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『第16話 紫茶のおいしいレストラン』/1・猫足亭


 ウブのやや東の中央寄り。大通りから1本外れた通りに「猫足亭」という小さなレストランがある。5年ほど前にちょっとくたびれた夫婦が開いた店で、大通りはいくつも飲食店があるし、店構えも地味なので近所の人たちも「いつまで持つか」とささやき合っていた。

 しかし大通りの店の混雑を避けた客が1人、また1人とやってくると

「メニューの数は少ないが安いし美味い」

 と度々足を運ぶようになり、いつの間にか「知る人ぞ知る美味い店」を確立していった。

 そしてまた1人、この店の味を気に入って何度か足を運ぶようになった女性がいた。


「ティキラスと肉包みのスープです」

 40近いエプロン姿の女性がルーラの前に料理を置いては会釈する。

「いただきまーす」

 満面の笑みをでルーラは手を合わせると、木製のスプーンを手にする。

 ティキラスは固めに炊き上げた米に鶏肉と茸、豆、葱と一緒に炒めて塩とトマトペーストで味付けする。それを皿に敷いた薄焼き卵に乗せ、香草をちょっと乗せただけものだ。初めて店に入ったとき注文して以来、ルーラのお気に入りとなっている。これにその時の気分で違う1品をつけている。今日は挽肉と刻み野菜を小麦粉の皮で包んだものをスープで煮込んだものだ。

(あー、おいしい。幸せーっ!)

 声に出そうなのをライスと一緒に飲み込む。

 100年祭の少し前、ルーラは休日、街を歩きながらこの店を見つけた。精霊使いである彼女は街のあちこちに出向いては精霊たちに挨拶して回る。普段からの交流がなければ、いざというときお願いしても聞いてもらえないときがあるからだ。人間だって初対面の人の頼みと友達の頼みとでは引き受けるかどうかが違う。それと同じだ。

 そして最近もうひとつ、彼女に小さな楽しみが出来た。おいしいもの探しだ。

 ウブに来る前のルーラはドボックという国の山奥にあるサンクリスという隠れ村に住んでいた。必要なものは自然の中から手に入れた。家具や食器などは自分で木を削って作った。、人の手がほしいときは皆で助け合い、誰かが作ったものを手に入れ、誰かのためにものを作った。

 そのため彼女は「お金」というものは名前は知っているものの使ったことがなかった。村を出て、何かを得るためにはお金というものを間に挟んでの交換が普通だと知り、自信も何度かそれを行ってみたもののなかなか実感がわかず、お金の価値が解らない。それで衛士隊に入って初めての給料を全額見知らぬ人にあげてしまったこともある。

 あれから100日が過ぎ、さすがにあの時よりはお金の価値、使い方が解ってきている。それに彼女自身、ウブの生活に慣れ、あちこち精霊の挨拶と好奇心、巡回をするうちに外でお金を使うことを避けられなくなっていた。買物だったり、外食だったり。中には聞き込みで情報を得るためにお金を出すこともあった。

 お金を使うことで欲しいものがいろいろ手に入る。それは新たな世界を知ることでもあった。ルーラはお金の力と可能性を実感しつつある。お金があれば世界が広がる。可能性を伸ばすことができる。もちろんベルダネウスやスノーレから言われた言葉も忘れていない。お金は自分をゴールの前まで運んでくれるが、決してゴールさせてはくれない。最後の一歩は自分の力で行わなければならない。何を知るか、何をするか、何を食べるか。それを決めるのはお金ではなく自分の意思であり自分の行動なのだ。

 そしてルーラがお金の力で知り、魅了されたもの。それは食欲だった。おいしいものを見つけ、買い、食べる。この喜びは彼女を目覚めさせるのに十分だった。

 最初は屋台の食べ物だった。ルーラにとって食べ物とは畑で育ったもの以外は、山を駆け巡り野草や果実を取り、野ウサギなどを狩るなどで手に入れるものだった。料理も自分でするものであり、魚や兎、鶏も自分で捌いた。実際、寮で彼女が料理当番の時は自分で取ってきた魚や川蛇を裁いて食卓に出した。これは今でもほとんど変わらない。寮の棚に置かれたジャムなどは、ほとんど彼女が作ったものだ。ルーラが来てから寮の食事が(良くも悪くも)楽しませてくれるようになったというのはクインやスノーレの談である。

 それが遠くから運ばれた知らない食材で作られた見たことのない食べ物が、お金と引き換えに手に入り、食べることが出来る。しかも美味しい。村ではほとんど手に入らなかった調味料が使われ、味付けされたものは新鮮だった。今彼女が食べている料理も村にはなかった。

 巡回時は制服姿のため屋台だったが、仕事以外の外食は、できるだけ店内でゆっくり食べられる店を選んだ。猫足亭もそうして見つけた店の1つだった。

 テーブルとカウンター、全部合わせても20人と入れない店だが、店内の装飾は木造で、器や皿もほとんどが木製だ。木製の食器や装飾は村を思い出して落ち着いた。

「おいしかったーっ」

 思わず口に出たのに店内に微かな笑い声が湧いた。カウンターの向こうで調理中の料理人でありこの店の主人が思わず顔をほころばせた。客から調理中の様子が見える作りは珍しい。

「どうぞ。当店からのサービスです」

 空の皿を下げるのと引き換えに、冷たい紫茶がルーラの前に置かれる。白木の器に紫茶の透明感のある赤紫はよく映えた。

 ルーラはこれも好きだ。サービスで出すのはもったいないぐらいで、普段飲んでいるのとはまるで違う。透明感も香りも良いし、口に入れた時感じた酸味も、飲んだ後に砂浜を流れる波のように引いていく。同じ紫茶でこうも違うのかとびっくりする。

「ごちそうさまでした」

 代金を払って精霊の槍を手に店を出る。勤務中ではないので穂先には麻の袋を被せてある。精霊使いにとって精霊の槍は手放すわけには行かないが、槍をむき出して町中を歩くのも物騒だ。魔導師はよく知られているので魔玉の杖を持ち歩いてもとがめられることはないが、精霊使いはそこまで知られていない。精霊使いという名は知られていても、実際に見たことのない人がほとんどなのだ。精霊の槍もほとんどの人にはただの無骨な石槍にしか見えない。

 膨れたお腹に満足感を詰めて歩いていると、反対側からありふれたカーキ色のシャツを来た男がやってきた。その顔にルーラは見覚えがある。

「シェルマ」

 衛士隊第2隊のシェルマ・オレンダという魔導師だ。アバターという虎猫を使い魔にして、主に情報収集、怪しい建物の探索などを得意としている。彼女の第3隊とは今まで何度も助け助けられてきただけにすっかり顔見知りだ。

 声をかけようとしたルーラだが、オレンダが疲れた目にマッサージするように目を押さえたので止めた。これは、今仕事中なので声をかけず知らんぷりしてくださいという合図だ。仕事中、特に尾行や張り込みをしているときなどに声をかけられると困るので、衛士達にはこういった合図がいくつも決められている。

「いろいろな人が来るもんね」

 ウブは東西中央と3つの大きな川が流れている。水路を生かした流通が発達し、スターカイン国における東の大都市となっいるだけに、集まる人たちも様々である。その中には歓迎できない人達も多い。


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