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『第17話 テジナーシから来た男』/3・足止め

 戦いは本部裏の駐車場で起きていた。あの銀髪の剣士・グランザムが数人の衛士を相手に剣を交えている。

「相手は1人だ。ひるむな!」

 雪崩を打つように突撃してくる。グランザムが剣の柄に埋め込まれた魔玉に手をやると、魔玉が輝き、その光が刀身に伝わっていく。魔導剣。魔力を刀身に帯びさせその威力を増幅させる。簡単ではないがわかりやすく、剣を学ぶ魔導師でこれを会得する者は何人もいる。

 グランザムが魔導剣を振るう度に衛士達のサーベルが真っ二つに折られていく。折られた衛士は下がりながらそれを投げつけ、石を投げつけ他の衛士を援護する。近づいたら空拳で対応しようと身構え、包囲する。

 続いて挑むクインが魔導剣を受け流すと舌打ちする。受けた彼女のサーベルが刃こぼれしている。まともに受けたら他の衛士同様サーベルを折られていただろう。

 身構えるクインを無視して、グランザムはガイン達が載ってきた馬車に向かう。走りながら魔導剣の力を増幅、渾身の力で振り下ろすと馬車の後輪の内側、車軸を両断する。続いて前輪の車軸も同じように両断、片側の車輪を失った馬車が横転する。

 そのまま届く高さになった屋根の飾りを両断する。飾りに埋め込められた魔玉が砕けてこぼれ落ちた。

「こいつ!」

 クインが斬りかかるのをグランザムはことごとく受け流す。

(強い。魔導抜きでもかなりの腕だわ)

