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『第16話 紫茶のおいしいレストラン』/7・償いは借金と共に


 それから5日後。衛士隊本部給湯室で手枷をはめられたまま紫茶を入れるペリアの姿があった。衛士隊が用意した茶葉はなかなかの上物で、色も香りも一級品に負けていない。これが自身の手で入れる最後の紫茶と思いながら、彼は丁寧にカップに注いでいく。

 クイン達が見張る中、それらを台車に乗せ執務室に入ると、中にはトップスとモルス・セルヴェイ、ルーラ、そして見慣れない40代とみられる栗毛の男が待っていた。

「良い香り」

 ルーラが鼻を動かし、トップスが面白がるような笑みを浮かべ、栗毛の男はまるで紫茶を睨み付けるようにしてそれぞれ口に運んだ。特に栗毛の男は念入りに香りを確かめ、口に含んで味、舌触り、喉ごしを吟味した。その様子をルーラが不安げに見ている。

「……ねぇ。誰、あの人?」

 クインが小声で隣のスラッシュに聞いたが、彼も知らないらしく「さぁ」と言葉を濁す。

「なるほど」栗毛の男が忌々しげに「あなたの言うとおりだ……おかわりをもらえるか」

 ペリアに向けられた言葉に、ルーラが笑顔になった。

 新たに入れられた紫茶を挟むように、トップス達とペリア、タセが座る。

「紹介しよう」トップスが栗毛の男を「サウザント・ブリトニー氏。3年前からブリトニー商会の会長職に就いておられる」

 ペリア達が息を飲む。モネスト達が8年前襲撃したあのブリトニー商会、その会長だ。

「まったく、そこの娘には呆れた」ちらとルーラを見「一昨日、空から窓を破って会社の2階に飛び込んできた。仕事の忙しいときにだ」

 申し訳なさそうにルーラが肩をすくめる。

「しかも、君たちの罪に対する処罰をできるだけ軽くしたいと頭を下げてきた。いきなりだ。最初は何が何だかわからず、つまみ出そうと衛士を呼んだぐらいだ」

「な、なんでそんなことを……」

 ペリアの呟きにルーラは

「お2人の罪を軽くするには、私がいくら言ってもダメだと思ったんです。でも、被害を受けた人の言葉なら、ひどい目に会わされた人が、ひどい目にあわせた人達を許して、罪を軽くして欲しいって言えば……」

 さらに言葉を続けようとする彼女をブリトニーが黙っていなさいとばかりに制し、

「あんた達に襲われた我が商会は資金のやりくりに苦労し、一時は廃業も本気で考えた。社員全員が路頭に迷うところだったんだ。

 だがこのまま潰れるのは、悪党に負けたようで癪だった。殺された2人の警備員にもその家族にも申し訳ない。文字通り社員一丸となって働き、今はお前達が襲ったときの倍近い売上を出している。社員の給料も5割増し。お前達の襲撃以来、辞めた社員は1人もいない。むしろ新たに20人以上従業員を増やしている」

 ペリア達が息を飲む。すごい回復ぶりだ。

「もっとも、犠牲がなかったわけじゃない。前会長である父は疲労のために死んだ。死の間際、父は笑ったよ。ざまあみろ悪党共め。お前達ごときに負けるブリトニー商会ではないわと。

 結果的には襲われたおかげで結束が固まり、成長できたことになるだろう。だが、それであんた達に感謝する気などは微塵もない! どんな理由があろうとも、我々はあの盗賊達を許すことなど出来ん。今回、親玉達が監獄での態度が良かったからと保釈されたと知ったとき、どれだけ悔しかったか」

 固めた拳をテーブルに叩きつけ、ペリア達を睨み付け

「たとえあんたたちが犯行の後、何の悪事もせずに真面目に働いていたとしてもだ。今は真面目に働いているからかつての悪行を無かったことにしろ、罪に問うのは止めろというのは、厚かましいにも程がある。殺された警備員の遺族達がそれで納得すると本気で思っているのか」

