『第17話 テジナーシから来た男』/5・魔導剣士対魔導剣士
翌朝。車庫では職人達が疲れた顔の汗を拭っていた。しかしその表情に疲労感はなく、むしろやり遂げた満足感がある。
彼らの目の前には修理を終えた馬車があった。とても突貫修理とは思えないほどで、新品の馬車と言われても信じる人がいるかも知れない。
ガインとフォーミュラーもそれを見て感嘆の声をあげた。
「すごい。お見事としか言いようがありません」
職人達の手を取り感謝の言葉を述べると脇に控えていたメルダーに
「これならすぐに出発できます。すぐにボルケーノを連れてきてください」
「そんなに焦らなくても。今日にも応援が来るのでしょう。その人達が来てからでも遅くはありません」
一瞬返事に詰まったガインだが
「わかりました。応援に連絡してすぐ来るよう伝えます」
彼の言葉通り、それから小一時間後には衛士達本部に10人近い男が集まってきた。皆が魔導師らしく魔玉の杖や魔導剣を手にしている。
「ご苦労様です」
衛士隊本部玄関ロビーでガインとフォーミュラーが出迎える。脇にはトップスとメルダーが控えていた。
まだ業務開始前の時間なのでロビーに一般人の姿はなく、セルヴェイをはじめとする職員数名が仕事の準備を始めているのが見えるだけだ。
ガイン達は改めて控えているトップス達に向き直り
「短い間ですがお世話になりました。すぐにボルケーノを護送します。地下牢への立ち入り許可をお願いします」
「その必要はない」
トップスが言い放つ。その強い口調には同胞に対する敬意はない。
「衛士隊も随分舐められたものだ。いくら初対面ばかりとはいえ、こんな入れ替わりが通じると思われたんだからな」
廊下の陰から、受付の棚から武装した衛士達が次々姿を見せた。第3隊の面々はもちろん、応援としてやってきた他の隊の者達もいる。
「魔導師連盟直属衛士隊……に見せかけたボルケーノ一味残党。奴と一緒に監獄行きだ!」
「な、何を血迷ったことを」
「血迷ったのはお前達だ」
廊下の隅からスノーレを伴ってあの銀髪の魔導剣士が姿を見せた。
「お前は?!」
「ご存じですよね。本物のヴェルバー・ガイン衛士です」
今までグランザムと思われていた銀髪の魔導剣士・本物のヴェルバー・ガインが剣を抜いた。魔玉が光り、刀身が魔力の淡い光りを帯びる。
「グランザム。私のふりをして随分好き勝手してくれたな」
得物を構えた衛士達がガイン……いや、グランザムと衛士のふりをしたボルケーノ一味に詰め寄る。
「どうする。地下のボスを助けて逃げるか?」
フォーミュラーがつぶやくのに、グランザムは小さく首を横に振る。地下牢に行っても、おそらくボルケーノをは別の場所に移されているだろう。となれば
「逃げろ!」
叫びと同時に一味の魔玉が同時に光り出した。
発動前につぶせとばかりに衛士達が一斉に襲いかかる。が、一味が発動したのは攻撃魔導ではない。飛行魔導だ。
一味が弾かれるように扉が開かれた正面玄関に飛ぶ。このまま一気に外に出、そのまま逃げるつもりだ。
だが飛行魔導の発動に一瞬遅れて、玄関前の大地がルーラの願いを受けて壁のようにせり上がる。
