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『第16話 紫茶のおいしいレストラン』/5・罪人と悪人


 ペリアとタセは慎重に数え終わったディル硬貨をケースに詰め終わるとやっと安堵の息を漏らした。

「よかった。何とか間に合ったな」

 モネストとの期限は明日。彼は硬貨の詰まったケースを店の金庫に入れ、鍵をかけると一息入れるべく紫茶の準備を始める。その背中を見つめながらタセが

「ねぇ……ボスに言って、私たちこれっきりで抜けさせてもらいましょう」

 ペリアの手が止まる。

「もうこんなこと嫌よ。このままじゃ、ボスは間違いなくこの店を仕事の連絡場所に使う。もしかしたらここに住み着いて、店の売り上げを勝手に使い始めるかもしれない。そうなったらどうするの。常連になってくれた衛士の人だっているのに」

「あの子か」

 2人の頭にはルーラの姿があった。

「あの子が衛士だなんて気がつかなかった。しかも他の衛士も連れてくるなんて」

 最初にルーラが店を訪れたときのことを思い出す。


 それは100年祭に備え、町中が興奮に包まれていた平日、昼の賑わいが終わりを見せていた頃だった。

「いらっしゃいませ」

 入ってきたルーラは衛士の姿ではない。洗濯はしてあるが洒落っ気のない男物の服を着ていた。彼女の短い髪、中性的な顔立ちや日焼けした肌、背筋を伸ばした立ち姿からタセは一瞬、男性かと思ったほどだ。しかしよく見ると表情は柔らかで胸は男性とは思いにくい膨らみがある。

 彼女はメニューを見てもイメージが湧かなかったらしく「これってどんな料理なんですか?」と次々に聞いてきた。その中にはありふれた料理もあったので、からかっているのかと思ったぐらいだ。しかし受け答えをしているうちに、彼女は外食に不慣れで、本当にその料理を知らないのだとわかった。出稼ぎに来たけれどまだ町の生活に慣れていない田舎娘なのかと彼は推測した。

 食べ方も優雅とは言えなかったが、美味しさをライス一粒、スープ1滴残さず味わいたいという食べ方はむしろ好感が持てた。さすがに皿を持って舐めることはしなかったが、人目がなければやっていたのではと思うほどだ。

 思わず2人はとっておきの紫茶をサービスした。高いコースの客にしか出すつもりがなかったものだが惜しいとは思わなかった。それほどまでにルーラの嬉しそうな食べっぷりが気持ちよかったのだ。

 それ以来、彼女は何度かやってきた。来る時間がバラバラで、いつも先端に袋を被せた棒を持っている。ペリアもタセも「どんな子だろう」とつい考えるようになった。時間がいつもピーク外で少し余裕があるせいもある。

 棒の正体が槍らしいというのはすぐわかった。衛士はサーベルを帯刀しているし、サークラー教会で商人達の護衛を生業とする戦士達はアピールのために武器を手にしていることが多い。先の100年祭ではウブを転覆しようとする連中が暴れたため、護身用に武術を習い始めた民も多い。彼女もそういう人の1人と考えたのだが、民間の訓練場ならここに来る時間は似たようなものになっただろう。

 衛士隊に精霊使いがいるというのは彼らも耳にしていたが、それとルーラが結びつくことは無かった。写真などがないこの世界では、ある人物が噂になってもその人の顔が知られることはほとんどない。

 あまりお客のことを詮索するのも良くないと、答えが出なくても2人は気にしなかった。気にしようにもヒッコリーの出現でそれどころではなくなった。

 そんな状態だったから彼女が衛士だとわかったときの衝撃は大きかった。ヒッコリー達もそうだろうが、衛士と関わりたくないのは2人も同じ。モネストの仲間だとわかったら、自分たちも牢屋行きだ。店も財産も没収され全てを失ってしまうだろう。

 怖かった。そのあまり被害届を出さず、騒ぎそのものをなかったことにしようとした。今思えばあれは不味かった。却って衛士隊に不審がられたかもしれない。だが、今更どうしようもない。

