『第16話 紫茶のおいしいレストラン』/3・招かれざる味
翌日からタセとペリアは金策に走った。表向きは店の改装ということにして、その資金をサークラー教会から借りようとしたのだ。サークラー教会は交流神ともいわれ、交流こそが人の幸せを導くという教えが基本で、その流れから資金物質両面で商人達を支援している。
担当のコーリシ・ティカイという男も猫足亭についての情報は得ており「資金調達ならお任せください」と最初は前向きだったが、2人が望むのが300万と知り「50万ぐらいならともかく」と難色を示した。300万にしたのは中途半端だと却って怪しまれると思ったからだ。
ティカイは店の改装資金というわりには改装内容の具体性に乏しく、それでいて急いでいることに不審を抱いてるようだった。とにかく審査にはかけてみることになり、ペリア達は少しでも多くの金額が貸し付けられることを信じて教会を出た。
ペリア達は他の教会にも回ったがサークラー教会ほど金の運用には力を入れていないせいもあり「サークラーが出せなかったものに金を出すのは」とまとまらなかった。
2人は金策の間中、自分たちをヒッコリーが尾行していることに気がついていた。それが2人を余計焦らせた。
「ここです。あたしの最近のお気に入り」
ルーラがクインとスノーレを連れて、仕事帰りに猫足亭に寄ったのはヒッコリーが姿を現して3日後だった。
「ここは知らなかったな。ルーラこういうの見つけるのうまいわよね」
本部勤めの衛士隊にとって、見回り中の食事は大きな関心事であり、衛士仲間ではうまい店の情報が飛び交っている。事件がないときの担当地区見回りなどは不審者、不審物の発見をほったらかしてひたすら食べ物屋を探すものもおり、彼らが作成した「ウブ・うまい店ガイド」は衛士達の隠れたベストセラーになっている。
夕食には少し遅いせいか店は3割ほどの入りだった。夜に女3人の客は珍しい。他の客の視線を集めながら3人が窓際の席に着く。窓際と言っても、この世界にガラス窓は普及していない。窓は開いているが、虫が入らないようにカーテンが閉められている。しかし、カーテンの生地を通して外の光が入るため、他の席に比べて少し明るい。
「初めての店ってけっこうドキドキするのよね。意外なものがメニューにあったり」
わくわくしながらメニューを開くクインに対し、静かにメニューを1つずつ吟味するスノーレ。2人とも目は真剣だ。既に注文を決めているルーラは余裕からゆっくり店内の雰囲気を味わっている……が
(あれ……?)
違和感に戸惑った。具体的にどうとは言えないが、なんだかいつもと空気が違う。余裕というか、楽しむ感じが足りない。
料理を持ってきたタセも何だかいつもの覇気がない。更にいつものティキラスを口にした途端
(あれ……)
いつもと違う。まずくはないが、口に入れたときのわくわくさせてくれるあの感じが無い。
スノーレがルーラの耳元に口を寄せ
「ここの店、最近何か不幸なことでもあった?」
と囁いた。見るとスノーレもクインも表情が芳しくない。
「あなたの顔を見ればわかるわ。いつもと味が違うんでしょう」
「まずくはないけれど、手放しで勧めるほどとは思えないのよね」
なんだか申し訳ない気がしてルーラが肩をすくめたとき、新しい客が2人入ってきた。
挨拶をしようとしたタセの口が止まる。ヒッコリーともう1人、ブロンというやはりかつての盗賊仲間だった。
「どうした、客が来たんだ。もっと愛想良くしろ」
2人はあくまで客としてきたとばかりに手頃な空いている席についた。
「この店で高い奴を適当に持ってこい。ツケでな」
ニタニタ笑う彼らにタセの顔が引きつり、厨房にいるペリアが強張った。
さらに彼らはルーラたちに目をつけ
「可愛い女がそろっているじゃないか」
図々しくブロンが立ち上がり、スノーレの手を取ると
「一緒に飯にしようぜ。この店のおごりだ」
「止めてください」
さすがにスノーレもむっとして彼の手を引き剥がす。
「そう言うな。女だけより男と一緒の方が楽しいぞ」
「ちょっと!」
たまらずクインが立ち上がり、睨み付ける。
「どうしてスノーレなのよ。女にちょっかい出すならまず私でしょ!」
たまらず座ったままルーラとスノーレがコケかけた。
「ま、もっとも私を口説いて成功するのはいい男だけ。あんたらじゃ失敗するわ」
「ほぉ」
あざ笑うブロンを前にクインが席を立ち拳を鳴らす。慌ててルーラとスノーレが席を離れ、クインの後ろに着いた。
「なんだ。男に対する口の利き方も知らないのか?」
