『第14話 裏金庫は重かった』/2・地下水路
「よくやった。久しぶりの大捕物だったな」
衛士隊本部。衛士隊のトップ、ミコシ衛士総長の笑い声が部屋中に響いた。
彼の机に並ぶ新聞には昨夜のザッフィーたちを捕らえた記事が1面を飾っている。ザッフィーやコマリトの似顔絵の上にミコシの似顔絵が2人よりもずっと大きく描かれている。
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴します」
彼の前に立つトップス東衛士隊大隊長が軽く一礼し
「しかしその記事は少々誤解されやすいでしょう。その構図では、総長が指揮を取っていたように思われます」
実際はミコシは現場にいなかったどころか、報告を受けたのは今朝になってからだ。
「そう言うな。部下の手柄は私の手柄だ」
悪びれもせず嬉しそうに笑う。この記事も彼がよく知る記者達に書かせたものに違いない。彼は次の選挙でウブの政界進出を狙っており、とにかく知名度、好感度上げることに熱心だ。
「部下の落ち度は私の落ち度とも言ってくれると助かるんですが」
「何を言う。部下の落ち度は部下の責任だ。責任の押しつけは良くないぞ」
堂々と言いきる彼の姿にトップスは反論する気も起こらない。
「それでは私はこれで。調査の報告を待たなければなりませんので」
「まだ何か調べることがあるのか?」
「ザッフィーが逃げ込んだ地下水路の出口に泥がたまっていたのでその調べを」
「泥なんてどこにでも貯まるだろう」
「あの出口は100年祭の前に掃除したばかりでしてね。それに、地下水路を流れてきたにしては綺麗な泥なんですよ」
「誰かがどっかから持ってきたのを勝手に捨てたんだろう」
ミコシが投げやりに答える。くだらないものをいちいち問題にするなと言いたげだ。
「私もそう思います。しかし、誰が、どこから持ってきたのか。どうして外側では無く内側にたまっていたのかが気になります」
一礼して出て行くトップスを神輿は首を傾げて見送った。
地下水路。クインが泥に埋まった出入り口にルーラとクイン、スノーレが立っていた。
「手順はさっき言ったとおり。ルーラ、頼むわね」
スノーレに言われ頷くと、ルーラは精霊の槍の先端を地下水の流れにつける。
(水の精霊、ちょっと場所を空けて)
精霊石を通じて地下水の精霊にお願いする。すると槍を中心に2メートルほど水が引いた。水の流れが槍の周辺だけ避けていくように。底に敷き詰められているのは水に強いよう加工した煉瓦。最近清掃されたおかげで汚物や悪臭も少ない。そして引いた場所に泥の塊が現れる。先日、クインが落ちたところだ。
水の引いた地下水路にルーラが降り、泥によると、水の引きもそれに合わせて移動する。泥のちょっと上流よりに立つと、微かな泥の先が上流に向かって伸びていくのがわかる。
「掃除されたばかりで助かったわ」
クインの言うとおり、そうで無ければ土の流れは他のゴミや泥に紛れて見分けるのは困難だったろう。
「それじゃ出発!」
泥をたどるようにルーラが下水の水を引かせながらゆっくり進み、スノーレが証明魔導で辺りを照らしながら歩道を進み、周囲の気配をクインが伺う。
分岐路につくと泥を見て、それが流れてきた方向に向かう。3人は土の跡をたぐって最初に捨てられた場所を探っているのだ。
「なんで土を捨てるんでしょう?」
ゆっくり進みながらルーラが疑問を口にした。
「わざわざ地下水道まで潜って捨てるなんて、却って面倒くさいと思うんですけれど」
「そんなこと知らないわよ」
「地下で出た土なら」
スノーレが言う。
「地上の作業で出た土なら、ルーラの言う通りだけど。地下での作業で出た土なら地下水道に捨てる方が簡単よ」
「ここから新しい穴を掘っているって言うの?。馬鹿らしい。そんな目立つことしていたらすぐに見つかるわよ。どっかの壁や天井が崩れて土がこぼれただけじゃない」
「だったら尚更すぐ見つかるでしょ」
天井を見る。しっかりした石造りの天井。ここが土がこぼれるほど崩れていたら大変だ。そこだけでなく上にある建物まで危険になる。
清掃箇所を過ぎると他の泥やゴミが混ざり始めた。追跡が難しくなるかと思ったが、それほどでもない。他の泥などに比べて明らかに新しく、色が違う。ただルーラが歩きにくくなった。泥に足を取られ異臭もひどくなっていく。
そんなこんなで30分以上歩いただろうか。
「これでしょ」
3つの流れが1つになる場所。下流側の通路脇。水が引いてむき出しになった床に土が山となっていた。山というのは少々大げさかもしれないが、明らかにひとかたまりとなっており、そこから下流に向かって土が筋を作っている。
「そうね。土はここにまとめて捨てられたんだわ。後は出口まで流され、格子に引っかかったゴミなどが堤防代わりになってそこでまたひとかたまりになって」
「私が落っこちたのか。でも」
周囲を見回すが、壁や天井に壊れた跡はない。
「やっぱり、誰かがわざわざ土をここに捨てたのよ」
考え込むクインの眉がビクついた。ちらりと地下水道通路の先を見て
「スノーレ」小声で「私が合図したら照明魔導消して、5数えたらまた点けて」
「わかったわ」
それを聞くとクインは終わったとばかりに伸びをして
「追跡はここで打ち止めね。ルーラ、歩道に上がって水を戻して良いわよ」
「わかりました。上に出て足を洗いたいです」
ルーラの足は靴はもちろん、足首まで泥だらけで異臭を放っている。歩道に上がると地下水道が本来の流れに戻り、床の土を隠していく。
「消して!」
クインが照明魔導を消すと同時にクインが駆ける。方向と距離は既に目算している。暗闇の中彼女は止まりサーベルを構えると同時に再び照明魔導が点いた。証明と彼女のいる場所は少し離れているが、ある程度灯りは届く。
「さあ、どこの誰か名乗ってもらいましょうか」
サーベルを向けた先には……誰もいなかった。ただ左90度の方向に泥だらけの作業服の男が2人、土の満載したバケツを両手に立っていた。
「あ、こっちか」
左90度に向きを修正。向き直られ男達がたじろぐ。
「クイン、誰かいるの?!」
スノーレとルーラが走ってくる。
「大当たりよ」
クインの注意がルーラたちに向いた瞬間、男の一人がバケツの土をクインめがけてぶちまけ逃げ出した!
逃がすものかと服にかかった土にもめげず走り出した途端、足を滑らせた。このエリアは清掃がまだのため、床が汚れでぬめっていた。
バランスを崩したクインはそのまま水に落っこちる。
「大丈夫?!」
「いいから追って!」
だがどこかの角で曲がったのか既に男達の姿は見えない。足音を頼りに追いかけるが、反響した音では方向が定まらない。ついには足音も聞こえなくなって見失ってしまった。