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『第17話 テジナーシから来た男』/6・救いの女神

 護送にやってきた衛士隊を襲い、自分たちがすり替わって堂々とボルケーノを連れ出そうとした訳か。敵は倒せるし仲間は助けられるし、特製の護送馬車まで手に入る。ずいぶん虫のいい計画を立てたものだが、本当にうまくいくと思っていたのか」

「思っていたんでしょうな。この手の計画は、むしろ堂々とやったほうがバレにくいものです。実際、ガイン衛士を討ち漏らしていなかったら、我々は気がつかないまま奴らにボルケーノを渡していたでしょう」

 衛士隊本部。ミコシ総隊長を前に、トップスが事の次第を報告していた。

「そうか? 私はあの二人が偽物だとすぐに見抜いたぞ」

「ならばすぐに言ってほしかったですな」

「お前たちが気がつくかどうか試したのだ」

 堂々と胸を張るミコシに、さすがのトップスもあきれ顔だ。

「で、ボルケーノたちはどうなった。テジナーシへの護送はもう済んだのか?」

「護送する人数が増えましたから、本物のヴェルバー・ガインとスピンさんが魔道士連盟本部に応援を求めました。明後日には到着するそうなので、到着次第引き渡します。今度は間違いありません」

「そうか。お前たちはそれに専念しろ。マスコミたちへの公表は私が行う」

「おまかせします」

 呆れつつトップスは一礼する。どうせマスコミには、連中を捕まえたのは自分の作戦によるものとでも発表するのだろう。

(後で裏付けに来る記者たちへの対応が大変だ)

 矛盾したことを説明したらミコシがむくれるのは目に見えている。


 ボルケーノ一味は東と西の本部に分散され、見張りの人員も増やされた。本部入り口も修復され、通常業務が再開、第3隊の部屋では事後処理を終えた面々がやっと一息ついていた。

「ところで、スノーレはどうしてあいつがヴェルバーの偽物だとわかったの?」

 人数分の紫茶を入れながらクインが聞いた。

「まさか自分が思っていた魔導衛士と違うから偽物だなんて考えたわけじゃないよな」

 笑いながらギメイが言った。彼もそんな理由でだとは本気で思っていない。

「全然ないって言ったら嘘になるな」

 スノーレは新しく購入したばかりの杖の先端に愛用の魔玉を固定しながら答える。魔玉の杖は樫が主流だが、彼女の杖は柿だ。柿も樫に劣らず頑丈な素材で、いざとなれば打撲用の武器になる。色もそれに合わせたわけではないだろうが、柿色に塗られている。

「でも、様々な権限を持つ衛士を、連盟の考えからかけ離れた人にさせるとは思えない」

 固定具合を確認、満足げにうなずくと、杖をテーブルに立てかける。

「確かに。ここだって、衛士に採用するにあたって簡単ながら身元調査をする。連盟のエリートともいえる魔導衛士ならば、なおさらだろう」

 メルダーは続けて

「だが、衛士として経験を積んでいくうちに考えが変わるのはよくあることだ」

「そうだとしても、その変化を上層部が見逃すとは思えません。そもそも魔導師連盟発足の理由のひとつは、魔導がよこしまな目的に使われる力でないことを他の人たちに証明するため、魔導師という存在は危険なものではないと知ってもらうためなんですから」

 力説してから、スノーレはひとつ咳払いをして紫茶を飲んだ。落ち着かないと、話がどんどん本筋からずれていきそうに思えた。

「私が彼に疑問を持ったもう一つの理由は、グランザム……本物のガインさんだったわけですが、彼の戦い方の方がよっぽど私がイメージする魔導衛士の戦い方だったこと。

 私たちが初めて彼と接触したとき、グランザムはガインさんを攻撃する際も手足を狙って急所は狙わなかった。逃げる馬車に攻撃魔導を放とうとしたとき、彼は途中で止めました。馬車が町に入り込んだため、民間人が攻撃魔導の巻き添えになるのを恐れたんです。その後、ルーラに攻撃魔導を使ったときも、彼は彼女に当てようとはせず足下に放ちました。倒すのではなく牽制のために」

「そういえば、偽物は私やルーラが戦っているとも遠慮なく攻撃魔導をぶつけてきたわね。まるで私たちが巻き添えになってもかまわないって感じで」

 車庫での戦いを思い出して、クインが何度もうなずく。

「そして本部を襲ったときも、彼は直接地下牢へ向かわず、馬車を壊すだけ。やってきた衛士達に対しても、魔導剣でサーベルを折るだけで、その体には傷一つつけていない。

 迷っているだけでは何にもならない。だから私はスピン副支部長と相談の上、オレンダさんに別の街の支部に行って、そこの通信魔導陣を使ってテジナーシに問い合わせることにしたんです」

