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傀儡の花苑より  作者: terurun
第一章:いつかの再逢
21/22

20:ガキ

1ヶ月といいつつ4ヶ月も休載してしまい申し訳ありません......






 犠牲者、行方不明者、合わせて領民の八割。

 スレイヴと異形の戦いに町は巻き込まれ、幾百人もの領民は死に、また逃げた領民も現在何処にいるのか皆目見当が付かない。

 よって捜索は行われず、その後の領民の生死は不明である。

 そして、ロメオ領の領主である、コル=ロメオ並びティリム=ロメオの死亡により、ロメオ領は一時隣接する別の地域と統合する事となった。

 これからどうするか、そして事の仔細を報告するため。

 

 アイジスとダイアは、王都ガルシスへと向かう事となった。



 ◆



 パチパチと音を立てながら、焚き火から火の粉が夜空に吸われた。

 少し開けた、森林の中。

 人の背丈の4、5倍はあるであろう樹々が其処彼処に生い茂っている。

 月光は少し雲に隠れていて、しかし数多の星々がこの地を照らしていた。

 

 美しい。美しい夜空である。

 だがしかし、それを素直に美しいと思う余裕が、無かった。

 帝国兵のロメオ領襲撃から凡そ二週間。死体処理や領地の一時引き渡し。それから王都へ向け出立した。


 

 ◇


 

 そして、出立して三日目の今夜。


「……晩御飯にするか。と言ってもまた、スープだがね」


 目の前の男。筋骨隆々で、しかし温和な男。

 名はスレイヴ・コルミット。

 自身を『此度の戦争の為に王都から来た臨時王国兵』と称していた。

 スレイヴについて、それ以外の事は知らない。向こうも話さなかったし、まず訊く余裕が無い。



 ――母様と、父様の遺体を埋めた日。

 俺は、両親を守れなかった分、最後の家族であるこの妹だけは守り切ると決めた。

 俺が愛した母様と父様が愛したダイア。

 俺が愛する、ダイア。

 絶対に死なせない。

 そう決心したが、しかしまだ心の整理がついていない。

 まだ、母様の死を受け止められずにいる。

 強くなると決めたのに、未だ、心は脆弱なままだ。


「――済まなかった。私が、弱かったばかりに」


 木のお玉でスープの入った鍋を掻き混ぜる音だけが響く中。

 ふと、何度も聞いた言葉が耳に入った。もうこの一ヶ月間、何度も何度も何度も、その言葉を聞いた。

 異形がスレイヴの手によって殺された後。スレイヴの俺にかけた一言目がそれだった。

 

 ――何度も繰り返されている、この会話。

 

 だから俺も、いつもの返事をする。


「いえ、スレイヴさんがいなければ、僕も、ダイアもきっと死んでました」


 これは紛れもない事実だ。

 異形という存在は、ルイアから聞いていたし、その力の強大さも言葉でのみだが知っていた。

 だからこそ刀を習い、守れる様修行したが。実際に目の当たりにして痛感した。


 ――俺には、あれに立ち向かう勇気が無い、と。


 とても、太刀打ちできない。そもそも人間が相対してはいけないのでは無いかと錯覚する程に。

 俺は、立ち向かえない。

 なら後は殺されるのみ。

 だからこそ、スレイヴは俺やダイアの命の恩人であり、異形の所為で両親を喪っても、それは異形の所為であって、尤もスレイヴを責めるなど言語道断なのだ。

 俺は、俺達は、いつの日か必ず、スレイヴにこの恩を返さねばならない。


 それを言うといつも、スレイヴは『贖罪だ』と言う。


 贖う罪など、何一つないと言うのに。


「だが。そうであっても、救えなかった命が数多あるのもまた事実。民を守れと王より厳命された王国兵として、なんと不甲斐ない事か……」


 ずっと、スレイヴは己を叱咤する。

 その姿を見る度、なんとも形容し難い複雑な感情が心の中で蠢く。蠱毒の様に一緒くたにされた感情は、やはりひしめき合い、しかし(やが)て中和し、何も感じなくなる。

 しかし微かな怨嗟や寂寞は残留してしまう。だからこそ、ずっと、ずっと心は疲弊していた。


「スープ……出来たぞ」


 そんな中、良い香りと共に、小さなお椀に入れられた温かいスープをスレイヴから受け取った。

 ……やはり美味しい。


「……美味しいです」

「そうか……ありがとう…………」

 