「そんな口の利き方じゃ、いつまで経ってもあんたらのいい男レベルは上がらないわよ」
ブロンの助太刀をするようにヒッコリーが歩み寄るのを、タセが
「止めてください。他のお客様に迷惑です!」
「だとよ。素直に俺達の相手をしたらどうだ」
からかうように詰め寄り、腕を取るブロンに対しクインは
「じゃあ、他のお客様の迷惑にならないようにするだけよ」
彼の腕を取ると、逆にねじり上げる。
激痛に叫ぶブロンの姿に
「この女!」
ヒッコリーが襲いかかるその腕をルーラが捕まえると、そのままスノーレが開けた扉を通って彼を店の外に引っ張り出す。続いてクインが飛びだし、痛む腕を押さえたブロンも彼女を追うように店から出てきた。
「ここなら他のお客の迷惑にならないわ。このまま帰るなら見逃してあげるけど、どうする?」
店の外で対峙するクイン、ルーラとヒッコリー、ブロン。店内ではスノーレが
「危ないですから店の中にいてください。衛士隊です」
と客達を静めながら衛士隊の身分証をかざした。それを見たペリアたちにおびえの色が走った。
外にいるヒッコリーたちにもスノーレの声は聞こえた。
「衛士隊だと?!」
「そうよ。このまま牢に入れられれば納得する?」
言いながらクインとルーラが衛士隊の身分証を見せる。衛士であることを振りかざすようだが、変に騒ぎを大きくせず事態を収めるのになかなか有効な手段である。実際、相手が衛士と知ってヒッコリーたちは慌てて逃げ出した。
その後ろ姿を見送るタセの表情はどこか怯えているようだった。
「馬鹿野郎。お前ら。俺達が今、どんな立場だかわかっているのか。」
ヒッコリーたちを前に、モネストが二の腕から先がなくなった左腕をさすりながら
「俺達は仮出所中によその国にいるんだ。衛士隊にしょっ引かれてみろ、そろって監獄に逆戻り。刑期が増える上、いくらいい子ぶっても模範囚とは扱われねえだろうから保釈の目もねえ」
「わかってます」
肩をすくめ縮こまるヒッコリーとブロンに一同の冷たい視線が突き刺さる。
「けど、何か癪に障るんですよ。俺達が牢で看守に見張られて殴られ蹴られ、したくもねえ重労働している間、あいつらは金を全部持って自分の店持ちやがって。嫌がらせの1つぐらい」
唇をとがらせ、不満たらたらの2人にモネストは
「お前らの気持ちもわからんでもないが、それは約束の期日まで取っておけ。俺だって、はらわたが煮えくり返っているんだ。あいつら、散々目をかけ、夫婦になることも認めてやったのに、恩を仇で返しやがって」
傷だらけの顔を怒りに震わせた。
ウブの貧民街にある古いアパート。家賃さえきちんと払えば住民の素性なんてどうでも良いという大家が経営する一室でモネストは3人の仲間安酒を飲み交わしていた。
監獄生活の中、彼らは
「牢にいる間はおとなしく模範囚でいろ。ここを出れば金が待っている」
を合い言葉に看守の言うことを聞くおとなしい模範囚で居続けた。それでも2人を殺し、盗んだ金も出てこない。それに彼らの罪はブリトニー商会襲撃だけではない。なかなか仮出所の話は出てこない。監獄では囚人同士の諍いや看守の横暴などが多く、1人また1人脱落していった。結局、残ったのはモネストも含めて半数の4人である。
それだけに出所した後ペリア達が金と共に消えたことに怒りが噴出した。やっと2人の居場所を探しだしヒッコリーを差し向けたのは3日前のことである。
「2人だって捕まりたくねえ。サグラを逃げたり先に自分たちの取り分を使ったりは大目に見なきゃならんだろう。しかし何の連絡もよこさず別の国に行って、しかも金のほとんどに手をつけたとなったら許すわけにはいかねえ。2人そろってぶち殺し、地下水道にでも捨ててやる。
だが、その前に2人からありったけの金を取る必要がある。あいつらに俺達が来たことを知らせ、用意できるだけ金を用意させてやる」
彼らはヒッコリーを使いに出し2人を脅したのはこういう事情からである。2人はきっと許してもらうためにあちこちから金を借りたりして、できる限りの金を用意するだろう。10日の時間はそのためのものだ。
実際、彼らは2人がサークラー教会に金を借りに行ったのを突き止めている。
「そのためにも、奴らが逃げ出そうとしない限りは手を出すな」
「けれどボス、あの店にいた衛士達にペリアが俺達のことを話したら」
心配そうな部下に
「そんなことをしたらあいつらも捕まって牢屋行きだ。その衛士が何か聞き出そうとしても2人の方で必死に誤魔化すさ」
「それもそうですね」
部屋に彼らの含み笑いが広がった。