『第14話 裏金庫は重かった』/1・衛士隊だ!
神歴1688年、夏の29日。
スターカイン国の東北東に位置する都市・ウブ。東のセンメイ川、西のカルディナ川に挟まれ中央を南北に流れるマナカ川を持つこの街は水路を生かし流通の拠点として栄えている。センメイ川は南の海洋都市ピミニや隣国ワークレイとの物流が盛ん、カルディナ川はスターカインのほぼ中央を横切る形になるため、国内流通の拠点として利用されており、その規模はスターカインでも五指に入る。
夏に入ったのだなと感じさせる夜。
センメイ川下流のバウム船着き場。主に下流の町から運ばれたものの大半はここで降ろされ、陸路や水路を使ってウブの各地に運ばれる。南の海で採れる海産物や香辛料、貝を使った装飾品や宝石などが中心だ。
虫の声が続く中。そのバウム船着き場の倉庫の1つで10人近い男が集まっている。全員黒ずくめ。うち1人は剣を携え、別の1人は先端に珠をつけた杖を手にしている。
遠くから微かに鐘の音が聞こえる。
「時間だ」
彼らは荷台を出入りさせる大きな扉ではなく、脇の小さな扉を開けて中に入る。
「灯り」
先頭の男が言うと、杖を持った男が静かにそれを掲げる。先端の珠が淡く光り周囲を照らす。照明魔導、灯火魔導などと呼ばれる魔導師なら誰でも使える基本的な魔導だ。魔導とは、魔力と呼ばれる「力ある精神」を様々な現象へと転化させる技術で、彼らは一般に魔導師と呼ばれている。彼らが魔導を発動させるのに欠かせないのが、転化の道具である珠。この珠は魔玉と呼ばれ、これを先端に固定した杖は「魔玉の杖」と呼ばれ魔導師の証にもなっている。
灯りに照らされ、倉庫に積まれた木箱が照らされる。
それらの陰から次々と男達が現れる。みんな薄汚れた作業着姿で、この倉庫の従業員にしか見えない。だが、従業員ならこんな時間に隠れるように潜んでいるはずがない。
作業着姿の連中で、ほうれい線がくっきりした白髪交じりの男が前に出る。円柱のような輪郭の顔が印象的だ。名はコマリト。一部の人間には有名な闇商人だ。
「ザッフィー。相変わらず時間に正確だな」
「金と時間の無駄遣いが嫌いなだけさ」
ザッフィーと呼ばれた男は肩をすくめる。
「代金は用意してあるな」
「商品を確認してからだ」
コマリトの支持で仲間の1人が木箱の1つを開ける。中にはおがくずに包まれた魔玉がいくつも入っている。
ザッフィーの仲間の魔導師が照明魔導を消した。すでに仲間がいくつものランプを用意しているので多少暗くなった程度で特に困らない。魔導師は木箱の魔玉に手をかざすとゆっくり動かす。それに合わせて魔玉がうっすらと輝いていく。
その反応に魔導師はザッフィーに向かってゆっくり頷く。
「わかったな。次はこっちが確かめる番だ」
コマリトに言われ、ザッフィーの仲間が古ぼけたケースを2つ前に出した。開けると両方とも金色のディル金貨がぎっしり詰まっている。
途端、照明魔導より大きな灯りが倉庫に広がった。奇妙な光に皆が目を瞬かせる。この光、空間自体が明るくなっているようで影が出来ない。そのため違和感がある。
「何だ?!」
正面の門が一気に開き、同じデザインの制服に身を包んだ男女が10人近く現れる。先頭のありふれた顔立ちの男が前に出て
「衛士隊だ。ザッフィー盗賊団及びコマリト一味、素直に逮捕されればそれで良し、抵抗するなら容赦しない」
「メルダーか」
ザッフィーが前に出て小剣を抜いた。
「てめえに邪魔されるのはこれで三度目だ。いい加減にしやがれ」
「真っ当な仕事なら邪魔する気はない。監獄から出てくる度に同じ事を来る返すならば、何十何百だろうと邪魔をしてやる」
メルダーがサーベルを構える。あまり特徴のない「特徴のないのが特徴」とまで言われる平凡な男だが、さすがにウブ東衛士隊第3隊の隊長を務めるだけあってその構えにはなんとも言えない凄みがある。
「突破するぞ。全員逃げろ!」
それを合図に盗賊達が全員、武器を構えた。
