『第17話 テジナーシから来た男』/4・深夜の対峙
衛士隊本部地下牢。その入り口では担当衛士2人が緊張した顔で鉄格子越しに奥に並ぶ牢を見張っている。見張りと言っても、普段はいっているのは暴れる酔っ払いぐらい。そのため本を読んだりゲームをしたりで退屈を紛らわすことが多いが、さすがに今夜は緊張を隠せない。ボルケーノの仲間達が彼を取り戻すべく侵入してくる可能性があるからだ。その時は間違いなく問答無用で自分たちを殺しにかかるだろう。嫌でも緊張した。
「様子はどうですか?」
ガインが階段を下りてくる。心配なのか、ほぼ1時間ごとに様子を見にくる。
「変わりありません。おとなしく寝ていますよ」
呆れたように階段をクインが下りてきて
「あーっ、またここに来ている。今は私たちに任せて、ガインさん達はゆっくり体を休めてください」
無理やりガインの手を取り、上へと連れて行く。その様子に見張り達は
「ボルケーノの様子を見に来ると言うより、彼女から逃げたかったんじゃないのか」
「違いない」
そろって笑う。いい男を見つけたときのクインのストーカーかとも思うようなしつこさは衛士隊では有名だ。
1階に上がった2人をフォーミュラーが出迎えた。
「ガイン。仲間から明日中にはこちらに到着すると連絡があった」
「そうか、到着したらすぐに出発だ」
意気込むガインにクインが
「でも、それまでに馬車の修理が間に合うかどうか」
「間に合わなければこちらの馬車を借ります。奴らが仲間を集める前に出発しないと」
「でしたらこちらも、衛士隊を総動員して護衛します。狙う奴らが諦めるぐらいの人数揃えて」
ぐいぐい押してくる彼女にさすがにガイン達もたじろぎ
「そ、それは結構です。ここの仕事にも影響するでしょうし、向こうの目を誤魔化しての出発ならば、目立つのは逆効果です」
そこへギメイがやってきて「シフトの打合せだ」とクインを引っ張っていく。
2人の姿が見えなくなって、ようやくガインとフォーミュラーが息をついた。
「何なんだここの衛士達は?」
「馬車さえ壊されなければ、さっさと出発できていたのに」
疲れた顔で2人は汗を拭った。
この日の夜は雲が厚かった。星明かりもなく、外灯の光と人のいる部屋に点いたランプの明かりだけ。
本部奥の車庫では光の精霊がもたらす灯りの中、数人の馬車職人たちが壊された馬車の修理を行っている。彼らはウブでも腕の良い職人達だが、突然の呼び出しの上、ものは魔導師護送用の特別仕様。さすがにちゃちゃっと直すわけにはいかない。
「車軸の部品があってよかった」
「車軸なんて寸法が合えば良いんじゃないんですか?」
「この馬車は、構成しているひとつひとつの部品が互いに影響し合って大きな対魔処理を完成させています。寸法が合えば何だってかまわないというものじゃないんですよ」
職人が車軸を交換するのを見ながらルーラの疑問にスピンが答える。
「それにしてもそのグランザムという男、この対魔導馬車についてもいくらか知識があるようですね。少ない破壊で対魔能力を大きく落とす壊し方をしている。すぐに部品を調達出来たことは彼にとって誤算でしょう。それでも、修理を終えるのは明日の朝でしょうね」
「だと良いです。光の精霊も2日続けては嫌がりますから」
精霊の光の大きな特徴は、ランプのような光源によるものではなく、空間自体が明るくなるため影が出来ないことだ。そのため手元が暗くて作業しづらいということがない。しかし、影のない視界は慣れるまで時間がかかるし目も疲れる。現に作業員達は時折手を休めては目元をマッサージしている。