 ロメオ領や現在ロメオ領を管理している近くの領地から譲り受けたり買ったりした食材や調味料で作るスープ。

 お母様(ティリム)も、時折スープを作ってくれる時があった。材料が同じからなのか、何なのか。スレイヴのスープには、母の面影があった。


 前までは、このスープを口にしてはほろっと泣いていた。

 ダイアも、泣いていた。

 俺はそろそろ慣れてきたが、ダイアの方はそうもいかない様で、今日もまた両手で顔を覆って、鼻を啜っている。


「――俺が、俺が弱かったばかりに。俺が弱いから……何も、守れない」


 お椀を支えていた腕の力がふと抜ける。


「アイジス。驕ってはいけない」


 突然、少し冷酷な声で、スレイヴに諭される。


「守るとは、先ず自分が生き残れる確証があって初めて成せる大義なのだ。私にも、言えることだが。アイジス、君は母に助けられたのだろう?」

「……そうです」


 その過去を掘り起こされる度に、未だ燻る寂寞が肥大して行く。


「つまりアイジスは。自分の事を、自分では守れないのだ。自分を守れない人間が、他人を守れると思うな」


 それは自惚れだと、スープを啜りながらスレイヴは言った。

 続けて、かく言う自分もまぁ最近まで自惚れていたのだが。と付け加えた。


「――私は故郷に、妻と子供二人を置いて、ここへ来た。王国軍にスカウトされて、此度の戦争のみであればという条件で、作戦に参加したんだ」


 飲み干したお椀に、再びスープを装う。


「私を、求められた。それ故に、私は驕った。敵兵を殺し、故郷ハイータ領が誇れる兵になる、と。だが蓋を開けてみればどうだ。己が身すら制御出来ず、無意識のうちに積み上げた屍に腰を抜かして畏怖し、異形の一人もあれほど被害を出さねば殺せないなど」


 スープを一気に飲み干した。


「――なんという慢心。実に愚の骨頂だ」


 お椀を地面に置いた。俺もお椀を地面にそっと置く。

 視界の端には、泣き疲れたのか、木に(もた)れ掛かって寝ているダイアがあった。


「いいか、アイジス。慢心は、驕りは、他人のみならず自分すら殺す。守るんじゃない。自分の事も、守るんじゃあない。生き足掻くんだ。この、泥沼の様な世界で、誰かを殺されても、誰かを殺しても、それでも必死に生き足掻く事だ。私は、私の所為で死んだ人に贖う為、これからも生き続ける。それで、慢心という大罪を、贖う」


 スレイヴは、俺の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「アイジス、君はどうだ? 君が抱いた驕り。君は、どう清算する?」


 俺もスープを装い、一口啜った。

 嗚呼矢張り、美味しい。


「――わかりません。どうしたいのか、どうすれば良いのか…………」


 ずっと、ずっとあの場所で、あの家族と人生を歩んで行くのだと信じてやまなかった。

 ずっと、そうだと思っていた。それが当たり前だと思っていたから、ずっと共に過ごしたいと言う願いすら抱かなかった。

 しかし、いざ失うとなれば、それは一瞬の事。

 固い絆、解ける事など絶対無いと信じていたその縄が。知らぬ間に糸となり、繊維となり、他者の手により最も容易に引き千切られた。

 

 ――いや、そもそも絆とは、ハナから細い糸だったのかも知れないが。

 

 ずっと握り続けると思っていた繋がりを断たれ、縋っていたものを喪い。どうすれば良いのか、さっぱりわからなくなってしまった。


「なら、それがわかる様になるまで生きろ。生きて生きて生きて、その永い旅路の中で、自分の生きる意味を見つけたら良い」


 ……それで良いのか。


「私も、故郷を出て、皇国兵を斬殺して。そして気付いた。違う、私がしたい事は、これでは無い。もっと、ずっと、家族と共に居たかったんだ。な、大人になってもやっと分かる奴もいるんだ。生きていくうちに、ゆっくりと見つけたら良いさ」


 急いだって、きっと良い答えは出てこない。

 そういうとスレイヴは再びスープを装うとしたが、スープはもう無かった。スレイヴは仕方なく、お椀を地面に置き、ため息を一つ吐く。


「――()は、これ以上家族を、大切な人を失いたく無い。ダイアを、守りたい」


 ゆっくり考えろと言われたが。

 今の俺には、それしか無かった。

 生きて、生きて、生きて、死ぬ。

 その永い旅路を、ダイアと共に歩みたい。


「俺を生かしてくれた。母様が繋いでくれた命を、母様の愛した家族の為に使いたい」


 母に言われた訳ではない。

 母のためを想っての願いでも無い。


 ただ俺が、ダイアを失いたく無いだけ。

 母の為とか、言い出せばキリがないが。結局は俺の我儘だ。

 ダイアと共に生きたい。

 何かを守る為に錬磨した、刀。結局、何も守れやしなかった。

 ただただ無念で仕方ない。

 だからせめて、ダイアを守りたい。

 ダイアと、共に生きたいのだ。


「――もっとゆっくり考えてもいいんだぞ?」


 あまりの即答ぶりに、スレイヴは少し目を丸くしている。


「いえ、俺にはこれしか無いし、失ってから気付くのでは、遅いので」


 そう、遅いのだ。ついこの間、嫌というほど気付かされた事だ。


「……そうだ。失ってから気付くのでは、遅過ぎるな」


 スレイヴは、すぐ後ろにあった木の幹に凭れ掛かる。


「なんで。なんで()は、ここに居るんだ……?」


 突然、スレイヴは天を仰ぎながら呟いた。


「そうだ。今この瞬間。クリナやバルやジルが生きてるかも、俺は分からないんだ……」


 誰にも聞こえない呟き。

 スレイヴはぶるりと震えた。


「そうか……失ってからでは、喪ってからでは、もう遅いのか…………」


 先の異形襲撃。

 その様な事が、万一そのハイータ領で勃発していたとしたら。そう考えると、スレイヴが心配で震えるのも理解できる。


「そうか……そうかぁ――――――」


 それ以上、今夜スレイヴが話す事は無かった。



 焚き火に照らされ。

 パキパキという音は空へ舞い。

 しかし誰も、耳を傾けなかった。







 

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