『第17話 テジナーシから来た男』/2・襲われた護送隊
衛士隊本部地下牢。その一番奥の特別牢にボルケーノは入れられていた。徹底した身体検査の上、囚人用の衣服に着替えさせられ、隅に敷かれた毛布の上で横になっているのを格子越しにスノーレとルーラが見張っている。折れた足は治療されているが、治癒魔導は使われなかったため未だ添え木の上から包帯が巻かれている。
「さすがというか、腹が据わっているわね」
眼鏡をかけ直しながらスノーレがつぶやく。いつ、どんな形で魔玉が届けられるかわからないので、魔力探知用の眼鏡をかけっぱなしだ。魔導師の囚人は魔玉さえなければどうということはないが、何らかの形で魔玉を手にしたら厄介になる。それだけに見張る方も神経質にならざるを得ない。
「どうしてすぐ監獄行きにならないんですか?」
ルーラの呟きに
「彼だけで無く、その関係者を一網打尽にするためにも、魔導師連盟は彼の知っていることを洗いざらい聞き出したいんですよ。それをきっかけに魔導品の闇ルートを一掃するためにね。せめて発動用魔玉の裏ルートだけでも潰せれば、モグリの魔導師達をかなり減らせる」
答えながらオレンダを連れてカール・スピンが歩いてくる。魔導師連盟ウブ支部副支部長。支部長がずっと留守のため、彼が今のウブの魔導師連盟のトップだ。今回、ボルケーノを捕まえるに当たって情報面でいろいろ手助けをしてきた。
「それだけに闇市場の関係者にとっては彼の口から自分たちのことが漏れるのを恐れている。特に連盟の魔導師で、彼にこっそり情報を提供していた人たちはね。何としてもこの人を助けたい。出なければ口を封じたいと考えているわ」
スノーレの説明に
「そういうことだ」
横になっていたボルケーノが寝返りを打って彼女たちを向き不敵な笑みを浮かべる。
「しっかりと俺を守ってくれよ。衛士さん達」
そこへモルス・セルヴェイが駆け込んできた。
「大変です。魔導師連盟の護送用馬車が襲われました!」
ウブの北。太陽が沈みつつある中、街道を一台の馬車が猛烈な勢いでウブめがけて走ってくる。1人が御者台で必死に手綱を握る中、2人の男が屋根の上で剣を打ち合っていた。双方の刀身は魔力の光に包まれ、周囲がうす暗いせいもあって、光の剣が切り結んでいるように見える。2人とも20代後半に見え、一方は黒髪、一方は銀髪。銀髪の男は動きやすい麻の服に薄手のベスト。それに対する黒髪の男は赤と金を基調とした魔導師連盟直属衛士の制服を着ている。
銀髪男の魔導剣が黒髪男の右の二の腕をかすめた。制服が切り裂かれ、血が噴き出す。
さらに銀髪がとどめとばかり踏み込もうとしたとき、町の方から突風を纏ったルーラが突っ込んできた! 槍こそ躱したものの、銀髪男はそのまま馬車から転げ落ちた。
「大丈夫ですか?! ウブの衛士隊です」
飛行魔導で飛んできたスノーレが、黒髪男を守るように屋根に着地する。
銀髪男が立ち上がり様剣を構える。柄の部分に埋め込まれた魔玉が淡く光り、刀身を覆っていた魔力が先端に集まる。
「攻撃魔導?!」
スノーレが身構え、魔玉に精神を集中させる。自分の魔力を馬車の前に集めて壁を作ろうというのだ。
少しでも発動を邪魔しようと、ルーラが槍で銀髪男に挑みかかる。彼女の槍を避けつつも銀髪男の魔力の光は揺るがない。
(ルーラ、頑張って)
魔力を練りながら祈るスノーレの横、前に出た黒髪男が爆炎魔導を発動する。
「え?!」
驚くスノーレの見ている前で、銀髪男とルーラの間で爆炎魔導が発動! 爆炎と爆風が2人を包む。
爆風から銀髪男が転がるように出ると、馬車めがけて攻撃魔導を振るおうとして、動きを止めた。
馬車がウブの町に走り込み、何事かと見ていた野次馬達が慌てて馬車に道を空ける。
舌打ちする銀髪男に爆炎で少し髪と制服を焦がしたルーラが挑みかかる。銀髪男はそれを躱すと、足下に爆炎魔導をぶつける。轟音と共に土が舞い上がり、ルーラに降り注ぐ。