馬車の修理が進む中、その光を近くの建物の一室から見下ろしている男がいた。そこは誰も使っていない部屋で普段は鍵がかかっている。男はそれを壊し、明かりもつけずに、微かに開けた窓からこの世界ではまだ珍しい望遠鏡で車庫の明かりを覗いている。夏のせいで窓が少し開いているので、そこからルーラとスピンが馬車の前で何か話しているのが見える。もちろんその内容までは聞こえないが。
この男、先ほどスピンたちの話題に上ったグランザムと呼ばれている男だ。
じっと望遠鏡で車庫の様子を見ながらパンとチーズ、冷めた紫茶の入ったピンを交互に口に運んでいる。ほとんど休んでいないのか、その目や表情には先ほど馬車を破壊したときや魔導師連盟の支部でスピンと交えた時に比べ疲労が見られた。
突然、男は望遠鏡から目を離し剣を取った。
扉が勢いよく開き、イントルスとスラッシュが獲物を手に駆け込んでくる。弓を構えたスラッシュを扉付近に残し、メイスを構えたイントルスが突撃してくる。
男は窓から外に飛び出す。同時に飛行魔導を発動。魔導剣の魔玉が光ると同時に彼の身体が上空に舞い上がる。
スラッシュの矢も届かないところまで高度を上げたところで、待ち受けていたスノーレが飛んできた。
軌道を変えるグランザム。追うスノーレ。
雲で星が遮られ、真っ暗の空を2人の魔玉の光が追いつ追われつ交差する。
「くっ……追い払えない?!」
グランザムが舌打ちする。スノーレを翻弄しようと様々な飛び方をする彼だが、彼女はピッタリと食いついてくる。ウブの衛士隊所属魔導師の中でも飛行魔導にかけては№1と呼ばれるのは伊達ではない。
スノーレの体が弾けるように飛んだ! 飛ぶと言うより強い力で打ち飛ばされたように、バランスを取りながらスノーレが魔玉の杖をグランザムに向けた。魔玉が光り、彼女はその光りをつまんで矢のように引き延ばす。
「拡散魔導炎!」
指を離すと魔力の矢が真っ直ぐグランザムめがけて飛んでいく。彼が軌道を変えようとする直前、魔力の矢は弾けるように八方に広がり、炎の網となって彼を包み込もうとする。
グランザムは険しい目で網の中央に突っ込んだ! この魔導炎の網。見た目は派手だがとっさに放ったもので熱量はあまりないとの判断だ。その読み通り、炎の網を突き破った彼の体にほとんどダメージはない。しかし、突破の際に奪われた視界が彼の敗因となった。
スノーレの姿を探そうと体の向きを変える彼めがけてオレンダが飛んできた。オレンダは飛行魔導が得意ではない。彼の飛行は飛ぶと言うより「魔力で自分の体を思いっきりぶん投げる!」というやり方だ。それだけに勢いはあるがとっさの対応が出来ない。方向転換するにも一苦労だ。もっともこのやり方、ぶん投げた後、しばらくは勢いだけで飛ぶため飛行魔導を止めて別の魔導を使えるという利点がある。さきほどスノーレが使ったのもこのやり方だ。
オレンダの体が勢いよくグランザムに激突した! そのまま2人は地面めがけて落ちていく。その先は魔導師連盟ウブ支部建物の横にある藁の山だ。オレンダのように飛行魔導がへたな魔導師はこの山に突っ込む形で着地する。オレンダも元々ここに突っ込むために飛んできたのであり、グランザムとぶつかったのは単なる偶然だ。
2人に突っ込まれた藁の山が崩れ、藁屑が宙に舞う。
駆け寄るスピンと、山の前に着地したスノーレが油断なく杖を構える。
「いたたたた。何かぶつかった」
顔をしかめながらオレンダが這い出てきた。目の前にいる2人に気がつくと笑顔になり
「確認しました。2人の読み通りです」
立ち上がろうとして何か踏んづけたのに気がつき、視線を下ろす。
藁山に埋もれたグランザムが、オレンダに踏んづけられて苦悶の表情を浮かべていた。