 唾を飲み込み、クインは剣を構えると口を閉ざす。普段の彼女が嘘のように目や構えが静かになる。彼女が本気になったのだ。

 そこへ駆けつけてきたガインが爆炎魔導を発動させる。ちょうどクインが大きく間合いを外したところへ、グランザムを強大な爆炎が包み込む。その大きさにクインも巻き込まれ

「あちちちちちち」

 彼女が制服に移った火を慌てて消す中、爆炎を中から突き飛ばすようにしてグランザムが飛びだし、そのまま夜空に消えていった。

「逃がしたか!」

 悔しがるガインの背中にスノーレが戸惑いの表情を向けていた。

「馬車は?」

「車軸がやられています。耐攻撃魔導の障壁を作る魔玉も壊されました」

 倒れた馬車を調べていた衛士の魔導師達が肩をすくめる。

「この車軸はアークド銀を埋め込んでいるから、いくら魔導剣でも簡単には切れないはずだぞ」

「しかし、現にこの通り」

 その言葉通り、中心に鮮やかな銀が埋め込まれた車軸は綺麗に切断されている。力だけではとてもこんな斬り方は出来ない。

「奴を甘く見るな。魔導師連盟でも知られた使い手だ」

 ガインは自分のサーベルの刀身に魔力を帯びさせ

「だが、魔導剣なら私も負けていない。次に会ったときは必ず仕留める」

 大きく振るう魔導剣に、近くの衛士達が慌てて退いた。


「代わりの馬車は無いのか? 衛士隊には予備の馬車が何台かあるはずだ」

 報告を受けたミコシの苛立ちに、トップスは生憎とばかりに首を横に振る。

「壊されたのはボルケーノを護送するため、奴の仲間の襲撃を想定した上の特別仕様です。うちの馬車に代わりは勤まりません」

「修理は出来るのか?」

 横に控えているスピンに聞くと

「今、在庫を調べさせています。もっとも、部品があっても修理と調整に丸1日はかかるでしょうね」

「そうか、急げよ。地下牢の見張りも増やせ。直るまでに襲撃されて奴を連れ出されたりしたら責任問題だ」

「すぐには来ないと思いますよ」

 ミコシと逆にスピンは落ち着いて

「グランザムとか言う奴がまず馬車を使えなくしたのも、仲間が集まる時間を作るためでしょうから」

「しかしそれは私たちも応援を呼ぶ時間を作れるということです」

 ガインとフォーミュラーが自分に言い聞かせるように頷く。

「応援の手配は私たちでします。こちらの衛士隊には、馬車の修理をお願いします」

 話がすみ部屋を出る一同に

「お疲れでしょう。お休みになりますか、それとも何か食べますか? ここの食堂、結構美味しいですよ」

「のんきに休んでいる時間があればな」

「向こうの襲撃に備えるためにも休むべきです。それとも、そんなに私たちが頼りないですか」

 詰め寄るクインにガインは

「そうだな。ならば食事と休みをもらおう。フォーミュラー、連絡はまかせた」

「わかった」

 相変わらず彼の返事は短い。

「魔導師用の緊急連絡なら、支部のを使ってください」

「いや、我々の通信手段を使う」

「ありがたいが、知っての通り魔導師連盟の中にも奴の仲間がいる可能性が高い。できるだけ我々の手持ちでやりたい」

「わかりました」

 仕方がないとはかりに肩をすくめるスピンを置いて、ガイン達は食堂に向かう。その後ろをクインがうきうきとついて行く。


 衛士隊本部の食堂は、仕事の性質上24時間営業である。ただし、やはり夜間は料理人もメニューも減ってしまう。

 しかしガインもフォーミュラーもそんなことは気にせず、料理を次々頼んでは片っ端から腹に入れていく。彼らはウブに来てから何も食べていないのだ。ルーラたちも今夜は夜通しで見張りだ。今のうちにと一緒に食事を取ることにした。

 食事にはしっかりガインの隣にクインが座る。

「グランザムと言いましたか、あいつの魔導剣は確かにすごそうでしたけれど、ガインさんの魔導剣もすごいんでしょう?」

 やはり剣士としてクインは魔導剣に興味があるらしい。

「もちろんですよ。仕事柄、相手も魔導に精通している奴らが多いですが、私の魔導剣に対抗できる奴はほとんどいません。ただ、あのグランザムはその数少ない奴の1人。みなさんは出来れば相手を生かして捕らえたいと考えるでしょうが、あいつに対してその考えは捨てなさい。隙を見せたら逆にやられる。見つけ次第、一言も発する隙を与えず息の根を止めるべきです」

 先ほどの戦いを思い出す。クインが真面目な顔で頷いた。

 食事の後の紫茶を味わいながらガインが話している。話すのはもっぱらガインで、フォーミュラーはほとんど話さない。無口と言うより、ガインが彼のセリフを奪っている感じだ。

「それはわかります。一撃で決めないと、こっちのサーベルが持ちません」

 クインがサーベルを抜いてみせる。先ほどの戦いで生まれた無数の刃こぼれ。あと2、3度打ち合えば折れてしまうだろう。

「こっちも魔導剣が出来ればいいんですけれど。スノーレ、あんたの魔導を私の剣につけられない?」

 問われたスノーレは困ったように

「攻撃魔導をサーベルに帯びさせること自体は出来ると思うけれど、ほんの短い時間しか持たないし、そもそもサーベルが持たないわ」

「その通りです。私のような魔導剣使いは専用の剣を持っています。剣の芯としてアークド銀を使っているんです」

 アークド銀。希少な銀として知られるが、1番の特徴は魔導の乗りが良いことだ。これを剣に埋め込むことで、付加した魔導の持続時間、定着度、威力が段違いになる。ただ量が少なく、精製時に強烈な毒素を出すため精製には連盟の許可が必要だ。かつてアークド銀の鉱石が取れた村はそれで死の村と化してしまったほどなのだ。

「そっか。衛士隊の備品でないかな? 後で聞いてみよう」

 浮かれるクインとは逆にスノーレの表情は気が乗らない風だ。

「あまりやりたくなさそうだな」

 それに気がついたトップスが言うと、

「正直、魔導剣への協力は出来れば避けたいです。もちろん状況によってはそうもいかないでしょうが」

「どうしてよ?」

 クインの問いにスノーレは視線をガインに向け

「魔導師連盟は直接的な攻撃魔導を禁止しているのはご存じですよね。魔導剣も原則として使用は禁じられています」

「もちろんだ。だが世の中、そんな綺麗事が通じるはずもないのは衛士である以上わかっているはずだ。だからこそ私のような使い手がいる。君だって衛士として働く中、一度も攻撃魔導を使ったことがないなどとは言わせんぞ」

「そんなことは言いません。事実何度も使ってきました」

 声が小さくなるスノーレに変わってルーラが前に出た。

「でも。スノーレさんの攻撃魔導は直接相手にぶつけることはほとんどありません。相手のそばにぶつけて威嚇するぐらいです。あたしとの、精霊との連携だって相手の動きを止めてできるだけ傷つけずに捕まえるやり方で」

「そんな甘っちょろいやり方だから、ボルケーノたちに舐められるんだ。攻撃魔導の基本はいかにして相手を倒すかだ。連盟もいいかげん攻撃魔導は原則禁止などと上っ面だけの正義や格好つけていると、痛い目に会うぞ」

 強めに言い方に

「まあまあ」とトップスがなだめる「考え方の違いです。我々衛士は相手をできるだけ傷つけずに捕らえるのが原則。もちろんどうしようもないときもありますが」

 ガインも言いすぎたと思ったのか、スノーレに対し小馬鹿にするような視線を向けただけでそれ以上は言わなかった。

 スノーレも、居心地が悪いのか席を立ち、小走りで食出て行った。


   ×   ×   ×


 魔導師連盟ウブ支部。戻ってきたスピンは自室に戻ると、壁の隠し金庫から魔導師連盟本部との直通通信魔導の部屋の鍵を取り出した。ガイン達は無用と言ったが、彼はやはり報告すべきだと考えていた。