全速力で勢いのついた一味は止まらない。そのまま次々と大地の壁に激突、床に転がっていく。が、グランザムだけは激突寸前に体勢を変え、大地の壁に足をつけそのまま上昇、大空へと逃げる。
「逃がすか!」
ヴェルバーがそれを追う。
大地の壁に激突したフォーミュラーたちに衛士たちが駆けつけ、魔玉の杖や魔導剣を蹴り飛ばしていく。魔導を使えなくすれば彼らの戦闘力は半減する。何人かが魔玉を跳ばされ押さえつけられるが、数人は素早く立ち上がり応戦する。
「往生際が悪いわよ!」
クインがサーベルを構え
「スノーレ!」
「やっぱりやるの?!」
「当然!」
スノーレが魔導を発動、クインの構えたサーベルに魔力を付加する。
「魔導剣には魔導剣よ」
魔力を帯びて刀身の光るサーベルが構えた……途端、刀身がボロボロになって崩れた。思わずクインの目が点になる。
「だから言ったでしょ! 専用の剣でなきゃダメだって」
サーベルを失ったクインに一味の剣士達が斬りかかるところを、ギメイが横から彼らを蹴り飛ばすと「ほら」と予備のサーベルを彼女に渡す。
「ありがとう」
「俺のいい男レベルが上がったか?」
「まだまだ」
襲いかかる剣士達を2人が迎え撃つ。
魔導剣の使い手が衛士を防いでいる間に、下がったものが攻撃魔導を発動させる。
正面玄関に無数の爆炎魔導が発動、敵味方関係なく巻き込んでいく。
「こんのーっ!」
爆炎の中から火の粉を纏い、制服や髪を漕がしたクインとギメイが跳びだしてくると、その勢いに一瞬ひるんだ敵の剣士たちを打ち倒す!
せり出した大地が引っ込むと、その向こうから精霊の槍を手にしたルーラが攻撃に参加する。背後から攻められた形の一味はとっさに対応できず。1人が槍で足を払われ転倒、手にした魔玉の杖を蹴り飛ばされた。
ひるんだフォーミュラーをクインが峰打ちで打ち倒す。
「馬鹿野郎、てめえら何やってる?!」
そこへ、地下への階段から手枷をはめられたままのボルケーノが駆け上がってきた。顔に痣があり、鼻血を流しているのを見ると、見張っていた衛士を倒してここまで逃げてきたらしい。足はまだ完全に治っていないため動きはぎこちないが、目はらんらんと光っている。
「馬鹿者!」
トップスの怒号に、慌てて駆け上がってきた見張りの衛士が「すみません!」と肩をすくめた。
「ボス!」
一味の1人が自分が持っていた魔玉の杖を投げた。ボルケーノをはそれを受け取り、とっさに飛行魔導を発動、乱戦の中、天井ギリギリを飛ぶ形で外に逃げる。
「ルーラ、追え! 絶対逃がすな」
トップスの叫びに応えるようにルーラが飛ぶ! アバターが飛び乗ったオレンダがその後に続く。
風の精霊を纏ってルーラが飛ぶ。そのスピードは生半可な飛行魔導を遙かに凌ぎ、ボルケーノをたちまち追い抜く。
「この前の精霊使いか」
1度勝った余裕からボルケーノの顔に笑みが浮かび、ルーラに突っ込んでいく。前のように彼女を捕まえて直接攻撃魔導を打ち込むつもりだ。
ルーラもそれはわかっているだけに大きく躱すが、その動きは飛行魔導に比べて大雑把。ボルケーノの細かで適切な動きに少しずつ間合いを縮められていく。
(何か良い方法ないかな。向こうの動きを邪魔するような……そうだ!)