魔導師が杖を構えると、先端の魔玉の色が変わる。照明魔導から別の魔導に切り替えたのだ。だがそれが発動する前に杖を持つ腕を矢が貫いた。悲鳴とともに魔導師が倒れ、魔玉の杖が転がった。ウブ衛士隊でも最高の射手と言われるトリッシィ・スラッシュの腕前だ。
正面突破を図る一味に大柄な衛士が立ち塞がる。
「お前達の力は逃げるためにあるのか」
衛士ギガ・バーン・イントルス。無愛想な四角い顔にがっしりとした体つき。静かにメイスを掲げる腕は人より長めで少しアンバランスにも思える。
「我が神ゴーディスよ。この者達を沈める力を我に与えたまえ」
メイスに刻まれたただの○を見て盗賊達が体を強張らせる。
「ゴーディスの信者か?!」
この世界で8大神と呼ばれるの1つ力神ゴーディス。力神と言っても腕力だけを指すのではない。財力、技術力、交渉力、様々な力を場合に応じて適切に使い、優れた力が未熟な力を導き、伸ばしていけば人々は幸せになれるという教えの神だ。この場合に求める力とは、もちろん素早く相手に怪我をさせないよう取り押さえる力である。
斬りかかる盗賊の剣を巨体に似合わない素早さで躱しメイスを振るう。文字通り盗賊は宙を飛び、木箱に叩きつけられた。
衛士隊とザッフィー盗賊団、コマリト一味の乱戦が始まった。
人数だけなら衛士隊の方が少ないが、彼らはみな腕に自信のある者達。メルダーの第3隊だけでなく他の隊の援護もある。数の不利を質で補い押していく。
メルダーに突っ込んでいくザッフィーともう一人の盗賊。こちらは小剣ではなく柄に魔玉が埋め込まれている長剣を持っている。
彼を守るように金髪セミロングの女剣士が割って入る。第3隊の女衛士クイン・フェイリバースだ。
「おっと、あんたらの相手は私よ」
くりくりした目から大人ぶっているように見える18才の彼女だが、侮ったら痛い目に会う。何しろ東の衛士隊指折りの凄腕剣士なのだ。
「あ、お前は?!」
長剣の盗賊が剣を構える。その反応にクインは小首を傾げ
「あれ……あんた、前にどこかであったっけ?」
「忘れたのか。100日ぐらい前、ここではないがセンメイ川の倉庫で」
「思い出した!」何度も頷き「名乗ろうとした途端、スラッシュに射られて川に落ちた奴」
詳しいことは第1話「衛士隊にようこそ」を参照。
「あの時の決着、ここでつけてやる」
剣を握る手に力を込めると、柄の魔玉が光りそれが伝わるように刀身を覆っていく。
「魔導剣……相手にとって不足はないわ」
クインも剣を上段に構える。
「前に言い損ねたからな。名乗らせてもらう。俺の名は」
途端、崩れてきた荷物が彼を押しつぶした。舞い上がる埃にクインがサーベルを構えたまま
「……おーい……」
声をかける。が、剣士は荷物に潰され白目を剥いていた。手にした剣からは魔導の光が消えている。
倉庫の外。河川岸。数名の盗賊が用意してあった船に飛び乗った。
「船を出せ、逃げろ!」
待機していた盗賊に声をかけるが反応することなくゆっくり倒れた。
驚く盗賊達の前、倒れた盗賊の陰から小柄な衛士が姿を見せた。武器は持っていないが両拳に革の手袋をはめている。衛士隊第3隊の1人。ヌーボルト・ギメイだ。
「あいにくだったな」
「なんだこのチビガキ」
相手が子供とも思えるほど小柄なので盗賊達も威勢が良い。
「見ての通り衛士だ。相手になってやる。さあ、弱い奴からかかってこい!」
威勢の良い口調の割りには中身がちょっと情けない。それを感じ取ったのか盗賊達も
「おあいにくだな。俺達に弱い奴なんかいねぇよ!」
盗賊のナイフを避けつつ、ギメイが相手の腹に一撃を見舞う。それだけで相手は悶絶、甲板に倒れた。
「勘違いするなよ。体をほぐすつもりで弱い奴って言ったんだ」肩をほぐしながら「もうちょいほぐしたかったが、お前ら程度なら別に良いか。今度は強い奴からかかってこい」
指1本で誘ってくる彼に盗賊達が一斉に襲いかかる。がギメイの素早い動きに誰も捕らえられない。彼は第3隊で1番の空拳(この世界における素手で戦う格闘技の総称)使い。衛士になる前は地下の賭け試合で生活していただけにその腕は師範代クラスだ。
