『第16話 紫茶のおいしいレストラン』/4・手配書の顔
「被害届は出さないんですか?」
ルーラの驚きの言葉にペリアは静かに頷いた。
「幸いなことにみなさんのおかげで被害はありませんでしたし。ここは客商売ですから、妙な噂が立っても」
「そんな。この店の味が落ちたのって、明らかにあの2人が原因なんでしょう!」
ルーラの言葉にペリアたちが驚いたように顔をあげる。
「……落ちて、ましたか」
その顔にルーラは余計なことを言ったかと肩をすくめ
「ごめんなさい。でも、今夜のティキラス。いつもより美味しくなかったです。気になることがあって、料理に集中できなかったんですよね」
愕然とするペリアにスノーレが
「見たところ、先ほどの2人はあなたの知り合いのようですが。だからこそきちんと対応しないと何度で同じ事をしに来ます。彼らは自分たちのしたことを反省したからではなく、単に衛士がいるから去って行っただけのように思えます」
これにクインも同感とばかりに頷く。しかし
「そうなったら考えます。とにかく今日の所は穏便に済ませたいので、これで終わりにして下さい」
「うちも客商売ですから。よけいな騒ぎは避けたいんです」
ペリア達にそう言われると、ルーラたちもこれ以上強くは言えない。なにしろ被害らしきものはほとんどないのだ。せいぜい、あの時店にいた客達が早々に食事を済ませて帰ったぐらい。せいぜい頼むつもりだったデザートを頼まなかったぐらいだろう。
「わかりました。気が変わりましたら衛士隊に届け出て下さい。第3隊のエルティースと言えば、あたしが対応します」
ルーラがペリアの手を強く取った。私はあなたの味方ですというように。
3人が店を出るとき、すっかり暗くなっていた。
「よけいなお世話かも知れないけれど、一応、報告書を出した方が良さそうね」
「賭けてもいいわ。あの2人、また来るわよ」
「ご主人にとって、あの2人はそんなに大切な人達なんでしょうか?」
そういうルーラは、以前、結婚式の最中に嫁に逃げられた婿が、親が勝手に出した被害届を取り消したことを思い出した。
「昔、困ったときに助けてもらって恩があるのかもしれないわ」言いつつスノーレは顔を曇らせ「でも、私は大事にすると、自分たちも困ったことになるような印象を受けたわ」
「2人に弱みを握られていて、それが表沙汰になるのが怖いってわけね。よくある話だわ」
「弱みって?」
ルーラの問いに
「よくある話としては、昔、主人も結構悪いことをしていた。あの2人は当時の仲間だったとか」
「あるいは被害者ね。2人に人生めちゃくちゃにされて恨んでいるとか。訴えたいけれどハッキリした証拠がない。だからこんな嫌がらせに走ったとか」
「今は真面目に生きているんですから、そんなの関係ないじゃないですか?!」
「当時の罪を償っていればね。それに、償っていても当時の被害者はそんなの関係ないって言うかも知れないし」
「そんなのおかしいです! もう一度説得してきます」
踵を返すルーラを慌ててクインとスノーレが捕まえる。
「タンマタンマタンマ。本当はどうだかわからないんだから」
「そうそう、今のは私たちの勝手な想像」
すごい力で2人を引きずりながら店まで戻ろうとするルーラに
「勝手とは言え、あながち的外れでもありませんよ」
言いながら3人の前に現れたのはオレンダだ。アバターが帽子のように彼の頭に乗っかっている。
衛士隊本部。第3隊控え室。
「オレンダが動いているってことは、あの店、何か裏であくどいことしていたの?」
盗賊など主に荒事の事件を担当する第3隊に対し、彼の所属する第2隊は店舗や企業ぐるみの不正などを調査するのが主な仕事である。当然ながら情報収集など一件一件に費やす時間も多く、同時に複数を担当することも珍しくない。
「特に不審な営業は無いんですけれど。気になることがありまして。先日、サークラー教会に多額の融資を申し込んできました。表向きは店の改装ですけれど、それにしては奇妙な点がありまして」
オレンダは「回る製粉所」事件を通じて、サークラー教会のティカイと知り合い、不審な金の動きがあれば報告するよう約束させている。先日、ペリアが持ち込んできた融資の話に不審を抱いた彼は、こっそりオレンダにそのことを報告していた。