 ペリアもタセも肩をすくめ、申し訳なさそうにうつむいている。

「だが」ブリトニーは続けて「あんたたちの行いが、この衛士の娘を動かし、ここまでの行動をさせたというのも事実だ。この娘とあんた達に恩を感じているわけでもない。むしろあんた達を捕まえ、牢にぶち込むべき立場だ。それがこんな無茶をしてまであんた達の罪を軽くしたいと願った。まったく、衛士という自分の立場をわかっていない」

「それについては私も同感だ」トップスが口を開く「ですがブリトニーさん。犯罪者に対し更生の道を閉ざしたり狭くすることはあまりいいこととは思えません。もっとも、あなたがこの2人が更生しようがしまいがどうでも良いと考えているなら別ですが」

「そこまでは考えていない。だからここにいる」

 ブリトニーは残った紫茶を飲み干し

「ここに来る前、社員を集めてこの件について話し合った」

 彼は身を正すと

「結論だけ言おう。これから言う条件を受け入れ、実行するならばあえて両名を監獄送りにせず、衛士隊の監視下において今の生活を続けることを良しとする意見書を提出することとする。その意見書を採用するかどうかは衛士隊と裁判所次第だがな。

 ひとつ。弊社より奪い取った300万ディルを返金する。

 ひとつ。殺害された警備員2名の遺族に対する慰謝料として1名につき50万ディル、計100万ディルを払う。

 ひとつ。この合計400万ディルの支払い方法は分割でも可、ただし期限は最長20年とする。

 ひとつ。支払いが1日でも期限に間に合わなかった場合、その時点で両名の特別処遇を終了し、他の仲間同様監獄送りとする。その場合、支払い済みの額は返金しない。

 ひとつ。この支払いはウブ衛士隊が責任持って両名に行わせる。両名が支払い完了までに逃亡した場合、残金はウブ衛士隊が支払うこと。そして我々が独自に2人を見つけ出し、鉄槌を下してもそれは一切罪に問わない。ただし、両名死亡による返済不能となった場合はこの限りではない」

 ペリアたちが息をのむ。用はモネスト一味が奪った金と、被害者遺族への慰謝料を払え。それが終わるまで衛士隊の監視下に置かれ自由にはなれないということだ。

「最後にもう一つ」ブリトニーは指を立て「あんた達がこれらの金を返すとなれば、当然、今の店を続けてということだろう。その際、店で出す紫茶の葉はすべて我がブリトニー商会から仕入れること。他社からの仕入は一切認めん」

 言われてペリアたちは彼の顔と紫茶とを見比べる。

「そういうことだ。今、入れてもらった紫茶は、ブリトニー商会で扱っている紫茶だ」

 トップスが笑みを浮かべて説明する。

「いい加減な入れ方をしていたら先ほどの提案は無しにするつもりだったが……悪くない」

「あ、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げるペリアたちに、ルーラたちが笑顔になる。

「いいからサインしろ。今私が言ったことを契約書にまとめた」

 セルヴェイが用意した書類に、ペリアたちが感謝にあふれてサインする。

「おいおい、ちゃんと中身を読んでからサインしろ。内容が違っていたら大変だぞ」

「いくらこいつらが憎くても、そんな卑怯なまねはせん!」

 トップスの言葉にブリトニーが言い返す。セルヴェイも静かに

「私も事前にチェックしましたが、内容はブリトニーさんの言ったとおりです」

 言った上で改めてペリアたちに向き

「でも、覚悟の上にサインしてください。400万ディルを20年、1年あたり20万ディル。怪我も病気もせずに真面目に働いても結構キツいものがあります。ダメだった場合、未払い金は衛士隊がかぶることになりますが、さすがにこれだけの金は出せません」