 オレンダがさすがと言うように頷きながら後を継いで

「問い合わせる必要もなかったです。行った街というのが、護送隊がウブに来る前に休憩していたんです。ヴェルバー・ガインについて聞いたら彼らの言う人相、ウブにいる衛士じゃない。むしろ襲ってきたグランザムという男の方がピッタリだった。それで慌てて戻ってきたら……」

 ちらと隅で紫茶を飲みつつ話を聞いていたガインを見た。彼はしょうもないと言いたげに

「君はもう少し飛行魔導を練習した方が良い」

 言われたオレンダが肩をすくめた。

 彼に代わってスノーレが話を受け継ぐ。

「ガインさんの言う『隙を見せたら逆にやられる。見つけ次第、一言も発する隙を与えず息の根を止めるべき』ほどの凶悪な相手とは到底思えない。ああ言ったのは、私たちと彼が接触し、言葉を交わすことを恐れたからです。衛士隊を利用して彼を始末しようとしたんです」

「馬車を壊したのは時間を稼ぐためです」

「私が直接こちらに出向いて、今、本部にいる2人の魔導衛士は偽物だ。私が本物のヴェルバー・ガインだ。と言えれば簡単なんですが、奇襲を受けて身分証明書もろとも荷物を失い、こちらには知り合いもいない。対する奴は偽の証明書もあり、しかもこちらと遭遇したときの状況が悪すぎた。どう見ても私は衛士の馬車を必死になって襲っている盗賊としか見えませんでしたからね。

 それに奴らは勘が鋭い。自分たちが偽物と疑われていると気がついたら、実力行使に出かねない。取り押さえることが出来ても、こちらの衛士隊にかなりの被害が出ることは予想できる。

 それでも時間を稼げば奴の言動に疑問を抱く衛士がでるかもしれない。うまく自分が本物だと伝えられるチャンスができるかもしれない。少なくとも、時間稼ぎは私にとってメリットの方が多い。そこで思い切って護送馬車を壊すことにしたんです。

 そして修理の間に密かに支部の通信魔導が使えないかと潜り込んだんですが、通信魔導陣を破壊された直後。その上、その犯人が私になってしまった。さすがにあれはまいった。知り合いのいる別の町に行ってテジナーシと連絡を取ることも考えましたが、その間に奴がうまいことを言ってボルケーノを牢から連れ出すことも考えられるのでここから目を離すわけにはいかない。

 そんな状況でしたから、あの夜のあなたは私にとって救いの女神でしたよ」

 ガインの素直な褒め言葉にスノーレも珍しく照れくさそうに頬を染めた。


 3日後、ウブに到着した本物の魔導師連盟直属衛士たちとともにボルケーノの護送を行うガインは、こっそりとスノーレを物陰に呼び寄せ

「ディルマさん。今回の件で私たちは10人近い仲間を失いました。新たな仲間が必要です」

 彼は真剣なまなざしを彼女に向け

「ウブの衛士ではなく、テジナーシの衛士になる気はありませんか? お約束はできませんが、推薦はできます」

 一瞬驚くそぶりを見せた彼女だが、すぐに申し訳なさそうな笑みを見せ

「ガインさん。衛士として働いてはいますが、私自身は、自分を魔導の研究者だと思っています。私にとって衛士は副業なんです」

 自分の着ている制服をつまみ

「もちろんこうしているときは、衛士としての役目を最優先します。しかし、生活のすべてを衛士にする気はありません」

「そうですか……」

「失望しました?」

 ガインはゆっくり首を横に振り

「私はテジナーシ、魔導師連盟総本山の衛士です。魔導師にとって、取り組む研究がどれほど重いものかはわかっているつもりです」

「ごめんなさい」

 頭を下げようとするのを止めるように、彼は彼女の肩を押さえ

「でも、あなたはきっといつかテジナーシに来ると信じますよ。衛士としてではなく、魔導の研究家、魔導博士としてね」

 静かだが力強い言葉を残してガインは仲間達と共にウブを後にした。


(終わり)

 今後、ウブで起こる魔導関係の大きなイベントでちょくちょく登場させるつもりのヴェルバー・ガイン登場編。彼とグランザムの使う魔導剣、ゲーム風に言えば「誰か一人の攻撃力を上げる魔導」でしょうか。1話と14話ではクインと対峙、名乗る前に不幸な事故に見舞われる剣士がこれを使っています。展開上間抜けに見える彼ですが、なかなかの実力者なんです。レベル・ステータス・スキル全てが高い中、ラックだけが異常に低いだけで。

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