「300万ディルの融資を申し込もうというのに、事業計画書も持参していない。どうも店の改築はただの口実で、至急多額の金が必要になったらしいんです。少なくとも表沙汰に出来ない理由で」
「確かに怪しいけれど、それだけであんた動いたの?」
あきれ顔のクインに、オレンダは真顔で
「2人は店を開くために建物を購入、改装をしていますがその際、教会に資金援助を申し込んでいません。すでに必要な金を手にしたわけですが、彼らはどうやってその金を手に入れたのか? 店の購入、改装、必要な食材の仕入など、かかった費用は大雑把ですが100万ディル近いはずです。
それだけじゃありません。ルーラさん達に見ていただきたいものがあります」
彼は今まで裏返しにして机に置いていた紙束をひっくり返した。似顔絵だった。その下には名前と罪状、身体的特徴が記されている。要するに手配書である。
「店で嫌がらせをしたという男はこの中にいますか?」
ルーラが紙を手にし、1枚1枚めくっていく。肩越しにクインとスノーレがのぞき込む。彼女たちは知らないが、モネスト一味の手配書だった。
『あ!』
ルーラたちが同時に声を上げた。それはヒッコリーの手配書だ。
「こいつよ。間違いない」
「この人もです」
ブロンの手配書を手にし、ヒッコリーの手配書と一緒にオレンダに返す。
「この2人で間違いないですね」
人違いなら大変だとばかりに確認すると、3人が異口同音に「間違いない」と保証する。
「この連中は?」
「アクティブから回ってきたものです。監獄から仮出所したものの、そのまま行方をくらませたと」
「脱獄犯か」
「しまったーっ」クインが「そうと知っていれば、あの時そのまま捕まえるんだった」
「だとしたら、店の主人が衛士隊に黙っているのはますます納得いかないぞ」
「それについても、想像できます。こちらも確認してください。捕まりませんでしたが、その脱獄した連中の仲間と思われる2人です」
新たにオレンダが手配書を取り出し見せると、ルーラが息を飲んだ。
それは間違いなくペリアとタセの手配書だった。
「これがあるため私たちは2人を調べていたんです。そこへこのヒッコリーという男が姿を現した。そして不穏な融資の依頼に今日の騒ぎ。私たちは2人が盗んだ金を自分のものにして開店資金にしたと睨んでいます。そこへ仮出所したモネスト達が現れた」
「あの店をアジトにまた盗みをするって言いたいのか」メルダーがペリア達の似顔絵を見ながら「だったら店で騒ぎを起こすような真似はしないだろう」
「はい。それに、次の仕事のためならば、2人は自分の店を開くより、大きなところに入り込んで働くでしょう。それをせずに自分の店を開いて……調査した限りでは真面目に働いている」
「ということは?」
「かつての盗賊。仲間はみんな捕まったが盗まれた金は見つからず。出所のわからない資金で自分たちの店を開いている。現れたかつての仲間が嫌がらせ……」
オレンダの言いたいことは皆にもわかった。
「連中にとって2人は裏切り者ということか」
メルダーの言葉に皆が頷き、ルーラが青ざめた。
「審査は通りましたが金額が大きいため、実際に用意できるのは3日後になります」
サークラー教会。ティカイが融資のための書類一式を渡すと、ペリアは引きつるような笑顔で
「よかった。助かります」
ペリアが頭を下げるのを冷めた目で見るティカイ。金を借りるときだけ涙ぐみ感謝しても、返済となると態度を一変させる例を彼はいくらでも知っている。
「提出は明日でもかまいませんので、家で内容を確認の上で署名してください。後でこんなことが書かれているなんて気がつかなかったなんて言われても困りますからね」
「は、はい。わかっています」
何度も頭を下げてペリアは出て行った。それとタイミングを合わせたかのように反対側のドアが開き、オレンダが顔を出した。
「ありがとうございます」
「こんなことはこれっきりにしてくださいよ。これで用意した300万ディルが回収できなかったら、間違いなく私はクビです」
ティカイはほとほと困り果てた顔をオレンダに向け
「そもそもなんでこんな面倒くさいことをするんです。さっさと連中をまとめて捕まえれば良いじゃないですか」
「理由は2つ。ひとつは連中が集まる時を狙って一気に捕まえたいから」
「もうひとつは?」
「彼らの店で出す紫茶が美味しいからです」
イタズラっぽい笑みを見せるオレンダに、ティカイはワケがわからんと頭を抱えた。