「とにかく明日、ボスに金を渡してもてなそう。足抜けの話は日を改めてだ」

「そうね。なんだか疲れたわ」

 息をつくタセを軽くペリアが抱きしめる。この疲れは、明日になればいくらか解消されるはずだ。


 猫足亭の灯りが消えるのを、通りを挟んだ向かいのアパートの一室でルーラとオレンダが見つめていた。衛士隊はあちこちのアパートの大家と交渉、必要なときは一室を見張りのために提供してもらうことにしている。ここもその1つだった。

「よう。差し入れだ」

 籠を手にトップスが入ってきた。

「ありがとうございます」

 籠をテーブルに置くと、しっかりアバターが前に出て舌なめずりをする。

 ルーラが紫茶を入れるためキッチンに向かうと、入れかわるようにトップスが彼女の座っていた椅子に腰掛け

「どうだ、動きはあるか?」

 窓のカーテンをずらす。ハッキリとではないが、路地を通して猫足亭の裏にあるアパートの一室に明かりがともり、人影がじっとしているのが見える。

「我々が監視を始めるのに合わせたように、あそこに明かりと人影が」

「モネストの一味か」

「おかげで助かります。店の主人夫婦が裏から逃げても、連中が動いて知らせてくれます」

「それだけ2人は信用されていないってことだ。もっとも、手に入れた金を持ち逃げするような奴を信用する盗賊はいないが」

 じっとカーテンの隙間から外を見つめる2人に、紫茶のカップを持って戻った来たルーラは半信半疑のように

「本当に、あのお店の人たちは盗賊の一味なんですか?」

 未だルーラはそれが間違いであって欲しいという気持ちがあった。

「アクティブからの正式な協力依頼だ。連中だって馬鹿じゃない。ちゃんと裏付けをとった上で手配書を回したんだろう」

 それでもルーラの顔からは蟠りが消えない。

「そんなにあの店の料理はうまかったか」

 笑うトップスにルーラは唇を噛む。

「悪党の中にはな、自分のしていることを忘れるためかどうかは知らないが、やたら趣味にこったりする奴がいるんだ。絵を描いたり、焼き物をしたり、料理をしたりな。そんなのに限ってプロ顔負けの腕だったりする」

「あの人たちも、自分が悪いことをしていることから逃げるために料理に力を入れているっていうんですか。あたしは、そうは思えないんです」

 カーテンをめくりもう一度猫足亭を見る。2人はもう床についたのか、灯りは消えたままだ。

「それで、お前はあの店の主人夫婦をどうしたいんだ?」

 トップスの問いにルーラは返事が出てこない。

「モネスト一味だけ捕まえて、あの主人夫婦は見逃せというのか。そいつは出来ない相談だな。お前だってそれがわかっているから返事に詰まったんだろう」

 図星を指されルーラはただ口をつぐむ。

「でも、あの人たちは今はもう盗賊じゃないんでしょう。だったら」

「ルーラ」

 トップスの目が険しくなった。

「二人が盗賊としての仕事をしなかったのは、単純にモネストたちが牢にいて仕事が回ってこなかっただけかもしれない。これから先、あの店が盗賊団の根城の一つになるかもしれない。例えそうはならなかったとしても、あの二人を捕まえなきゃならないのは同じだ」

「どうしても、ですか?」

「どうしてもだ。勘違いするな。罪人と悪人は違う。ペリアとタセの夫婦は悪人ではないかもしれないが、法を破った罪人だ」

「法律を破るって、そんなに悪いことなんですか?」

 仮にも衛士である彼女からそんな言葉が出てきたので、トップスもオレンダも一瞬きょとんとなり、笑った。

「罪人と悪人は違うと言っただろう。法律は善悪の境界線じゃない」

 監視をオレンダにまかせ、トップスがテーブルの籠からサンドイッチを取り出す。

「大勢の人が1つの所に暮らす時、みんなが勝手にやりたいことを好きなように始めたらめちゃくちゃになる。だからこそみんなが守る決まりを作る。それをまとめたのが法律であり、法律で決めた手続を行うのが役所だ。

