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『第15話 鏡の極意/3・女主人殺し』

「どうも後味悪いのよね。何か私があいつを追い詰め、追い出したみたいで」

「気にするな。確かに他に良い方法があったかもしれんが、最善にこだわりすぎると何も出来なくなる」

 道場からの帰り道、クインとジーヴェが並んで歩いていると、前方で駐在班の衛士がロープを張って通行人に回り道を促していた。

「何かあったかな」

 近づくと、1軒の洋品店の周囲に立ち入り禁止のロープが張られ、衛士隊が店の従業員らしき女性に話を聞いている。

 店から出てきた中年衛士の薄い頭にクインは見覚えがあった。

「ニンダス隊長」

「おや、珍しいな。東西衛士の腕利き剣士がそろっているとは」

 彼女に気がついたニンダスが浮かぬ顔でやってくる。東の衛士隊第6隊隊長ニンダス。

「殺人ですか? でも、ここは西の管轄のはずですが」

 第6隊は主に殺人事件を扱っている。ウブは大きな街だがしょっちゅう殺人事件があるわけではない。別の管轄にまで出張ってくるのは珍しい。

「どうもうちの事件と同一犯らしくてな。せっかくだ。被害者の傷を見てくれ。お前たちの意見も聞いておきたい」

「ということは、剣で?」

「一太刀だ。容赦ない」

 店に入ると血の匂いでむせかえりそうだ。

「ひどいな。暑さに血の匂いは堪える」

 地味なベージュのワンピースを血に染め、40才近い女性が倒れていた。

「この店の主人で名はエリーゼ・カウル。昨夜店を閉めているところを襲われたらしい。今日、通いの従業員が遺体を発見した」

「物取りですか?」

「金箱が空っぽになっているからな。周囲を荒らした形跡もある。まだ細かなチェックはしていないが商品は奪われた形跡はない」

「殺して金を奪ってさっさと逃げるか。やっかいだな」

 ジーヴェが言うように、こういう人のつながりが薄い事件は捜査しづらい。人間関係から調べることも出来ず、犯人も金を手にしたらさっさと逃げる。その日のうちにウブから逃げられたらほとんどお手上げだ。

「剣筋にためらいはないし、かなりの使い手ね。でも、強盗としては素人ね」

 周囲の血飛沫にクインが顔をしかめる。強盗に慣れていれば返り血を防ぐためにこんな殺し方はしない。少しでも血を吹き出さないような殺し方をする。店に入るにしても従業員が帰るか、住居兼の店舗なら寝静まった時間を狙う。

「閉めている時を狙うなら、鍵を用意していなかったんだろう。だったら尚更すぐに殺すことはしない。生かしたまま脅して店の金を出させるだろうし、そこまで余裕があればこんな殺し方はしない。最初から殺すつもりでも首を絞めるとか派手でないやり方をする。返り血でも浴びたら逃げづらいからな」

「そう言えば、血の跡はここだけ?」

「外にもいくつか血痕が見つかった。犯人も結構な量の血を浴びているはずだ」

「店か主人かはともかく、恨みが絡んでいるわね。物取りに見せかけた殺し?」

「ニンダス隊長、そちらの事件とも絡んでいるらしいと言いましたが、同じような事件が東でも?」

 ジーヴェの言葉にニンダスは薄くなった頭を叩き

「ここもいれて20日の間に4件。2件目と3件目は東の管轄で起こっている。どこも同じ、閉店間際に踏み込み、主人と残った従業員を殺して金を奪う。奪われた額は前の3件で23万ディル」

「何か微妙な金額ね」

「どこもここ同様、小さな個人商店だからな。犯人の人数次第では物足りないと思うだろうが。それならもっと金のありそうな店を狙っても良いはずだ」

「同じ犯人の仕業と判断した理由は? やり口だけですか?」

「他にも共通点がある。全て経営者が女性だ。だから私は、犯人は彼女たちを殺すことも目的の1つだと睨んでいる。2件なら偶然もある。3件なら必然の可能性が高いが絶対ではない。だが、4件なら絶対の必然だ」

 まだまだ男社会のここで、適当に選んだ店4軒が全て女主人の店というのはあまりにも不自然だ。

「経営者の女性につながりは?」

「今のところ見つかっていない」

 被害の店を出たクインとジーヴェはそろって険しい顔つきをしていた。

「あの太刀筋、どう思う?」

「バーバの初太刀に似ている。が、それだけだ」

 ジーヴェの答えにクインも頷く。確かにそれだけだし初太刀に何百という種類があるわけでもない。ただ似ているというだけでバーバと繋げるのは乱暴すぎると思えた。だからあえて現場ではバーバのことは言わなかった。しかし、道場でジャックの話を聞いた後ではどうしても2つを関連付けて考えてしまう。

「女主人を狙うというより、成功した女に憎しみを向けていると言うべきか」

 クインが唇を噛む。バーバが犯人だとしたら、その原因の1つは自分にあると思えた。

 太陽が西に落ち始め、夏の力が衰え始めた頃、2人はウブの中央を流れるマナカ川にさしかかった。

 人気はなく、石橋を渡っているのは2人だけ。

 そこへ反対側から1人の男が橋を渡ってくる。

 2人とも瞬時にそれがバーバだと解った。ウブから姿を消した時に比べて髪はボサボサ、黒々とした髭を蓄え、くすんだ鉄製の胸鎧を着けている。腰にはサーベルよりひとまわり大きい大剣をぶら下げている。サークラー教会でよく見る護衛の仕事を待つフリーの戦士のようだった。

 水の流れる音の中、3人が橋を渡り、ちょうど中央ですれ違う。

「失礼。そこの人」

 すれ違い様クインが声をかけた。

 バーバが無言で振り向く。

「衛士隊ですが、身分を表すものを拝見できませんか?」

 自ら衛士隊の証明書を示しながらクインが聞く。

「近くで殺しがありましたので、念のため剣を所持している人には声をかけています」

 バーバが無言で剣をゆっくり抜いた。静かに刃を回し

「血の跡が見えるか」

「匂いはします」

「自由商人の護衛をしてここに来る途中、盗賊を何人か斬った。その時のだろう」

「サークラー教会に問い合わせます。登録証を拝見できませんか。そして護衛をしたという自由商人の名も」

 真顔のクインに対し、バーバが鼻で笑い

「登録証がなくても俺の名前ぐらい解るだろう。茶番はその辺にしろ。フェイリバース」

「茶番じゃなくて仕事よ」

 2人が会話をする中、静かにジーヴェは彼の背後に回っていた。クインと挟み撃ちにする形だ。

 剣を納めたバーバはジーヴェの脇を通り抜け、橋の向こうに消えていった。

 それを見送りつつジーヴェがいきなりサーベルを抜いた。同時にクインも。

 2人のサーベルが空を切り、飛んできたナイフを同時に弾き飛ばす。乾いた音を立ててナイフが転がった。

「良い度胸をしているな」

 2人が静かにサーベルを納める。

「間違いないわ。連続女主人殺し、あいつの仕業よ。まだ証拠はないけどね」

「同感だ」

 バーバの去った方を2人はずっと見つめている。もうナイフは飛んでこなかった。


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