「払います!」

 ペリア達はそろってトップスををはじめ、周囲の衛士達を見回し

「この身が果てるまで働き続け、必ずや返済して見せます。衛士隊にこれ以上の迷惑はかけません!」

「よし、聞いたぞ」

 トップスが書類を確認した上で

「ルーラ、2人の枷を外して店まで送ってやれ」

「了解しました!」

 敬礼すると、さっそく2人の手枷を外しにかかった。

 ルーラ達が退室し、トップスと2人っきりになったプリトニーは大きく息をついてソファにもたれた。

「ここには変わった衛士がいますな。犯人の減刑のために頭を下げる衛士など初めてだ」

「ブリトニー商会の人たちだって、自分たちを襲った犯人の仲間をよく許す気になりましたな」

「人を憎み続けるのは疲れるものだ。特にその後の人生が調子いいときはな。ところで、帰りの馬車などはこちらで用意してくれるんだろうな」

「来るとき同様、風の精霊に運んでもらうというのはお気に召しませんか」

「冗談じゃない」ブリトニーは跳ね起きるように体を起こし「空を飛ぶというのが、あんな恐ろしいものだとは思わなかった。子供の頃、空を飛ぶ魔導師に憧れたことがあったが、今はまっぴらごめんだ!」

 ブリトニーはアクティブからここまでルーラに抱えられ、風の精霊の力で空を飛んできたのだ。そんな彼を前に、トップスは苦笑いしながら折りたたんだ書類を袋に入れた。

 翌日、モネスト一味はアクティブの衛士隊によって護送された。その中にペリアとタセの姿がなかったのは言うまでもない。


   ×   ×   ×


 扉と一部装飾品の修理を終えた猫足亭が営業を再開したのはそれから3日後だった。

「いらっしゃいませ」

 客として訪れたルーラ、クイン、スノーレをタセが笑顔で出迎え席に案内する。店内は満席だった。

「修繕、全部衛士隊持ちだって? よその金で新しくできるなんて羨ましいね」

「でも、その間店をやれませんでしたら」

 常連客とペリアの会話が聞こえてくる。先日の一件は、盗賊がここに押し入ったところ、たまたま通りかかった衛士隊が捕まえたということになっている。休みも店が壊れたり押し入られた際にペリア達が怪我をしたためということで、2人が元盗賊だったということは一切漏れていない。むしろこれを意図的に流したことにより猫足亭の良い宣伝になった。

「おまたせしました}

 タセが料理を運んでくる。気のせいかティキラスの艶が今までより鮮やかに見えた。

「うわぁ、気合い入っているわね」

 クインが感嘆する。

「そりゃあ今まで以上に稼がなきゃならないんだもの。気合いも入るわよ」

 スノーレが貝のグラタンを口に運び笑顔になる。モネスト一味が刑期を終えて出てきた後のことが心配ではあるが、もう仮出所はないし、仮出所中の犯罪は特に刑期が重い。出てくるのは20年以上先になるだろう。ペリア達が自分たち同様衛士隊に捕まったことは知っているし、刑期が短いため自分たちより先に出所したと思ってくれれば復讐することもないだろう。

 なったとしても、今や猫足亭は衛士隊常連の店だ。毎日のように衛士が誰かしら客としてくる。よほどのことがない限り手を出してこないはずだ。

 食事を終えたルーラたちの鼻に紫茶の淡く甘酸っぱい香りが届く。

 タセが食後の紫茶を運んできたのだ。ブリトニー商会から仕入れた新しい紫茶を。


(第16話 終わり)



【第16話 あとがき】

 紫茶。今まで当たり前のように作中に出てきた飲み物で、私たちの世界で言うお茶や珈琲のようなありふれた嗜好品です。書いていて、この世界特有の食べ物、飲み物が1つ欲しいなと考えたものです。これを作中に出すことにより、私は書いていてこの世界にすっと入って行けます。文字通り紫っぽい色で甘酸っぱい。ホットでもアイスでもOK。

 はじめは何となくな感じで書いていましたが、某ファミレスのドリンクバーにあったローズヒップティーをたまたま飲んで

「これだ。これが紫茶だ」

 と以後、紫茶は私の中ではローズヒップティーの色と香り、味になりました。ただ紫茶の木の見た目はバラではなくお茶の木です。お茶畑にずらーっと並ぶあれですね。

 今回、猫足亭でルーラのお気に入りとなったティキラス。気がついた人もいるでしょうが、これ、私たちの世界で言えば、皿に薄焼き卵を敷き、その上にチキンライスをのせたものです。

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