 通信魔導とは離れた2つの場所を魔力でつなげ、会話などが出来るようにする魔導である。便利だが使用に伴う魔力が膨大な上、事前に必要な魔導陣を双方に備えつけなければならない。そのため、基本的に定時連絡以外には使用されない。ガイン達が使うと言っていた通信手段は、一方の場所が固定できないため、一方的(携帯用→固定魔導陣)連絡にしか使えず、大抵は使い捨てである。

 階段を下り、地下にある通信魔導室に向かう。ランプの薄明かりを急ぎ足で進むと、ちょうど通信魔導の部屋からラムダス・ビークルが「うわぁぁぁ」と悲鳴をあげながら魔玉の杖を持った腕を血に染めて転がり出てきた。彼は魔導師だがすでに研究を諦め、今は支部の事務員として働いている。

「どうしました?!」

 スピンが駆け寄ると、ラムダスに続いて刀身に魔導の光を帯びさせた剣を手にした銀髪の男が飛びだしてくる。

「グランザム?!」

 愛用している魔玉の杖の柄を伸ばしつつ間合いを取る。攻撃魔導は得意ではないスピンだが、そんなことを言っている場合ではない。不十分を承知で練り上げた魔力で炎の塊を作り出し相手にぶつける。が、魔力の一閃が炎を両断し霧散させる。

「な?!」

 スピンが唖然とした。魔力によって生み出された炎は、それらを作り出す流れを別の魔力で断ち切ることで打ち消すことができる。が、口で言うのは簡単だがそれを実際に行うとなるととんでもない熟練の技が必要だ。例え打ち消されるのが急ごしらえの魔導炎でも。

 唖然とする隙にあっという間に間合いを詰められた。とっさに杖をかざすがそれも真っ二つにされ、スピンは転倒した。

 やられるとスピンが思うのと同時にラムダスが起き上がり逃げ出した。それを見たグランザムがスピンをそのままに後を追う。

「助かった……のかな」

 立ち上がったスピンが通信魔導室をのぞいて「やはりか……」とつぶやいた。

 床に描かれた通信用の魔導陣は幾筋も傷が付けられ、模様が削られており、それに使った無骨な剣が刃こぼれだらけで転がっていた。


「完全に壊されたわけではありませんが、こう傷だらけでは正確な通信は望めません」

 傷だらけの通信魔導陣を前に、スピンとトップス、スノーレ、オレンダが立っていた。ガインもいる。

「私が気がついたときは既に。止めようとしたのですが」

 申し訳なさげにラムダスが頭を下げる。

「相手は連盟が要注意人物にあげるほどの男です。その場で殺されなかっただけでも良しとしなければ」

 スピンが柄を真っ二つにされた愛用の杖を手に

「私としたことが。ボルケーノの仲間が魔導師連盟に入り込んでいる以上、通信魔導の場所も知っているし、部屋の鍵の複製を作ってもおくでしょう。こうすることは十分予測できました」

 ばつが悪そうにスピンが頭を掻く。口からのぞく前歯の欠けた歯がよりわびしさを増していた。

 クインが刃こぼれの剣を手にし

「何でこんなのを使ったのかな。ご自慢の魔導剣を使えば、一撃で床ごと魔導陣を壊せたんじゃないの?」

「通信魔導陣は、その都度描く実験用魔導陣と違って床に固定している分、対魔導防御も高い。破壊と合わせて奴自身の剣が壊れる可能性もある。それを恐れたのだろう」

 ガインが傷だらけの床を指でなぞりながら、クインの疑問に答えた。

「だが。こちらは既に手持ちの通信魔導で連絡済みだから奴の行動も無意味だが。それより、馬車の修理用部品は確保できましたか?」

「それは大丈夫。これから衛士隊本部に運びます」

「それも狙われるかもしれない。私も一緒に行きます」

「私も護衛に回ります!」

 威勢よく手を上げたのは、もちろんクインだ。

 修理用の材料を積んだ馬車が、衛士隊本部に向けて出発する。それをスピンとスノーレ、オレンダが見送っていた。

「僕たちも行かなくて良いんですか?」

 オレンダが不審げな口調でスピンに聞いた。

「ごめんなさい。オレンダさんには頼みたいことがあるの。ユーバリ隊長には、メルダー隊長から言ってもらうから」

 スノーレの真剣な目に、オレンダはただ「わかりました」と頷いた。

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