ルーラの新たなお願いが風の精霊に届く。
横殴りの突風がボルケーノを襲う。
「これしきの風で」
少し体をずらし風の通り道から逃れようとする彼を、今度は上昇気流が襲った。と思えば向かい風、横殴り、すさまじい吹き下ろしに追い風。彼を囲むように強烈な乱気流が発生、彼の体をお手玉のように弄ぶ。
「動きが定まらねえ!?」
ルーラに飛びかかろうにも自分の位置が変わり続けるためタイミングと方向が定まらない。
ならばとボルケーノが町中に向かう。
朝の繁華街に入った彼を乱気流が包む。壁の激突だけは防ごうと飛行魔導を制御する彼を中心に吹き荒れる風が、仕事の準備をしている人達を巻き上げる。人だけでなく店先に並べていた商品やテントも吹き飛ばし、めちゃくちゃにしていく。
「あ!」
その様子にさすがに不味いとルーラが乱気流を止めると、今だとばかりにボルケーノは壁に沿って上昇する。が、それめがけてオレンダが突っ込み激突する。
勢いで壁に叩きつけられたボルケーノがオレンダにしがみつかれたまま真下の出店に落下する。テントが潰れ商品が飛び散った。
下のオレンダがクッションになったおかげでボルケーノのダメージはそれほどでも無い。痛みで立ち上がれないオレンダを踏みつけ飛行魔導を発動し直そうとする彼の腕にアバターが飛び乗り猫パンチ! 使い魔であるアバターの身体能力は魔力の影響で並の猫を遥かに凌駕する。その猫パンチはボクシングのスーパーヘビー級並だ。たまらずボルケーノは魔玉の杖を取りこぼし転倒する。
それでもなお起き上がろうとするボルケーノめがけて、ルーラが両足を前に突き出す形で飛んでくる。風の精霊に乗っているからこそ出来る姿勢だ。
ふらついているボルケーノは避けられない。ルーラ必殺の精霊キックをもろに受け、文字通り吹っ飛び壁に激突、地面に突っ伏した。
「シェルマさん。大丈夫ですか?!」
痛みで起き上がれないオレンダを起こす。
「大丈夫です」
その横では白目を剥いて倒れているボルケーノの顔を「もう動けないよな」と確認するようにアバターが突っついていた。
オレンダに肩を貸して立ち上がるルーラに
「ちょっと衛士さん」
繁華街の店主達がむくれ顔で立ち並び。
「これの弁償はしてくれるんだろうね」
指さす先には、風の精霊とボルケーノたちの落下でめちゃくちゃになった店と商品が散らばっていた。
空中で二振りの魔導剣が激突する。
ガインとグランザムが飛行魔導で飛びながら魔導剣を打ち合う。その度に刀身に帯びた魔力の光りが少しずつ飛び散り薄くなっていく。
2人は相手の動きを見ては屋根に降り、刀身に魔力を付加し直し斬りかかる。それの繰り返しだ。2人ともここだというタイミングを計りかねている。
別の屋根に降りているスノーレも援護をし倦ねていた。2人がめまぐるしく動いているため、攻撃魔導を放とうにも目標が定まらない。
戦うグランザムが視界の端にそんな彼女を捕らえた。弱くなった刀身の魔力を補充するため2人が大きく間合いを外す。ガインが魔力を蒸かし直そうとする隙に、グランザムが飛行魔導で一気にスノーレのそばまで間合いを詰めた。
とっさに魔玉の杖で防御しようとするスノーレだが、彼の魔導剣の一振りが杖を真っ二つにした。そのままグランザムは彼女の背後に回ると左手で首を締め上げ、魔導剣を彼女の頬に当てる。剣に付加した魔力が消えむき出しの刀身が現れた。
「しばらく人質になってもらうぜ」
グランザムが言うのと同時にスノーレは両腕を後ろに回し、彼の両脇を杖の切り口で思いっきり突く! 不自然な姿勢ではあるが、斜めに切られた杖の切り口は槍のように尖っている。しかも今は夏で相手が着ているのも薄着だ。深手にはならなかったが切り口が服を破り皮を破り肉に食い込み血を吹き出させた。
痛みで締め付ける腕の力が緩んだ途端、スノーレはしゃがむようにして腕から抜け出し離れた。
その間にガインが一気に間合いを詰めてくる。その手にある剣は既に魔力が消散し、普通の剣に戻っている。
いつものようにスノーレが杖の魔玉に指を当てひっぱると、魔玉から矢のように線状の魔力が伸びてくる。
「一線・魔付加!」
指を離すと、パチンコのようにその魔力が撃ち出される!