 いろいろなことをする人達を相手にした決まりだから、多くの人達が住むほど多く複雑になっていく。家より村、街、都市、国と大きくなればなるほどそうだ。

 中には自分にとってはどうでも良いようなものもある。しかし、だからってそういう法は守らなくて良いってことになったらそれこそめちゃくちゃになる。

「それはわかりますけれど……」

 ルーラは生まれ故郷であるサンクリス村では村長の娘だった。ウブに比べたら決まりは数えるほどしかなかったが、それでも規則の大切さはわかっているつもりだ。

「法律を作ると言うことは、いわば人が住みやすいよう地べたをならすようなものだ。だからできるだけ少ない方が良い。でもな、そのためにはそこに住む人達が自分はもちろん、周りの人達も住みやすくするよう気を遣って生きなきゃならない。そういう気遣いを「マナー」と言う。マナーは法じゃないが、これを守らないと周りと揉め、言い争いから殴り合いまで始まる。

 それを防ぐために法律をより多く、細かなことまで決めまくったら、今度は息が詰まるような場所になる。その辺のさじ加減が難しい。

 法律には必ずそれを作った人達の決意ってものがある。私たち衛士がなぜ法を破った人間を捕らえ、罰を与えるのか。それはいろいろな人が等しくこの町で生きていくことを守るためだ。決まりを破って自分たちが得をしよう、自分たちを特別扱いさせようって連中を野放しにするわけにはいかないからな。あの2人が罰せられるのが不満なら、その元となった法は何か、なぜその法が守られなきゃいけないかを考えてみるんだな。

 それともうひとつ。さっき言ったように法は最低限の縛りしかない。だから、法の上で人がある程度さじ加減を加えることはできる」

「え?」

 意味がよくわからずきょとんとする彼女に

「ルーラさん。2人の罪を軽くする方法を考えて提案しろって事です」

 オレンダが言った。

「ただあの2人を見逃して欲しいと言うだけでは、ただの駄駄っ子です。これをするからその分罪を軽くしてほしい、見逃して欲しいという条件を出す。その条件は相手にとっても悪くないものでなければなりませんが」

「そういうことだ。ルーラ、お前はあの2人が何をすれば、アクティブの衛士隊が、モネスト達にひどい目に会わされた人達が『それならば罪を軽くして良いですよ』と言ってくれると思う?」

「どう思うって……」

「これは言わば取引だ。あの2人に対する温情を手に入れるために、お前は誰に何を提供する? それともこちらからは何も出さずに自分の要求を呑んでもらうつもりだったのか? それだったらオレンダの言うとおり、ただの駄駄っ子だぞ」

 言われて彼女は申し訳なさそうに肩をすくめた。自分の想いをぶつけ続ければ、何とかなるのではないかという気持ちがどこかにあった。

 黙りこくる彼女にオレンダは静かに向き直り

「私見ですが、僕もあの2人はウブに来てからは真っ当に仕事をしていると思います。あの店の切り盛りをするのがすごく楽しそうなんですよ」

「シェルマさんも、あの店を利用したことあるんですか?」

「はい。似顔絵が回ってきた頃、確認のために」

 文句を言うようにアバターが鳴いた。店に入ったとき、外で待たされたのを怒っているのだ。

「怒るな。猫を連れて入店したら覚えられるだろう」

 弱ったようにこめかみを指で掻き、改めてルーラに向き直る。

「その時の2人は自分たちが盗賊の一味でいることを忘れているようでした。、いえ、実際忘れていたんでしょう。

 今まで衛士として仕事をしていると、人が罪を犯すのは、ほとんどの場合それをしなきゃ生きられない。生活費が稼げない。人間関係に縛られて抜け出せないからしているとわかります。あの2人がどうなのかまではわかりません。しかし、彼らはウブに来て、モネスト一味からのしがらみなしで店を開くことによって手に入れたんです。罪を犯さなくても幸せに生きられる生活を。

 罪人が繰り返し罪を犯すことなく真っ当に生きるには、それが出来る環境が必要なんです。今、彼らからそれを取り上げたら彼らは2度とそれができなくなるかも知れない。

 よく更生しようとしている人達に対して冷たい言葉を投げかける人達がいますが、その人達は彼らが更生できなくてもかまわないと思っている人達です。更生して欲しいと思うなら、彼らのその動きに手を貸すべきなんです。

 ルーラさん、あなたが2人を助けたいなら考えましょう。周囲が彼らを助けても良いと思うようになる提案を」

 真っ直ぐ見据えられルーラが自然に頷いた。

 その様子を見ていたトップスが

「オレンダ。お前、衛士より議員の方が向いているんじゃないか。次の選挙に出るか?」

「止めてください」

 冗談じゃないと慌ててオレンダが首と手を振った。


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