ザッフィーやコマリトたちが倉庫から飛びだし一丸となって繁華街を目指す。建物の入り組んだそこまでいけば逃げられる目算だ。
正門までの開けた場所を突っ切ろうとすると
「スノーレ、ルーラ!」
メルダーの合図で衛士達が一斉に追うのを止めた。その中から微かに緑がかった癖のある銀髪、ちょっとおかしみのある丸眼鏡を欠けた魔玉の杖を手にした女衛士が前に出る。魔導師スノーレ・ユーキ・ディルマ。
彼女が左手で魔玉の杖をかざす。魔力と称される力ある精神を受け、魔玉が淡く赤く光り始める。右手の親指、人差し指、中指で魔玉を抓むように触り手前に引く。すると、魔玉の光が指に抓まれ赤く手前に伸びていく。それは、杖を弓に見立てた矢のようだ。
「八方・魔導炎!」
魔導の矢を天に向けて放つ! 逃げるザッフィーたちの頭上でそれは派手な炎と変わり八方に散らばる。
散った炎は逃げる盗賊を囲むように地面に落ち、反時計回りに走り繋がり彼らを囲んでいくが、それが円を形作る寸前、ザッフィーが外に逃げる。
円周の炎が一斉に上り炎の壁を作り出すと、逃げられたザッフィーをのぞくコマリトたちがたじろぐように中央に集まる。
そこへ石槍を持った短い黒髪と日に焼けた肌の衛士が出る。ルーラ・レミィ・エルティース。衛士隊最年少の14才。短い髪と中性的な顔立ちのせいでパッと見た感じ少年と感じる人もいるが、最近成長し始めた胸の膨らみと高い声が中身は女性だと主張している。
「大地の精霊!」
炎の外でルーラが大地に精霊の槍を突き刺しお願いする。
炎の内側の大地が陥没。落とし穴のようにコマリト達を落としたところで横に滑るように大地が流れて彼らをガッチリ捕まえる。
魔導の炎が消えた後には、体の一部を埋められ身動きが出来ないコマリト達の姿があった。
「てめえ……精霊使いか……」
悔しげにコマリトが埋まった左足を引き抜こうともがきながらルーラを睨み付けた。
精霊使い。自然界を司ると言われる精霊たちと心を通わせ、お願いする形で精霊に妻妻な現象を引き起こしてもらう人達をこの世界では精霊使いと呼んでいる。彼女が持っている石槍は精霊と心を通わせる道具「精霊石」で作られ、精霊の槍と呼ばれている。魔玉の杖が魔導師の証であるように、精霊の槍は精霊使いの証である。ただし精霊使いの数は魔導師よりもはるかに少なく、スターカイン国全体でも十数人程度と言われている。
叫び声と共にコマリトが地面に靴を残したまま足を引き抜いた。思わず衛士達が身構える中、彼は左足が裸足の状態で、小剣を手にルーラに襲いかかる。
ルーラは槍を下段に構えると、彼の小剣を持つ腕をすくい上げるように打った。たまらず小剣を取り落としたところへ、槍を半回転させ、石突きで彼に連続突きを見舞う。両手足肩腿、急所を外す形で全身滅多突きにされコマリトは大地に倒れた。その姿を見ながらメルダーは
「小娘と侮ったな。ルーラの槍はトップス隊長直伝だ。生半可に挑んでも返り討ちにされるだけだ」
「トップス……国で三指に入るという槍使いのソン・トップスか……」
勝てっこないと悟ったのか、大の字に倒れたまま、自虐的な笑いを彼女に向けた。
倉庫の隅にある河川への階段をザッフィーが駆け下りクインが追う。
「地下水道に逃げ込むつもりね」
河川には地下水道とをつなぐ出入り口。鉄格子の扉の鍵を開けるのに手間取る間に一気に差を詰めたクインが逃げ込もうとするザッフィーに飛びかかる。
そのまま2人はもつれて水路に転げ落ち水しぶきが上がった。
「クインさん!」
ルーラとスノーレが駆けつけた前で、ザッフィーを後ろ手にねじり上げたクインが全身びしょ濡れで立ち上がる。さすがのザッフィーも逃げる気が失せたらしく、ぐったりとしている。
「大丈夫ですか?!」
手を伸ばすルーラだが、クイン達は立ち上がった場から動こうとしない。
「どうしたんです?」
「足が埋まって動けない」
スノーレが照明魔導で照らすと彼女の膝から下が泥で埋もれていた。