻き付け固めていく。彼女の太股に巻き付け、股間を通し腰に巻き付ける。胸に巻き避けるのも相手の体に合わせる。胸の乳房の部分に巻き付ける時は自然とその場所に目が行く。

(ルーラさん……前より胸が大きくなっている……)

 雑念と戦いながら魔力の糸を巻き付け、それをくっつけ布のようにして強く抱きしめる。が胸やお尻の所になるとどうしても雑念が先に立つ。その様子にスノーレが笑いを堪える。同じ魔導師なだけに、はたからは笑うしか無い彼の苦悩がよくわかる。

「確かに、なんか目に見えない服を1枚、余計に着ている感じですね」ルーラが手足を軽く動かし「シェルマさん。遠慮無く、もっと強くやってください」

「強くって……」

 オレンダがさらに念を込める。自分の魔力でルーラを強く抱きしめる。顔を、胸を、お尻を。いつしかそれは魔力で無く、直接彼女を抱きしめるイメージとなり

「わあっ」

 たまらず顔から火が出そうなほど真っ赤になって倒れた。

「シェルマさん!」

 驚いて駆け寄ってきたルーラに抱き起こされるオレンダの姿にアバターは「情けない」というように顔を背けた。

 ふらつくオレンダを支えるようにルーラとスノーレが部屋から出てくると、ちょうどクインがやってくるところだった。

「手が空いたら来てくれない」

「事件ですか?」

「事件って言ったら事件だけど……猫殺し」

 その言葉に、アバターが顔をあげた。


 ここ100日ほど、ウブでは多くの猫殺しが報告されていた。いずれも鈍器で滅多打ちにされ、死体はひどい状態だった。明らかに人間の手によるものだ。

 殺されたのが猫ということで衛士隊も本気で捜査する気を見せず、とりあえずパトロール中に気を配る程度の扱いだった。しかし、今回の被害猫はウブでも猫好きで知られたノーテル議員の妻チルの飼い猫だった。猫殺しに心を痛めていた彼女は、愛猫が犠牲となったことで

「衛士隊は何をしているのです?! 猫の命も人の命も変わりありません。すぐに犯人を捕まえなさい」

 と激怒。衛士隊に乗り込んできたのだ。

 私たちの世界と違い、物語の舞台であるスターカイン国には動物愛護法のようなものは存在しない。ただし、ペットや家畜は飼い主の財産扱いされる。つまり飼い猫殺しは他人の財産を駄目にしたことになるのだ。他にも牧場で買われている牛や羊、衛士犬なども同様でこれらは保護されるし殺せば罪になる。これまで猫殺しが放置されていのも、被害猫が野良ばかりだったせいもある。

 とはいえ、やはり人間が殺された事件に比べて衛士達に気合いが入らないのは事実である。

「う、うわぁ」

 被害に遭った猫の死体を見て、ルーラたちも思わず顔をしかめた。生きていた頃は可愛らしい白猫だったらしいが、今はぐちゃぐちゃになった肉塊だ。大きさから見て、1歳になるかならないかだろう。

「被害に遭ったのは、報告されているだけで18匹。発見されていない、発見されているが報告されずに処理されたものもいるでしょうから、実際の被害はその数倍でしょう」

 発見した駐在班の衛士もできるだけ死骸を見ないようにして説明している。

「それが1人の、あるいは数人での犯行だったら、そいつら生き物を殺すことに慣れちゃったわね」死体を見据えてクインがつぶやく「猫で留まっているうちに捕まえたいけれど」

「何ですかその言い方。そんなことだから犯人が図に乗るんですわ!」

 チルに迫られ、さしものクインも「すみません」とたじろぐ。

 無残な姿の遺体にアバターが鼻を寄せ、匂いを嗅いでは「痛かったろうな」と言いたげに遺体の頭を撫でていると

「何ですかこの猫。ラッスルちゃんにイタズラしないで!」

 ヒステリックに追い払うようにチルはアバターを遺体から遠ざける。

 現場調査が終わり、愛猫の遺体を引き取ったチルが涙ながらに去って行く姿に

「可愛いペットが死んで悲しいのはわかるけれど、猫殺しじゃどうも力が入らないわ」

「他に事件が起こったら後回しにされそうね」

 今ひとつ本気さが感じられないクインとスノーレの姿を見ていたアバターが、去って行くチルの馬車に視線を移す。、それは何かを決意した目だった。



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