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『第15話 鏡の極意/6・極意を得た者』

 1階では、マウスフェイスたちが正面入り口と勝手口の二手に分かれて周囲を伺った。暗くなったとはいえ周囲の建物には人がいる。あまり大きな音は立てたくなかった。

「いいか。中にいるのは店の夫婦だけだ。さっさと殺して売上持ってずらかる」

「バーバの奴は?」

「放っておけ。今回は取り分がいらねえって言っているんだ」

 マウスフェイスは最初からバーバとはこれで縁を切るつもりだった。この襲撃もウブから逃げる途中の「ついで」に襲うぐらいの気持ちだった。最近仲間も増えたし、バーバでなくても腕の立つ殺しも厭わないあぶれ戦士はいくらでもいる。わざわざ彼のように面倒くさい奴と付き合うこともない。

 正面入り口、マウスフェイスに促され仲間の1人が扉をノックする。

「すみません。店開いてませんか。腹減っちゃって」

 なるべく情けない声を扉の隙間からかける。言葉は情けないが、その手には良く切れそうな小剣が握られていた。

「すみませんね。今日はもう終わっちゃいまして」

 鍵を開ける音がして、扉が外に向かって開かれると中からエプロン姿のショートカットの女性が顔を出す。

 そこへ盗賊が小剣を彼女の腹めがけて突き入れる。が、相手は体を捻って躱すと、小剣を持った腕を掴んで逆にねじり上げる。

 苦痛の声を上げ片膝をつく盗賊を、押し出すようにエプロン姿の女性が店の外に出て

「衛士隊です! 抵抗は止めなさい」

 顔をあげる彼女。ルーラである。さらに店からメイスを手にしたイントルスが現れる。

 同時に勝手口が弾けるように開き、ギメイが現れ控えていた盗賊の1人を殴り倒す。

「てめえらがやったことを考えれば、手加減はいらねえな」ギメイが拳を鳴らしながら「痛い目に会いたくなかったら、さっさと手を上げて降参しろ」

「衛士隊だと?!」

 押されるように盗賊達が1ヶ所に集まる。

 周囲の家々からメルダーやニンダスら衛士の面々が出てきて彼らを取り囲む。

 マウスフェイスたちが一斉に武器を構えた。

 衛士達の中からジーヴェが前に出、無造作に盗賊達に歩いて行く。サーベルを構えるでもなし、ただ手にぶら下げているだけで無防備に見える。

 盗賊が3人、小剣を手にジーヴェに襲いかかるが、彼が軽く、何気なく、無造作に振るったとしか思えないサーベルがあっという間に3人を打ち据えていた。

「こいつ、変な顔のくせに!」

 残った盗賊達が一斉に襲いかかる。言われたジーヴェは眉をひそめ

「剣術に顔は関係ない」

 体が風になびくようにしなやかに動き、すれ違い様に盗賊達を次々打ち倒していく。剣だけではなく、時には足を相手に引っかけ、裏拳で相手の顔面を強打する。彼が体のどこかを動かす度に盗賊達が倒れていく。その動きに

「……強え……」

 思わずギメイが漏らし、息を飲む。

 たまらず逃げ出す盗賊達もイントルスのメイスに叩きのめされ、他の衛士達に取り押さえられる。

 盗賊達はマウスフェイスをのぞいて地面に打ち据えられた。

「お前が最後か」

「ま、まいった。降参する。もう抵抗はしねえ」

 土下座するマウスフェイスにジーヴェがサーベルを鞘に収めた時

「くらえ!」

 マウスフェイスがナイフを投げた。

 が、ジーヴェは居合いの如くサーベルを抜き、ナイフをはじき返す!

 返されたナイフはマウスフェイスの肩に刺さった。

「ひ、ひぃぃぃぃ」

 彼の顔が恐怖に歪む。

「どうした。急所じゃないぞ。それとも毒でも塗ってあったか?」

 返事をすることもなくマウスフェイスは地面に倒れ、口から血泡を吐いて動かなくなった。その顔は青紫に変色している。

「噂に違わぬ腕前だな。儂らの出番がほとんど無い」

 ニンダスがつまらなそうに言うのにジーヴェは

「取り調べは東に任せます。それに、まだ残っています」

 再びサーベルを納め、建物を見上げた。

 3階の窓から明かりが漏れている。


 バーバの全身から汗が流れ、顔は引きつり、体は震えていた。

 それがそのまま鏡に映り、自分の目に入ってくる。

 ただ自分の姿を見続けると言うことがこんなにつらいのか。最初のうちは物珍しさもあった。自分はこんな姿形をしているのかと。だが時間が立ち見飽きはじめると次第に自分の姿が不愉快になってきた。

 醜い。卑屈。臆病。腰抜け。

 こんな醜い生き物が実在するのか。これが自分の姿なのか。

「もういい!」

 バーバは鏡に向かって歩くと、映っている己の姿を思いっきり蹴飛ばした!