それは駆けるガインの持つ剣に命中、刀身に絡みついて即席の魔導剣と化す。彼はそのまま渾身の一撃をグランザムに振り下ろした!。
痛みに堪え剣でグランザムがそれを受けるが、魔力の付加していない剣は受けきれず真っ二つにされ、そのまま胸を袈裟懸けに斬られる!
胸と両脇腹から血を吹き出しながらグランザムはゆっくりと倒れた。
「あなたの言ったことで1つ正しいことがあったわね」
スノーレは肩で息をしながら倒れたグランザムに歩み寄り、膝を突く。震えながら彼女を見上げる彼の目は既に死を覚悟していた。
「グランザムという男は見つけ次第、隙を与えず息の根を止めるべきって……」
切られて半分になった魔玉の杖を彼の傷にかざし
「でも、私たちは相手をできるだけ傷つけずに捕らえるのが原則なの」
意識を集中させると魔玉が光り始める。
彼女が発動させた魔導が何かを知り、グランザムが目を見開いた。
「治癒魔導」
ガインがつぶやいた。彼女が発動させたのは、まさしくグランザムの傷を癒すための治癒魔導だった。
「あなたも魔導師なら知っているはずよね」スノーレはグランザムの顔をのぞき込むようにして「治癒魔導の影響下にある人は、身体能力のほとんどを治癒に向けるため、治癒以外の働きをできるだけ抑えるため、半強制的に眠りにつく」
グランザムが何か言おうとするが言葉にならず、強烈な眠気に襲われる。抵抗むなしく彼の目は閉じられ、全身から力が抜けていく。
「次に目覚めるとき、体の傷はほとんど癒えている……そして、あなたは牢の中」
完全にグランザムが眠りについたのを確かめると、スノーレが持つ魔玉の光が消えた。大きく、ゆっくりと扇ぐように息をつく。
そんな彼女をガインは静かに、憧れるような目で見つめた。その手の魔導剣から彼女が付加した魔力が消失する。
自分を見つめる彼の視線に気がついたスノーレが
「ガインさん、あなたも私が甘っちょろいと思いますか?」
「いえ」
彼は首を横に振ると、いきなり彼女を抱きしめた。
「あなたは素晴らしい魔導衛士です」
返事の代わりにスノーレは静かに彼に抱かれたまま微笑んだ。
そこへ
「ここよここ。スノーレ達が下りたところ」
屋根に上がる小さな扉が開きクインが顔を出した。
が、倒れているグランザムの横でガインに抱きしめられているスノーレを見ると、静かに首を引っ込め
「……1分したらまた開けるから」
と扉を閉めた。
「クイン、誤解! そうじゃない!」
慌ててスノーレが叫んだ。
住宅街の一角にあるアパート。割と良い部類に入るここの3階の一室で、ラムダスが着替えの現金、金目のものを片っ端からケースに詰め込んでいた。
荷物で膨らんだケースを手に廊下に出たところ。
「どちらへ?」
待ち構えていたように廊下の隅からスピンが声をかけた。彼の横には衛士が2人。ラムダスを挟んだ反対側には第2隊長のユーバリが部下と共に立っている。
「お急ぎのようですが、予定はキャンセルしていただきます」
ユーバリが獲物を捕まえた目で睨み付ける。
怯える目のラムダスの背中にスピンが
「実は先日、支部の通信魔導を使えなくしたと思われる男、実は魔導師連盟の衛士だとわかりまして。何とか通信魔導陣を使えないかと駄目元で支部に忍び込んだらしいんです。
そんな彼が通信魔導陣を駄目にするはずがない。となると、あれをしたのはいったい誰なんでしょうかね。あなたは彼が通信魔導陣を駄目にしているところを見たんですね」
ラムダスの顔がみるみる青ざめていく。両側から衛士が2人、彼の両腕をがっしと掴む。
「言っておくが、我々が魔導を発動させる隙を君に与えるとは思わないことだ」
ユーバリに睨まれ、ラムダスはスーツを手にしたままその場にへたり込んだ。