土をはねのけ槍を構え直したルーラの目に、飛行魔導で離れていく銀髪男の姿が映った。
「魔導師連盟衛士隊よりガイガー・ボルケーノ護送任務のため派遣されましたのヴェルバー・ガインです。先ほどは危ないところをありがとうございました」
衛士隊本部。先ほど魔導剣の戦いを繰り広げた黒髪の魔導師連盟衛士がミコシと握手する。
「同じく、魔導師連盟衛士隊サールス・ロン・フォーミュラーです」
先ほど馬車の御者台に座っていた男が同じように握手する。日に焼けた肌はギメイほどではないが小柄で、魔玉の杖も柄が短く腰に差している。魔導を使うより体を動かす方が得意そうだ。名乗り以外口を開かないのは緊張しているのかただしゃべりが苦手なだけなのか。
「ボルケーノ逮捕の報を受けてすぐ出発したのですが、急なせいで情報が漏れてしまったようです。ここにくる途中で教われ、生き残ったのは私たち2人だけです」
「いや、まったく油断ならない相手ですな。しかしもう大丈夫ですぞ。なんならテジナーシまで移送せず、ここで全ての取り調べを行ってもかまいません」
胸を張って笑うミコシにガインは
「奴らを甘く見てはいけません。特にさきほど私と剣を交えた奴、バージィ・グランザムという奴ですが油断なりません」
そんな彼らの様子を、部屋の隅、廊下側上にある明かり取りの窓からそっとのぞいている者がいた。
廊下ではイントルスを台にしてクインが窓からのぞいている。その周囲では第3隊の面々が「大丈夫か」と言いたげに彼女を見上げている。
「スノーレ。魔導連盟直属衛士って、エリートなんでしょ」
「そうね。私たちがその土地を統治している組織に所属しているように、あの人達は魔導師連盟という組織に所属している。少なくとも彼らは心身共に連盟に認められた人たち。そういう意味ではエリートと言って良いかもね」
「そっかぁ」クインが目を輝かせ「よーしよし。2人のいい男レベルはどれぐらいかな」
室内を食い入るように見るクインの口の端から涎が一筋流れ落ちた。呆れたように一同がため息をつく中、ギメイが面白くなさそうに顔を背けた。
途端、廊下をオレンダが走ってきて部屋に駆け込む。
「ガイン衛士の報告にあった最初の襲撃地点を調べましたが、どこにも死体はありません。しかし多数の血痕がありました」
一同が息を飲んだ。
「わかりましたか。ボルケーノがここにいると言うことは、奴らもここを狙ってくるということ。1日も早くテジナーシに護送しなければご迷惑をおかけします。奴は今どこに?」
「地下牢です。ご案内しますよ」
メルダーの案内でガインとフォーミュラーが地下牢に向かう。
ボルケーノは相変わらず隅で横になっていた。
「おい、ボルケーノ。顔を見せろ」
ガインの呼びかけに、彼はゆっくりと振り返る。ガインたちの顔を見て、訝しげに顔をしかめる。
「魔導師連盟衛士隊の者だ」
「お前はすぐテジナーシに移される。向こうに行けばお前達の仲間がいくらいようと二度と外には出られないと思え」
フォーミュラーとガインの言葉にボルケーノは、高笑いし
「面白い。お前達こそ覚悟しろ。俺の仲間には命知らずがいくらでもいる。俺を助けるためなら平気で屍の山を築くぞ」
「そいつらが動く前にお前を連れて行く」
地下牢を出るとすぐトップス達に
「用意出来次第すぐに出発します。やつらが次の襲撃の準備を整える前に」
「しかし、お2人だけでは。魔導師連盟に連絡して応援を読んだ方が」
「それだけ向こうにも対策の時間を与えることになります」
「ならばせめてうちの手練れを何人かつけましょう」
「人数が増えればそれだけ目立つ。移動も大変だ」
「それはわかるが」
途端、本部に緊急を知らせる鐘の音が響く。短く激しい鐘の音が衛士隊の建物を震わせる。
「まさか、本部を襲撃?!」
「いくら何でも?!」
「その何でもをするのが奴らなんだ! くそっ!」
ガインが苛立つ拳を壁に叩きつけた。