 鏡が倒れ、衝撃で一面にヒビが入った。

「思っていたより早かったな」

 やはりと言いたげにジュウザンが

「こんなものが何の役に立つ!」

 バーバが剣を抜いた。

「クイン、これでわかったろう。お前が気に病むことは無い。実力の差だ」

 ジュウザンの言葉に彼女は静かに頷く。再びあげた顔には、もう何の迷いも見られなかった。

「私と戦いたいの」クインが扉に歩き「ここじゃそんな大きな剣は扱いにくいでしょう。外で戦わない?」

 扉を開けると、外に出るよう促した。

 バーバと共に階段を下り、外に出ると盗賊達は手枷をはめられ衛士達に見張られていた。彼らの足下にはもう枷の必要がなくなったマウスフェイスが転がっている。

 彼らのそんな姿を見ても、バーバは眉1つ動かさなかった。

「仲間でしょ。苦い顔ぐらいしたらどう?」

「仲間? 誰のことだ」

 周囲を見回す。衛士の壁が薄いのはどの方角かを見極める。

 クインはメルダーに

「隊長、少しの間だけ私を衛士ではなく剣士として戦わせてください」

 メルダーは彼女とバーバ、ジュウザンを見て事情を察したようだ。

「わかった。みんな、場所を空けろ」

 路上に2人が戦うだけの空間を作り出す。

「先生、立会人をお願いします」

 クインに言われジュウザンが「よし」と前に出る。

 中央で、クインとバーバが対峙する。

 静かにサーベルを上段に構えるクイン。静かに息を吐き唇を軽く結ぶ。

「クインさん、大丈夫ですか?」

 心配そうに見るルーラに、隣のジーヴェは

「大丈夫だ。ああなったクインは強い。俺でも手こずる」

 構えたクインの目からは、普段のおちゃらけた雰囲気は微塵も感じられなかった。無言のままただ相手を見つめている。

 ギメイは今のクインに見覚えがあった。彼が見初めるきっかけになった誘拐事件、人質の少女を守るため、彼女は犯人達に辱めを受けた。その後、彼女はこの顔となり犯人達を圧倒的強さで叩きのめしている。

「それではよいな」

 ジュウザンの言葉が終わらないうち、バーバの大剣がクインに襲いかかった。大剣を振るう度に空気が唸り、それが生み出す風がクインの髪をゆらす。だがそれだけで彼女の体にはかすりもしない。クインもあえて攻撃を受けたり逸らしたりせず、躱すことに専念している。

「バーバの奴、大分剣が荒れたな」

 2人の戦いにジュウザンが漏らした。極意伝授の問題が起きたとき、バーバとクインの剣にあまり差はなかった。心が決め手になった。

 だが今、2人の剣には差が生まれていると感じる。

 剣が打ち合う音もないまま時間が過ぎる。

 大剣を構えるバーバの息が乱れている。対するクインは静かに剣を構えるだけだ。

「少しにしては長いぞ」

 促すようなメルダーの言葉に、クインは無言で剣を下段に構え直す。

 バーバが突っ込み、大剣を振り下ろす。ある程度自分も斬られることを覚悟しての深い一撃だ。クインは後ずさるようにそれを受け流す。この戦い、初めて得物同士が触れあった。

 2人の体が入れかわるとバーバが体を回転、振り返りながら彼女めがけて右足を蹴り上げるようにして靴を飛ばす。

 クインが靴を弾く間に、彼は一気に間を詰め気合いと共に大剣を横一線に振るう。とっさに頭を下げたクインの頭すれすれを大剣が通り、数本の髪と共に赤い髪留めを切り飛ばした。

 束ねた髪が広がり両頬を撫でる感触の中、クインのサーベルが煌めく。

 再び2人の体がすれ違う。今度は両者とも振り返らなかった。

 静かにクインが息を吐く。持つサーベルは刃の向きが本来と逆になっていた。峰打ちだ。

 バーバが倒れた。斬られたと思い込んだ彼の身体は動かない。

「お見事」

 ジーヴェがバーバの意識がないことを確かめ、衛士達に彼を束縛するよう促す。

「割れてる。この髪留めお気に入りだったのに」

 飛ばされた髪留めは亀裂が入り、細かな破片をこぼしている。髪をまとめず下ろした彼女の姿はどこか新鮮だ。

「髪留めぐらいなら」

「俺がプレゼントしてやる」

 ジーヴェの言葉をギメイがさっと奪い取る。

「あれ。いいのぉ」

 ギメイの言葉にクインはいかにも悪いことを考えていそうな笑顔を向ける。

 その顔にギメイが「しまった。早まったか」と顔を引きつらせた。

「男たるもの1度口にしたことの責任は持たんと行かんな」ジュウザンが事情を察したように「クイン、かまわんからお前の欲しい奴で一番高いのを買ってもらえ。ただし衛士の給料で出せる範囲でな」

 周囲が何やらニタニタしながらギメイを見ている。みんな状況を面白がっている。


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